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第六十三話 エンディングの後に




 終わった。

 扉のパタンとしまった音が、告げるように響いた。新しい国王と王妃のために用意された部屋――ここに来るまで、私とルークはずっと無言だった。


 正直、いまだに信じられない。


 でもこの気持は決して、嘘じゃない。


 私はルークが好きだ。


 だから、打ち明けよう。今までのすべてを。

 誤解を、解こう。たとえ嫌われようが、この気持に嘘はつけない。


「ねぇ、ルーク?」


 私は、振り返り、ルークをまっすぐに見据える。


 外の喧騒はもう聞こえてこない。


 建国以来初めての併合式、敵国王子の乱入、公爵令嬢の電撃結婚。もともと数十年に一度のお祭り雰囲気に包まれている王都はさらに盛り上がり、夜になってもお祭り騒ぎで賑わっていた。


 外に視線を向けば、いつも以上にキラキラ輝いている街が見える。

 しかし、その活気も、ここまでは届かない。

 気を遣われたのだろうか、この部屋の近くは警備する衛兵すら配置していない。


 静かだね。本当のことを言うのには最適だと思う。


「……ん?どうした」


 私の方から沈黙を破った。これでもう引けない。

 そんな私を、彼は優しげに見つめながら、私の次の言葉を待っている。


「聞いてほしいことがあるの」


 一歩踏み出したら、止まらない。後は前へ進むだけだ。


「奇遇だな、俺もメーフィに言いたいことがある」


 偶然ね、なんだろう。でも、これは譲れない。

 そう、言ってしまったら嫌われるかもしれないが、やはり私が先に言うべきだと思う。


 彼は誤解していた、ずっとね。謁見のとき、皆の前で妊娠させた責任を取ると言って、この関係が始まった。だから、本当のことを彼に言おう。


「私が先ね。……ねえ、ルーク、覚えてる?初めて出会ったときのこと」

「ああ、もちろん覚えているぞ、どうした?」


「あのときは驚いちゃったね。朝起きたら全裸ッ!の男が隣りにいるもん」

「……そうか、やはりか」


「え?」

「いや、なんでもない、で?」


「更に驚いたのは、何故か自分も全裸だった。本当、あのときはイラっと来て、『何だこの男』と一発殴りたかった」

「だろうな――というか実際殴ったぞ。当たらなかったけど」


「へ?そうだっけ?」


 あれ、そうだったかな。確かにむかつくことを言われて殴った記憶が。今思うと、ちょっと恥ずかしい。


「まあ、俺はメーフィのそんなとこも気に入ってるんだからな」

「――へ?……ルーク、私、真面目な話してるんだけど」


「俺も真面目だぞ。そんなメーフィが好――」


 言葉が完全に出る前に、手でルークの口を塞いだ。

 当然、ルークは困惑の表情を浮かべ、私に答えを求める視線を投げてくるが、まだだめ。その気持は嬉しいけれど、まずは私の話を聞いてから。


「……駄目、まずは私の話を聞いて。……そして謁見のときも、皆の前で、責任を取るとか言ってたね」

「……ああ」


「ねぇ、ルーク、聞いて。……それ誤解。私、妊娠してないから」


 言っちゃった。ついに。結構前から言いたいと決めていたのに、ここに来てようやく言えた。


「……」


 ルークは、黙った。

 そうだろうね。この関係は彼のその言葉から始まった、しかし、もし前提が間違っていたならば、責任を取らなくてもいいだというのならば、彼は一体、どういう行動を取るのだろう。


 それが、怖かった。知るのが、怖かった。


 言ってしまった今、心の奥底にずっとくすぶっていた不安の火種が、一気に燃え広がっていく感覚を覚えた。


「……そんなことで、悩んでいたのか」


 しばらくの沈黙、ようやく見せたルークの反応は、ちょっと予想していたのと違うものだった。

 あれ、これ伝わっている?


「……あの、ルーク?わかっている?私、妊娠はしてないよ?それ誤解なの。だから、責任とか、感じなくていいし、取らなくても――きゃっ!?」


 抱きしめられた。


「――ああ、知っている」


 そして、彼は力強く、告げる。知っている。


「……あの、間違いのないように申し上げますとですね、陛下、身ごもってませんですよ、私。何ヶ月後に赤ちゃんを出産しませんですよ、わかって――」


 抱きしめられているからだろうか。それともこういう雰囲気には耐性が低いからだろうか。照れ隠しなのだろうか――おそらく全部だろうね。

 ふざけたような口調で、取り乱さないようにと努めているが、言葉を全部撃ち切る前に、彼が頷いた。


「最初から、それを知っている」


 その言葉を聞いて、今度は私が困惑する。


「……どういう、事?」


 答えを得るべく、私は彼を見据えて、尋ねた。

 彼は困ったような表情になり、優しく私を見つめ返してきながら答えた。


「その様子だとやはり覚えてないか。まあ当然だな」

「覚えてない?何のこと」


「初対面のときのことを、さっき言ってたね?――メーフィは覚えてないだろう、実はあのとき、初めてじゃないんだ」

「え?」


「覚えてない?あの宴会の二ヶ月前に、一週間毎日りんごを買いに来ている若い男性客がいたこと――ほら、地味な灰色のヤツ、デートのとき、俺が変装した服」


 あの宴会の、二ヶ月前?一週間、毎日、りんごを?若い、男の客。デートのとき、変装、灰色の、服。


「あ、ラーメおばあちゃんのとこの!?」

「俺って、そんな存在感ないんだ」


 苦笑浮かべるルークだが、私は目をパチクリさせて、記憶の中の人と目の前の彼を見比べる。

 いや、だって、ね。


「そう言われると、たしかに顔は同じだ――あれ、ルークだったの?」

「俺だったよ、王妃様」


「はあぁ……毎日来てるからよほどりんごが好きだねと思ってたわ」

「メーフィが目当てだよ」


「うっ……下心ありですか」

「確かに言い方悪いね。メーフィに一目惚れだよ」


「――物は言いようね」


 ぶっきらぼうに唇を尖らせ、顔をぷいっと横にそらす。そうでもしないと、赤くなった頬と心のドキドキは隠し通せそうにない。


「だから俺は最初から、あの夜に何があったのかを、全て知っている」

「あの夜……え、じゃあ」


「全ては、メーフィにこの気持を伝えるチャンスを手に入れるためさ――俺は、メーフィリア・ウールリアライナのことが好きなんだ」


 それずるいです。そう言われると何も言い返せなくなるじゃないですか。口に出してしまったら、止まらない。ルークは畳み掛けるように次々と打ち明けていく。


「いつかは言おうと思ってたんだ。真実をメーフィに伝えたくて。でも言ってしまったらメーフィが俺から離れるんじゃないかと思って、なかなか言い出せなくて」


 だから、ずるいんです。まるで私の気持ちを代弁するかのように、二人は同じことを考えている。


「結局、最後になったね。でも言えてよかった。最後でも、言えてよかった。真実を打ち明けて、気持ちを伝えたんだ。好きな人に嫌われるかもしれないが、それでも言いたくて、伝えたくて。……さあ、返事を聞かせてくれ」

「エリンの様子を見に行ってくる――きゃっ」


 返事なんて、恥ずかしくて無理。

 誤魔化そうと彼の懐から離れようとするが、より強く抱きしめられた。


「駄目だ、その前に返事を。知ってしまった今、メーフィの気持ちが知りたいんだ。俺のことが嫌いなら、そう言ってくれ――それなら、諦めもつく」

「……ぉ」


「メーフィ?」

「そんなの、言えないじゃないですか。好きに決まってるじゃないですか。それを言わせるなんて、ずるいです。本当、ずるくてずるくてムカつくくらい、でもなぜか言えない、それが言えたらどんなに楽か」


「俺の、聞き間違いじゃないよな」

「何よ、文句ある?」


「今、好きって言ったよな」

「そうよ、言った、それがどうした?同じこと考えてるのよ。それがまたムカつくの。だいたい、襲撃者に襲われたあのとき、私がうっかり口走っちゃったじゃない。何を今更。私を弄んで楽しいわけ?もうムカつく」


「本当のことを言ったら、嫌われるのかと思ってた。だって、俺、一週間毎日会いに行ったのに、顔も覚えてもらえない」

「あ、あれは。あのときは――」


 言えない、これこそ、言えない。あのときまだ花より団子、惚気より食い気なんて言えない。


「そうか、良かった。返事が聞けて、良かった」

「フン。それなら放していただけます?なんかムカつきますので、私、ヤケ食いしてきます」


「メーフィからいい匂いがする」


 へ?唐突に言われたセリフに、脳が真っ白になる。


「あの、ルーク?」

「メーフィ、正直に言うと、俺はもう我慢の限界だ」


 何が?そう尋ねようとしたとき、ボフッと、私はいつの間にか誘導され、ベッドの上に押し倒された。


「あ、あの、あのね?ルーク、何が限界なのかはわからないけどね、気合で我慢しなさい!あの夜のこと知ってるなら分かるでしょッ、私未経験なの」

「無理だ」


 ルークの顔が近い。ちょっと。


「せめて心の準備を」

「駄目」


 だから、心の準備がまだだってば!



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