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第六十二話 結果オーライ




「落ち着け、ラオリック。変なものでも食べたのか」


 ルークが慌てて尋ね、心配する。


「食ってねえよ!」


 ニヤリした表情が消え、ラオリックが瞬時に全力で否定する。

 同時に、その宣言を耳にした貴族たちと民の皆は、別のざわつきを見せていた。


『お、おい……?それって、つまり……?』

『フィンガルアインの第一王子と、キアロ公爵様のご令嬢が――?』

『結婚……?』

『敵国の王妃が、公爵様の娘?』


 そのざわつきを大変気に入った様子で、ラオリックは偉そうに眺めている。

 しかし、


「ちょっと、聞いてませんわ。そんなのッ!私は嫌ですわ、誰が野蛮で礼節知らずな無礼者と――」


 いつの間にかハンカチを外されていたヘリミティアが、抗議の声を張り上げる。

 だが、ラオリックは手で制し、彼女の言葉を遮り、


「まあ女ァ、聞け。お前がなぜ、フィンガルアインに来た」

「うぐ……そ、それは……」


 口ごもるヘリミティアに、ラオリックが語りかける。


「女よ、考えろよ?お前は負けたんだ。違うか?」

「……ッ、わ、私は負けてませんわ。まだ、そう、まだ……」


 唇を噛み、すごく悔しそうな表情を浮かべるヘリミティア。そんな彼女に、ラオリックが獰猛な笑みを浮かべ――


「――俺が勝たせてやる」


 ――と、自信満々に言い放った。


「――へ?」


 予想外の言葉を聞いたヘリミティアは、信じられない顔で小さく声を漏らし、ラオリックを見つめる。


「どういうことだ、とでも言いたげだな、お前らは」


 会場を見回し、ラオリックが嬉しそうに問いかける。


「だいたい予想はついたけど。まあいい、じゃあ聞いてやるよ。……はあ。……どういうことだ?」


 ルークが若干やけくそになり、尋ねた。なにげに優しいんだよな、こういうとこ。


「うむ、そうだろうそうだろう、気になるだろう。んじゃ説明してやるか―ー」

「……もういい、興味なくなった」


 楽しそうに説明を始めるラオリック、そんな彼をげんなりした顔で見つめるルーク。かわいそう。


「言っただろう、俺はお前に負けっぱなしだったからな。そこで俺は考えた、どうやったらお前に勝てるのかをな――」


 直前のルークの言葉をまるで聞こえてなかったかのように、ラオリックが嬉しそうに喋り始める。

 私はルークの袖を軽く引っ張り、


「ねぇ、ルーク、仲いいの?」

「……お、俺がアイツと仲良いように見えるか!?そ、そんなことないぞ、断じて」

「ふーん、そっか」

「む、誤解しないでくれ、アイツとは別に仲良いわけ――」


「そこぉぉおおお、人が喋っているのに、なあに人前でイチャつきやがるッ!俺への当てつけか、クソ野郎」


「「別にイチャついて――」」


 私達が話聞いてなかったことに大層ご立腹な様子で、ラオリックが私とルークをびしっと指差しながら叫ぶ、慌てて否定するも、


「お前ら二人ハモりやがったなぁ、こんちくしょうぉぉお」


 今度は二人が同時にハモったことに抗議の声を上げるラオリック。


「……ねぇ、ルーク、この人、追い出そうか」

「……ああ、喜んで手伝う」


 こっちはほぼ徹夜で式に参加しているのよ?もう眠くて眠くてしょうがありませんもの。そんなときにこんなテンションの奴に来られると、イライラしますの。

 見るとヘリミティアも『何コイツ』みたいな顔で、ラオリックへと視線を送っている。


「――ンホン!で、だ。今のままじゃお前に勝てないことは、考えてわかった。故に俺はさらなる鍛錬を積み、お前から学ぶことにした」


 あ、続けるんだ。

 ラオリックは咳払いを一つして、話を再開する。


「そこでお前から招待状が届いた。まじムカつく。俺がまだ即位できないのを知って送ってきたな、いちいちムカつく野郎だぜ。更にその招待状にはなんと、我が国と停戦条約結びたいと書いてある。何の冗談かと思ったぜ、ルーク」

「そうだ、お前を招待して、両国にとっていい選択を――」


 その言葉を聞いて、貴族の皆は合点が行ったような表情を浮かべる。道理で建国以来の初めての併合式に、敵国の第一王位継承者が招かれるわけだ。


「そういうことじゃねぇよ、ルーク。甘い、甘いぜ」


 が、指をチッチッチと左右に振り、話を遮るラオリック。その様子を見て、ルークは険しい顔付きになり、


「……結ぶ気はない、と?」


 慎重に尋ねた。

 ことの成り行きを見守っている皆は、突如変化した空気の中で息を飲み――。、


「だって結んだらお前と戦争できねえじゃん、俺にリベンジさせてくれよぉ!」


 そのラオリックの一言に、全員がズッコケた。

 もう、何なの、この人。


「……お前な、その個人のリベンジで大勢の兵が死ぬんだぞ」

「とまあ、昔の俺様ならばこうは言うだろ。だが俺は成長した。そうね、お前の思惑に乗ってやるよ」


「……つまり、停戦には応じると?」

「そうだ、まずは国力をつけ、勝つのはそれからだ。どの道今のままじゃ、お前に勝てそうにねぇな」


 え、じゃあ――


「聞けばそこの女ァが提案したそうじゃねぇか。さすがはルークが選んだ女だぜ」

「へ?」


 ビシッと、いきなりラオリックに指を差され、変な声を漏らす。わ、私?

 そのラオリックの行動には大変不愉快らしく――庇うようにルークが一歩前に出て、私の手を握ってきて――


「指差すな」


 と、短く、抑揚のない声で言った。あ、これ、マジなヤツだ。


「お、おう?」


 さすがのラオリックも、困惑の声を漏らす。

 また一つため息を吐いて、ルークはラオリックに尋ねる。その言葉にはもう、柔らかい感じが戻っていた。


「停戦に応じるのはわかったが、それとヘリミティアの王妃宣言とはどういう関係だ」

「ふ、よくぞ聞いたな、ルークレオラ・ロンレル――俺はお前に負けっぱなしだった、と言ったのを覚えてるな?そこで俺は考えた、軍隊の指揮も、決闘も、王位も、婚約者も、全てお前に先を越されたが……だが一つだけまだ越されてないものがあるな」


「まさか」

「そう、そのまさかよ。お前、結婚式は”まだ”だろ」


「そういうことか」


 ラオリックが満足げに頷き、ヘリミティアに向き直り。


「なあ、お前は、負けっぱなしは嫌だろ?」


 と聞いた。


「負けてませんわ、私は――」


 矛先を向けられ、慌てて反論するヘリミティアの声をかき消すように、ラオリックは、


「だから言ったんだろ。お前を勝たせてやる、と。考えろよ?今のこの状況、お前は俺の嫁だ。つまり、そこにいるルークとあの女ァより、一歩先に結婚したんだ。それが意味することは――」

「誰があなたのような粗野で品のない乱暴な無礼者と……ん?」


 再び反論しようと口を開くヘリミティアだったが、途中で言葉の意味に気付き、止めた。


「そうだ、あの女ァより先に結婚したんだぞ。どうだ、嬉しいだろ」

「そ、それは……」


 意味を理解すると同時に、頬を赤く染めるヘリミティア。


「その勝利は俺の勝利へと繋がる。俺もルークより先に結婚したことになるからな。つまり俺たち二人の勝利だ」

「ですが――やはりあなたのような」


「お前に世界をプレゼントしてやるよ」

「――へ?」


「と言ったらどうだ、それでも拒む気か」


 予想外のことを言われて、ヘリミティアが目をパチクリさせている。


「どういうこと、ですの?」


 彼の真意がつかめず、ヘリミティアが質問する。


「なあに、フィンガルアインってどういう国、知ってるだろ。我々は欲しい物を力づくで手に入れる。たとえ相手が誰であろうと変わらぬ。求めるのは勝利と戦利品、つまり――」


 その言葉を聞いて、貴族席の中から『これだから蛮族は』と、軽蔑する声がちらほら上がった。


「つまり――俺はルークの思惑に乗ってやろうと思う。フィンガルアインと貿易したい?良いぞ、してやろうじゃないか。それで慢性的物資不足が解消されんならな。腹が減って戦できぬと言うじゃねえか。まずは国力をつけて、戦うのはそれからだ。異議は、ルーク?」


 ラオリックは視線をヘリミティアからルークへと移し、尋ねる。


「……ないよ。元々それ承知の上での提案だから。だが先に言っとく。その提案はロンレルに有利だぞ」


「はッ!上等、珍しくお前が勝負に乗ってくるな。俺が負けるとでも?いいか、覚えておけよ、国力の競争で勝つのは俺とフィンガルアイン――お前に有利?自惚れるなルークレオラッ!フィンガルアインの男は逆境こそ燃え上がるんだよぉぉ!!!」


「……勝負脳で考えるとそうなるのか。まぁいいだろう――停戦には応じてくれると?」


「ああ、俺が即位したら――」

「それじゃ望み薄だな」


「――何だと、ふざけんな!!帰ったらすぐくそオヤジ引きずり下ろしてやるからな」

「穏便に済ませよ」


「フン!見ていろよ、すぐにお前に追いつく。というわけだ女ァ、今のでわかったな、俺はいずれ世界を手に入れる男、このロンレルどころか、大陸を手中に収める。つまりどういうことかと、俺についていけば――将来築かれるであろうこの大陸に覇を唱えるフィンガルアイン王国の王妃に、お前はなる」


「帝国の……王妃」


 ラオリックが提示した未来を想像し、真剣に考え込むヘリミティア。


「どうだ、ワクワクするだろ?頂点に立ち、万物を見下ろすという気持ちは、気分いいもんな。俺は知っている!それに、俺は気の強い女好きだ。――俺と一緒に、その景色を見ないか」


 決めかねているヘリミティアに、ラオリックは手を差し伸べる。

 その手をじっと見つめ、しばし考えを逡巡させた後――


「……えぇ、その婚約、謹んでお受けいたしますわ。第一王子ラオリック・フィンガルアイン。あなたが見せてくれる素敵な景色、とても楽しみですわ。今後とも宜しくお願いいたしますわ」


 ヘリミティアは差し出された手を握った。





 どうやら一件落着のようだ、なにはともあれ、無事に終わってよかった。停戦は締結され、ヘリミティアもいい相手見つけた。


 めでたしめでたし、二人を見て、私は祝福の拍手をする。

 私の拍手が起点となり、共鳴するように民のみんなも拍手し始め、やがて会場全体は徐々に増幅されていく拍手の嵐に包まれる。


 と、突然ルークが拍手している私を抱き寄せ、ラオリックを真正面から見据えて尋ねる。


「ラオリック、一つ言っておくぞ。俺は命がけでメーフィを守ったことがある。男なら俺の言いたいこと、分かるよな?」

「クソ、ムカつく野郎だなお前は。イチャつきやがるッ、ああ、分かるよ。俺は負けねえ――今はまだ、追いついてないだけだ」


 対抗するように、ラオリックもヘリミティアを抱きしめる。


「フッ、期待しているぞ」


 返答に満足したのか、ルークはラオリックに優しい笑顔見せる。


「フン、その余裕、いつまで持つか。帰るぞ」

「えぇ、それでは皆様、失礼いたしますわ。ワタクシの空前絶後に盛大な結婚式に、皆様を招待いたしますわ」


 愉快に笑いながら、部下を引き連れて去っていくラオリックたち。

 それを見送りながら、頬が赤くなっている私はルークに、


「あ、の……そろそろ、放してください」


 小さく囁いた。


「っと、ごめん」


 言われてその事に気が付き、ルークは慌てて私から離れる。ちょっと残念。


 その後、皆はようやく本来の目的を思い出し、式を再開した。





 そして――終わりを迎え、すっかり橙色に染まった空の下で、会場からそう遠く離れてない場所に三人組がいた。


 その三人に、背後から話しかける人がいる。話しかけられ、中の一人が振り返り――


「アクシャか」


 と、確認する。


「はい、公爵様、お久しぶりです……不躾を承知の上で、一つ、質問があります」


 ヘリミティアの従者アクシャは、キアロ公爵に尋ねる。同行していた他の二人――ガルクカム候爵とラルアは、邪魔にならないよう少し離れた。


「何だ」

「公爵様は、お嬢様を切り捨てたのでしょうか」


「そのように見えるか」

「いえ、状況証拠とタイミングでの判断です。私は、信じられません、公爵様がそんな事するなんて」


「アクシャ」

「はい」


「お前から見て、あの娘はこれから一人で生きていけるか、忌憚のない意見を述べよ」

「っえ?えーと、それは……」


「それが答えであろう」

「……」


「キアロの家とあの娘を秤にかけたら、私は間違いなく前者を選ぶ」

「……公爵様」


「アクシャ、キアロの屋敷に勤めている使用人の数は知っておるか」

「え?……千人、でしょうか」


「千二百三十四人だ、お前も含めてな」

「全部把握しているんですか!?」


「屋敷は、な。領地は流石に全部は覚えん。キアロが責任を問われれば、王国内の不埒者に、他の国に付け込む隙を与えることになりかねん――それが貴族が背負う重みというヤツだ」

「公爵様……」


「おかしな話だ。別にあの娘に愛情がないわけでもないのに、いざというときに領民と配下のために簡単に切り捨てられる。我ながらおかしい」

「それをお嬢様に伝えては――」


「言っとらん。それに逆効果だ。あの娘の性格を考えろ」

「……そう、ですね」


「アクシャよ、一つ頼まれてはくれんか」

「はい、何なりと」


「あの娘の傍にいてはくれぬか。娘がそこの王妃様とはいえ、私は公爵の身分でな、安易にフィンガルアインには行けぬ。だからあの娘の傍には、誰かがいてやらねばと」

「はい、お任せください」


「そんな顔するな、アクシャ。両国の関係が落ち着いたら、機を窺って訪問するよ」

「……はい、公爵様。その日を、心よりお待ちしております、では」


 去っていく従者の背中を眺めながら、公爵は先程行われたガルクカムとラルア三人の会話を思い出していた。


 どうやら運だけは良かったと。まさか敵国の王子様に気に入られるとはね。


 そこまで思い出して、また思わず苦笑を漏らす。


 まあ良い。それならば利用させてもらう。

 陛下は貿易による抑止力を展開し、平和への道を模索していると言っていたな。それに乗るのもやぶさかではないが、私は私のやり方でやらせてもらう。


 ヘリミティアにはラオリックの子を生んでもらい、それが両国の抑止力となり、いざというときの人質。そして私がラルア商会を紹介し、フィンガルアインの物流中枢を掌握する。戦争の可能性を、未然に防ぐ。


 別にあの娘に愛情がないわけでもないとは言っていた。それは偽りない本心だ。

 それでも、領民のため、配下のため、切り捨てられる。

 冷酷に見えるかもしれないが、自分はそれが間違っているとは思ってない。


 星が夜空に浮かび始め、夜の薄い闇に覆われた空の下、キアロ公爵は視線を闇の中にそびえ立つ白亜の王城に向けた。

 この時間だ、結婚式を終えた陛下と新しい王妃様はもう城に戻っていたんだろう。


 未来なぞ、誰もわからん。だが新しく即位した国王は相当の名君ということは分かる。


 最後に陛下がラオリックに言ったこと、あれは牽制であろう。

 実力至上主義のフィンガルアインでは、ヘリミティアはあまりにも無力。故にラオリックには、最低でも一度は守ってもらおうと約束させたな。


 その甘さに鼻を鳴らし、キアロは帰路についた。




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