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第六十話 ときはすでにお寿司




「メメ、メメメーフィ、フィフィ、フィリアささ、様……準備はいい、い、いい、いいですすす、すすか?き、き、緊張しなないいでくださいぃ!!!」

「落ち着いて、エリン」


 いよいよ迎えた式当日、だけど、何故か私よりエリンがオロオロと落ち着きなくしている、そんな様子の彼女を宥めるが、


「わ、わ、私はじゅ、じゅ、十分落ち着いて、着いていま、す……っ」


 効果がないようだ。駄目だこりゃ。

 そもそも即位式に出番はないし、その後の結婚式も殆どないので、緊張しても意味がない。


 私の出番はと言えば、挨拶に来る貴族全員の名前と爵位と領地状況を完璧に覚えるくらい。……なにげにしんどいんだよな、これが。

 昨夜宰相様に王国貴族全員の顔の絵を渡され、一人一人顔を覚えながら名前を答えさせられていた。クイズか、と思わず心の中でツッコんだ。


 視線を窓の外に向けると、王都が賑わっている景色が見える。

 そのすっかり見慣れた景色の中心に古の城を模した会場があり、周りはまだ始まっていないのにも関わらず、すでにたくさんの人が集まり、ごった返している。


 王族と貴族が出席する式典なので、警備する兵士もかなり多く、皆気を張っている。


 今までの即位式全て王城の中で行われていたが、今回は私というおまけの結婚式もあり、見に来る民への配慮で、特別に会場を王都中心に設立した。


 もちろん、王都広しと言えど、すべての王国民を受け入れることは到底無理だった。


 そのため、場合によっては延長するかもしれないと、昨夜宰相に告げられた。ハードスケジュール。ガッデム。

 結婚式はおまけですよ?なんでメインの即位式は時間通り終わるのに、おまけは延長なんだよ。おかしいでしょう。


 当然、その疑問に対し、宰相は、


「見に来るのは、民ですからな」


 と答えた。

 貴族だけ参加してそれで終わりという即位式とは違い、結婚式目当てで来る民は多く、そのことへの配慮だそうだ。


 まだソワソワオロオロしているエリンは放っておいて、外の太陽の位置に目をやる。そろそろ、かな。


 式の流れは、まず午前中即位式が始まり、即位したルークが演説する予定……だっけ。私のおまけ式はその後。


 再び会場に目を向けると、中心から少し離れた前方に、設置されていた貴族用の席は殆ど着席されていて、皆即位式が始まるのを待っている。……あの中に、母様と父様もいる。


 そして視線をもう少し離れた、貴族席の後方に移すと、設置されている来賓用の席が目に飛び込んでくる。あそこはディランのような貴族ではないが、招待されている人間が座っている。


 更に遠く離れた民に開放しているスペースは、すでに多くの人が入場し、埋め尽くされている。


「ヒー、ヒー、フー。ヒー、ヒー、フー……」

 

 生まれそうなんだけど、大丈夫?エリン?


「エリン大丈夫?ほら、キュウちゃんモフる?」


 部屋の隅っこでお菓子をもぐるキュウちゃんをちらっと一瞥し、提案する。こういうところはぶれないよな、キュウちゃん。食べ過ぎ。


「ヒー、ヒー、フー。ヒー、ヒー、フー……」


 しかし、エリンはまるで聞こえなかったかのように、目を閉じ手を合わせ祈りのポーズをしながら、ひたすら深呼吸を繰り返す。

 私はキュウちゃんと顔を見合わせて、肩をすくめる。


 そのとき。


 コンコン。

 ノックの音は突如響き、城の侍女たちが扉を開けて入ってくる。


「ヒャイ!?メメメ、メーフィリア様!?わわこここ、ここににに」


 ノックの音に驚いて、エリンがビクッと跳ねた。『時間です、メーフィリア様』と、告げる侍女たち。中に何人かはちらっと、白い目でエリンを見た。


 まだパニック中のエリンの肩に軽く手をぽんと置き、


「それでは参りましょうね、エリン様」

「はは、はいッ!!!私がエリン・パールティスです!どうぞお見知り置きをッ……今後とも宜しくお願いします!!!」


 エリンの手を握り、会場へ向かおうとする。と、その前に、振り返り、相変わらずお菓子をもぐもぐしているキュウちゃんを見て、


「留守番、お願いね。美味しいお菓子、期待していいわよ」


 と、キュウちゃんにそう言うと、


「キュウ」


 前足を左右に振り、『バイバイ』してくれた。





 会場に着くと、即位式がちょうど終わろうとしているところだった。


 荘厳な演奏をバックミュージックに、王位を引き継いだルークの演説を聞いた貴族たちや来賓は拍手し、民は大声を上げて祝福している。


 建物全体が人の熱気に包まれていて、足元から伝わってくる振動を感じる。


 鳴り止まぬ拍手の嵐の中、演奏隊が奏でる荘厳な曲がいつの間にか軽快な音楽に変わっていた。それはとても自然な切り替わりで、全く違和感を感じさせないほどうまかった。


 軽やかな音色は聴衆の耳をくすぐり、自然と落ち着かせた。軽快な前奏に抱かれた会場は、拍手の音が徐々に和らぎ、静まっていく。

 だがそれが意味することはこれで終わりじゃなく、むしろこれからだ。嵐の前の静けさということは、会場にいるすべての人間から感じ取れた。


 期待に満ちた空気が波となり、押し寄せてくる。

 メインイベントの即位式が、気がついたらウォーミングアップのイベントになっていた。次に来るであろうおまけイベントの結婚式を、最初からクライマックスで迎えられるよう気を配っている。


 が、最高に盛り上がっていた会場と比べて、見てよ私のこの惨状。


 ドレスはひらひらのフリフリで重くて歩きにくい上に、頭がパインナップルのようにデコられているし、侍女たちにいっぱい見たことも聞いたこともない宝石を体のあちこちにつけられている。


 自分がいつも食べているお菓子にでもなったような気分だわ。ガッデム。

 取り外そうとすると、使用人や侍女たちが慌てて止めるし。


 こうなったらわざとコケてやる。

 どうせ醜態を晒すならとことんやるわ。

 敵に背を向けて切られた傷は恥だが、向かって切られた傷は名誉。


 と、演奏隊の曲が徐々に熱を帯び、スピードアップしていく。それを聞いた侍女たちは私にステージに上るよう促してくる。


 服のチェックをする。よし、これなら問題ないわね。


 さあ、見てみなさい、結婚式の一大イベントですよね?建国以来の初めての併合式よね?王国歴史に永世語り継がれるエピソードをプレゼントするわ。


「メーフィリア様、さあ、時間です。こちらへ――メーフィリア様!?一体どこへ……?そちらではありません、メーフィリア様!?」


 呼び止める侍女たちや使用人の声を無視し、舞台と全く違う方向へ、私は走り出す。本当、歩きにくいわ、これ。

 同時に、会場から宰相の声が響いた。


「……ロンレル王国二代目国王から貴族として仕えていた、悠久の歴史を持つ、ウールリアライナ家のご令嬢――」


 階段を駆け上がりながら、心の中で、『はあ?なにそれ、初耳ですけど』と訝しんだ。

 しかし、すぐに性悪ドS中年の狙いが分かった。名ばかりの田舎貴族の娘が次期王妃だと、不満を持つ貴族たちも多かろう、それで適当に嘘でもいいから箔をつけたのか。


「……ん?おい、止まれ!!!ここは――え、次期王妃様!?」


 不審者を見つけ、衛兵たちは止めようとするが、私だと分かると、一瞬動きを止める。その一瞬の油断が命取りになるわッ!


 衛兵たちの間をすり抜け、眼下の舞台に目をやりながら、つけていた宝石をすべて外していく。

 頭を強く左右に振り、パインナップルにされていた髪型を解き放つ。


 狙いは正確に、ルークの隣。さあ、行くわよ。


「お、おい!?」


 衛兵たちは慌てて手を伸ばすが、もう遅い。手すりを乗り越え、私は――


「――陛下の婚約者であると同時に、奇跡の力を持ち、神獣様を従えし聖女のメーフィリア・ウールリアライナ――」


 その民に向けて紹介する宰相の声を、かき消すように――


「――I CAN FLY!!!」


 二階から、羽ばたいた。

 ルークの隣に着地点を定め、空中で――――落ちながら、体を捻って三回転し、スタッと綺麗にポーズを決めて、着地した。十点。


 ふふん、どうです。これが私の力です。

 得意げな表情を浮かべて、目を開けるが、会場は水を打ったように静まり返っていた。あれ?


 演奏隊の音楽も止まっていた。WHY?


 静かすぎて、針が床に落ちた音も聞こえそうなくらい。


 横を見ると、ルークが必死に笑いを堪えていた。宰相に目を向けると、鬼の形相で顔面をひくつかせていた。


 王妃様は、ルークと同じ笑いを堪えている。国王様は、口をポカンと開けている。


 貴族たちも、来賓も、民の皆さんも、言葉を失い固まっていた。時が止まったかのように、会場は静止していた。


 そして、まるで息を吹き返したかのように、民の中から、


「お、おい……」

「見たか」

「……飛び降りたぞ?」

「二階から……?」

「空中で回転したよな?」

「あの服……次期王妃様?」

「何か叫ばなかった?」


 と、ざわつき始める。


 視線を貴族席に座っている母様と父様に向けると、父様が泡を吹いて気絶しているのが見えた。母様は私にVサインしている。お返しに私も小さくVサイン。


 徐々に広がり始めるざわつきに、宰相は慌てて声を発し、止めようとした、が――


「待った」


 と、宰相より先に入口の方から、低い青年の声が大きく響いた




遅しではなく、お寿司です。

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