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第五十八話 A エピステイ・ダルイエット・フィテビフォ・ミューセルインテル・クリスタメア・エクリュプスファランティアビリアンランテ・ドゥ・タリア・メランポーテ・イシュラムン・フィリア……ですわ。




「メーフィリア?」


 リリアは驚いた表情を浮かべ、私を見つめてきた。

 そして私は思い出した、確か王国の第一王女の名前は、リリアライリという。

 どこかで聞いたことのある名前だな、とはぼんやり感じていたけど、まさか王族とはね。


 宰相は宰相で、『説明お願いします。メーフィリア様』って顔で睨んできている。

 馬車を降りたはいいが、どうしよう。


 説明してほしそうな顔で見つめてきている二人に、『人違いです』と言って、脱兎のごとく逃げよう、そうしよう、と決めた瞬間。


「宰相様、大変です……!メーフィリア様がどこにもいません、大変で……メーフィリア様?」


 タッタッタッとエリンが慌てて走ってきて、宰相に報告しようとしたら、隣りにいる私に気付いて、探している人見つけたはいいが、なぜこんなところに?と疑問の声を上げた。


 宰相は、僅かに不機嫌さを表し、すぐ笑顔に戻り、私に、


「説明、していただけますよね?メーフィリア様」


 悪魔の笑みとしか思えない、穏やかな声で尋ねてきた。


 こうなれば奥の手だ。


「……メーフィリアですって?知りませんわね。ここは誰?私はどこ?ああ、恐ろしい、私は記憶喪失ですわ。メーフィリア・ウールリアライナという辺境出身の娘は知りませんわ。私の名前はエピステイ・ダルイエット・フィテビフォ・ミューセルインテル・クリスタメア・エクリュプスファランティアビリアンランテ・ドゥ・タリア・メランポーテ・イシュラムン・フィリアですわん!ああ、長いので、フィリア、でよろしくてよ」


 やった。やりきりました。噛まずにやりきったわ。


「え?……メーフィリア……様?」


 エリンが困惑した顔で見つめてきた。


 ごめんね、この場を凌ぎ切るにはこれしか思いつかなかった。勢いに任せながらも、ところどころにツッコミ所があるのは我ながら完璧ですわ。自身の頭の回転の速さに戦慄するわ。キレキレの速さに惚れ惚れするわ。今、この瞬間、この窮地、このピンチから脱出するために、脳の細胞全員がフル回転している。


 だいたいね、記憶喪失なのにそんなによく覚えているわけないでしょう。自分の名前完璧に覚えているようじゃもはや記憶喪失とは言えませんわ。思い出しているじゃないか。自分でセルフツッコミするほど、私は今、すごい達成感に包まれている。


 ああ、声に出してツッコめないのが、悔しい……。


 困惑するエリンとリリアを置いて、宰相様が一歩前に出た。そして、


「そうですか。それは残念です。どうやら人違いですね。エピステイ・ダルイエット・フィテビフォ・ミューセルインテル・クリスタメア・エクリュプスファランティアビリアンランテ・ドゥ・タリア・メランポーテ・イシュラムン・フィリア様、申し訳ありませんでした。では私はこれで――」


 ヒー、この男、完璧に覚えている。あんなデタラメの出任せの継ぎ接ぎだらけの名前を……!?私、戦慄する。

 宰相、侮れない男……ッ!


「――メーフィリア様を探さなければなりませんのでね。大勢が見ている前で『大好き』と口走ってしまいましたメーフィリア様をね。神獣様を従えている聖女のメーフィリア様をね。式当日、王国中の民が見に来るメーフィリア様を……おや?どうしました」

「ごめんなさい、私がメーフィリア・ウールリアライナです。辺境に生息するクソアマです」

「ふん。侍女の服と何故びしょ濡れなのかは、後でお話をじっくり伺いましょうかね。まず着替えてもらいましょう。話はそれからですね、メーフィリア様」


 極上の笑顔を見せる宰相を見て、私は思った。

 この性悪ドS中年男、と。





 自室に戻った私とエリン。何故か第一王女リリアも一緒についてきた。


 外出用に作った侍女の服が濡れて肌に張り付いているので、とりあえず着替えることにしようとエリンが提案。賛成。


「あ、あの、私……」


 突然脱ぎ始める私を見て、リリアが狼狽え、部屋を出たほうがよろしいかと尋ねてきたが、『エリンもいるだし、一緒じゃね?』と言ったら、顔赤いまま椅子に座り直した。

 男に見られるのは嫌だけど、同じ女性なら別に……。


「メーフィ、大丈夫か!?盗賊とゴロツキとチンピラに襲われ、大立ち回りでお前が百人撃退した末に川に落ちたと聞いたぞ。無事……あっ」


 あっ。


「ルークのバカァッッッ!!!」


 枕を掴み、時速百三十キロ(当社比)の豪速球を扉に投げつける。


「ごめん!」


 不可抗力とはいえ、着替え中の上半身裸の私を見たルークは、慌てて扉を閉め、外に退避する。枕はボフッと扉にヒットし、力なく落下する。その向こうから、言葉が聞こえてきた。

 もうお嫁に行けない。


「駄目ですよ、いくら陛下でも、着替え中の女性を覗くなんて、めっ、ですよ」


 エリンが新しいドレスを手に持ちながら、扉の向こうにいるであろうルークに、底冷えするような声で窘める。


「ごめんって!わざとじゃないんだ。許してくれ」


 シクシク。


「そうです、いくらお兄様でも、女性の着替えを覗くなんて非常識です」


 見かねたリリアもため息をつき、参戦した。


「だからわざとじゃないって。宰相から話を聞いて、心配で公務の最中にも関わらず放り出してやってきたのに。……ん、この声……リリア?」

「そうです。私です、お兄様。お久しぶりです……それより先の話はなんですか、メーフィリアお姉様が盗賊ゴロツキチンピラを百人、って」


 リリアが当たり前の疑問を呈してくれた。そうよ、百人って大げさです。ん?メーフィリアお姉様?

 エリンも同意しているようで、ウンウンと頷き、


「そうです、いくらメーフィリア様でも、百人は無理と思います。八十人までなら行けると思います」


 と、明後日の方向の返答をした。

 いや、だから八十でも無理って。エリン、買いかぶりすぎだ。大人の男二十までならなんとかなるけど。

 もちろん、相手の命保証しない前提でなら。戦いの最中に相手の生死に気を遣って手加減できるほど、私は実力者ではない。


「だから、宰相からそう聞いたって」


 扉の向こうにいるルークが説明する。

 あの性悪ドS中年男。


「とりあえず、無事のようで安心した。ほら、公務があるから戻らないと」

「お兄様!」

「ライクルも今夜戻ってくるから、じゃあ後でな」


 リリアに返答するルークの声は立ち去る足音と一緒に、遥か向こうから聞こえてきた。


「もう、お兄様ったら」


 頬を膨らませ、不満を顕にするリリア。その様子に微笑ましさを覚えながらも、後で説明を聞きに来る性悪中年の影が脳裏にちらついて離れない。

 よし、ルークを盾にしよう。そうしよう。じゃなく、ルークと共同戦線組もう。




ちなみに芸術家として有名なピカソのフルネームはパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・チプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・ピカソ。

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