第五十六話 フィンガルアインへ
「どう思いますかね」
来客が去った後、静けさを取り戻した部屋の中で、宰相が聞いた。
来客というのは言うまでもなく、さっき部屋を出た二人――キアロ公爵とガルクカム候爵だ。
あろうことか、キアロ公爵は無断で娘たちが反乱を起こしたことを、他の貴族と民に発表した。
「……イマイチ、狙いが読みきれないな。もっともらしい行動とも言えるが、あまりにも手際が良すぎる。それに、無断で発表したということも気になる。何か狙いがあるのは確かなんだろうけど、問題はその狙いってなんなんだって話」
顎に手を当て、二人の真意を読み取ろうとするルークレオラ王子。
違和感を感じているから、保険のために二人に悟られないよう、裏で娘の反乱に加担しているのか、もしくは実は公爵たちこそが首謀者なのかと、調査を進めているけれど、今のところそれらしき痕跡や証拠は見つかっていない。
「現在のところ、ですね」
宰相は報告書を見ながら、苦笑漏らした。
そもそも第一王子ルークレオラは彼らが謀反の意を持っているとは思えない。良くも悪くも、公爵と候爵まで上り詰め、地位を維持している男だ、馬鹿な真似をするとは考えにくい。
「……そう言えば、エレンシュアは?」
「エレンシュア様はヘリミティア様と同じく、西へと逃亡しようとしているが、途中で捕まりました。しかし、ヘリミティア様は、まだ……。従者と一緒に行動している目撃情報も入ってます。国境を越えられる前に、捕らえておきたいですね」
王子の質問に、宰相は報告書を見て答える。国境を越えられると、色々ややこしくなる。
「……本当、やってくれたな」
「……公爵様のことですか」
「ああ、これで俺は民と父上に、今回の反逆事件の犯人について、その顛末を逐一に報告しなければならなくなった――民に知られてなければ、穏便に済ませられたのだろうにな」
「……ですな。本当に犯人だとしても、動機を聞き出して、軽い処罰で済ませて、それで一件落着と。しかし民に知られた今では、それもできなくなりました。案外、それが狙いなのでは?」
「……そうかもな。俺は試されているのかもしれん。あの男は子供の頃から、常に危険な匂いを漂わせているからな」
「それについては同意ですな。公爵様は別の意味で、野心な方ですから。おそらく国の転覆は狙っていませんが、王族が実力不足で、国を治めるのにふさわしくないと判断されると、何をしでかすかわからない方でした、常に見極めているんですよ、公爵様と候爵様は」
「勘弁してくれよ……俺は今の緩い空気が好きなんだ。四六時中、気を張らないといけないような国にはしたくない。それに、メーフィにもそんな……あっ」
「……おや?次期王妃様にも?気遣っているのですね、いやぁ、いいですな。若くて羨ましい」
「俺をからかうのはやめろ。ヘンリック。お前にからかわれると後味が悪い」
「いやぁ、そのつもりは、全くありませんがな。ふふふ。それはそうと、即位式が近いですね、結婚式も同時に行われるので、第二王子ライクル様と、第一王女リリアライリ様も、招待します?」
「二人の予定は大丈夫か?」
「そうですね……」
宰相はぺらっと、分厚い資料のページを捲り、確認してから答える。
「陛下の後に前線任されたライクル様は大丈夫かと。幸い、陛下のお友達は優秀ですからね。リリアライリ様も、招待すれば必ず来ると思いますよ?」
「だからからかうのはやめろと。……ライクルはいいとして、リリアも来るのか」
「……そんなに嫌ですか、リリアライリ様はあなたを慕っている、とてもいい娘とは思いますが」
「嫌じゃないが、アイツは優秀だからな。俺やライクルとも違って、真面目で。それが仇になっているところもあるな……できれば自由に生きてほしいと願っているが、真面目すぎるところがな」
「まあ、今帰ってくると国王様にどっかの国へと嫁がされそうですな」
「やめろ……縁起でもない」
「じゃあ連絡しますね。二人に」
「ああ」
ルークレオラ王子は、静かに目を閉じた。
束の間の休息に身を委ねて、その瞼の奥に思い出していたのは幼い頃から、血を分けた弟と妹だった。
一方その頃――。
「エレンシュア様が、捕まりました」
「……失敗って、どういうことですの?……役立たずを紹介されて、ラルアは絶対許しませんわ」
王国の西へと続く領地、人気がなく、道もロクに整備されてない街の一角に、フードを目深に被っていた二人組が周囲の様子を窺うように、建物の影から身を乗り出していた。
……いえ、もっと正確に言うと、様子を窺っていたのは一人だけで、もう一人はブツブツと小声で文句ばかり零していた。
「お嬢様、しっかりしてください、今はそんなこと言っている場合ではありません。エレンシュア様が捕まりました。そしてこれは先程知ったのですが、どうやら王都では三日前公爵様が自ら、お嬢様たちが反乱を起こしたと発表されたんです。もはや一刻の猶予もありません、早急に国境を越えて脱出しないと――ッ!?」
その人は、一瞬、何が起こったのかわからなかった。しかし、すぐに頬の痛みを理解した。平手打ちされたのだ。
「うるさいですわ。アクシャ。私に指図は許しませんわ」
「……申し訳、ありませんでした」
アクシャと呼ばれた人は、姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「ふん。……それはきっと誤りですわ。お父様が私を裏切る訳ありませんもの。これもきっと、あの女狐の謀略に違いありませんわ。全く、どこまでも卑劣な……!」
「……えぇ、ですから、あの女狐が差し向けた追手から、一刻も早く逃げ――離れましょう。ここで捕まっては、あの女狐の思うつぼです。お嬢様はこんなところで負けるはずがありません。フィンガルアインへ行き、再起を図りましょう」
「……そう、ですわね。私を捕まえられなかったことを後悔させてあげますわ。ついてきなさい、アクシャ」
さっと身を翻し、歩き出す――そのお嬢様の背中を見つめながら、アクシャは思った。
『今はこれでいい。と』
間違いなく自分たちは追い詰められた。自業自得だが、お嬢様はそんなことを微塵も思っていない。正しいのは自分で、間違っているのは次期王妃。
公爵様が民に発表したことも、きっと真実だ。だけれどいまお嬢様にそんなこと言っても、聞き入れてもらえない。
見捨てられた?切り捨てられた?公爵様の行動については、そんな疑問がアクシャの脳を過ぎった、が、今考えてもしょうがないことだ。
エレンシュア様が捕まった時点で、逮捕の命令が出されているのでしょう。いえ、もっと早く、暗殺のために王宮に潜入したあの男が帰ってこない時点で。
だから、今はお嬢様の機嫌を損なわないよう、うまく国外へと脱出させる。確かに、お嬢様はこんな性格だ、王子陛下が婚約しないのも頷ける。
それでも、お嬢様を子供の頃から見守っていたアクシャは、そのわがままな外見の裏に、隠されたのは自分自身を信じて疑わないポジティブさ。
だからアクシャは決めた。どんなことがあろうと、お嬢様を助ける。
その自信溢れる姿が眩しくて、それで十分さ、助ける理由なんざ。
とはいえ、今残された選択肢は少ない。
やはり、フィンガルアインへ脱出するしかないのだろうか。と、アクシャはヘリミティアの後を追いながら考える。
こんな性格だが、お嬢様は公爵令嬢だ。言い換えれば、ロンレル王国内の地理情報、軍隊制度など、詳しく知っている。フィンガルアインの王様や豪族たちは、利用価値を見い出すかもしれない。
最悪の場合、両国の戦争がこれ以上激化する可能性だってあるが、お嬢様が捕まり、罪を問われるよりはマシだ。
「グズグズしてないで、ついてきなさい」
「……えぇ、畏まりました。お嬢様」
俺は、ついていくさ。
前半から書き方が変わっているかもしれません。久しぶりに見返すと結構変わっていて驚いています。最善を模索中です。




