第五十五話 化かし合いと裏切り者
「首尾はどうだった?」
「問題ない。成功だ」
自身の屋敷に戻ったキアロ公爵が大広間に足を踏み入れると、そこで待っているガルクカム候爵とラルアの二人が尋ねた。
何の事情も知らない人から見ると、奇妙な組み合わせに見えるかもしれないが、三人は実は色々接点がある。
すでに人払いは済んでおり、この大広間の近くに使用人はいない。秘密の話をするのにはもってこいだ。
キアロ公爵は、ソファーに腰を下ろしながら、先程の演説を思い出していた。
まだ夜が明けておらぬ早朝に貴族たちを呼び出し、ヘリミティアとエレンシュアの反逆について告げた。当然、その場に王族――特にルークレオラ王子はいない。
「今頃、王子様はカンカンでしょうな」
ラルアが口を開いた。
「ああ、すぐに呼び出されるかもしれんな」
口ではそう言ったものの、キアロ公爵の表情は愉快そうで、クックと笑っていた。全く困っているようには見えない。
彼の向かいに座っているガルクカムも、同様に笑っていた。
それもそうだ、なぜなら、今回の騒動はある意味――計画通り、だ。
何も知らずにそう言われると、誤解されるかもしれないが、キアロ公爵とガルクカム候爵だって、ラルアが知らせてくれるまで、自分たちの娘の計画に気付かなかった。
「一応、感謝する」
キアロ公爵は、ラルアに向かって僅かに頭を下げた。
彼が知らせてくれなかったら、今回の件で間違いなく自分たちも罪を問われることになるだろう。そして何より――計画を組み立て、利用することもできなかったのだろう。
「いえいえ、私も公爵様のお世話になっていますので、このくらいは当たり前です。ヘリミティア様とエレンシュア様は、お二人の大事な大事な娘ですからね、知らせないわけには行きません」
スラスラと言葉を並べていくラルアに対し、キアロは心の中で『狸め』と悪態をついた。
確かに知らせてくれたのはラルアだが、同時に裏の組織を紹介したのは言うまでもなく、お前ではないか。
とはいえ、ラルアから経緯を聞いているから、一概に彼を責めることもできない。ヘリミティア公爵令嬢、一介の商人が逆らえるわけがなかった。
全く、自分の娘は一体誰に似たのやら。キアロ公爵は、思わず苦笑する。
「それにしても、いいのでしょうかね。貴族たちと市民に、お二人の娘が反乱を起こしていると伝えたのは」
ラルアは口を開き、尋ねた。その疑問を、キアロは答える。
「事前に言ったであろう?アレを庇えば、今度は我々が危ない。だからせいぜい、いい方に向かうように、転がすだけだ」
そう、アレ、だ。
自分の娘をアレ呼ばわりなんて、知らない人にはきっと誤解されるだろうが、キアロ公爵は娘のことを愛していた。愛してはいたが――
「――全く、機会は何度も与えたのに、陛下を落とせなかった」
口から零れたのは、本音。
公爵様は普段人前では決して見せない不機嫌そうな顔で、愚痴っている。
子供の頃から第一王子と引き合わせて、チャンスを与えたが、どうやらモノにはできなかったようだ。
「ここまで来ると脈はないだろう」
リラックスした姿勢で紅茶を飲んでいるガルクカムは、口を挟んだ。
「……それも含めて、実に不甲斐ない」
ガルクカムに同意を示し、体を深くソファーに沈め、キアロは目を閉じる。
贔屓目で見ているわけではないが、自分の娘は美人だ。ガルクカムには悪いが、貴族の中では敵なしと自負しているほどの美人だ。
まあ、おそらく向こうも同じことを思っているだろう。案外、私達は親バカなのかもしれんな。そのつもりはまったくないが。
だがな、子供の頃から王族と幼馴染で、お互いのこともよく知っている。その上美人でスタイルも抜群。ここまでお膳立てしてあげたのだから、王子落とせないのは、娘自身の問題と考えるべきだろう。
それにしても勝てないからって、暗殺を企てるとはね、本当、一体誰に似たのやら。
「私はどちらかというと、お二方の機転の良さに驚いていますがね」
ラルアのそのまるで自分は無関係のような言い方に、
「……けしかけて、よく言う」
キアロ公爵は、語気を強めて返事した。
機転の良さ、ね。……本音を言えば、ヘリミティにはちゃんと考えて行動してほしかった。しかしあの娘、そういうのは興味ないと言って学ばなかった。
「まさか、娘の反逆を自ら民に発表し、ご自身の娘を、反逆者に仕立て上げるとはね」
ラルアが興味深そうに、こちらを見ながら言った。
「……アレが勝手に動いたんだ。これぐらいは妥当であろう――それに、事実だ」
キアロは淡々と述べる。
暗殺を企て、裏の人間とも接点を持った。次期王妃とはいえ、準王族みたいなものだ。ヘリミティアは、その時点で十分反逆者なのだ。
「まあ、責任を問われる前に、自ら差し上げたほうが色々動きやすいな」
ティーカップをテーブルに置き、ガルクカムが会話に参加する。
「えぇ、本当に驚いた。何の躊躇もなく娘を切り捨て、地位を守るとはね。連帯責任問われない自信があるとでも?……娘たちが、捕まったら処刑されない自信があるとでも?」
ラルアから敬語が消え、代わりに老獪な雰囲気が顔を覗かせた。その彼の質問に、キアロ公爵が、
「ふん。問われぬさ。こちらが先手を打っているのだ、現国王陛下も、第一王子も、忠臣には寛大なのさ。それに、だ。幼い頃からの友人を、殺せるような奴ではないさ、王子陛下は」
と、無表情のまま答えた。
そう、この告白劇は茶番。計算尽くで打算尽く。
国のためならば、たとえ自分の子供でも切り捨てられる。民に、国王に、貴族にそう見せる。
高位の貴族の自分たちは王族との関係は一言で言うと、共存関係。
別に恩義を感じてないわけではないが、共倒れは御免被る。だから王国側が弱くなれば、もしくはわざと自分たちを切り捨てようとすれば、そのときは容赦なく裏切って先手を打つ。
そして、あくまで反乱を起こしたのは娘であり、自分たちではない。
そのことを広く周知させ、矛先をコントロールする。
万が一の場合でも、自分たちは有力貴族だ、しかも自ら反逆者を摘発し、逮捕にも協力している、その自分たちに連帯責任問おうとしても、簡単にはできまい。
最後に……捕まったら娘が処刑される確率は、低いがゼロではない。その時はその時だ、そもそもやらかした当事者だ、自分で責任を取れ――キアロとガルクカムはそう思っている、同時に――
「同時に、それで死ぬような奴は、到底この先では生き残れぬ」
自分の言葉に、ガルクカムが頷き、賛同を示した。
ロンレルは比較的平和で、よくも悪くも規則に厳しくない国ではあるが、戦争状態中だ。いつ、西の奴らが仕掛けてくるかわからない。
次期王妃様は停戦を試みるとは言っていたが、失敗の可能性だってある。北との貿易も、向こうに一方的打ち切られる可能性がある。
今回のように、内乱が起きない保証はどこにもない。
娘の幸せを願うからこそ、彼女たちの運命力をここで見極める。いざというとき自分の運命を切り開けないようじゃ、どうやっても意味ない。
たとえここで娘たちが死んでも、跡継ぎまた産めばいいだけの話だ。
と、そのとき、大広間の扉は開き、使用人が入ってきた。
「公爵様、ルークレオラ王子陛下から、使者が参りました」
ふん、ようやくか。待ちくたびれたぞ。
キアロ公爵とガルクカム候爵は立ち上がり、大広間から出て王城へ向かおうとする。
一人残されたラルアは、冷めかけていた高級紅茶を一口啜り、余韻を楽しんでいた。
「ルークのことが、好きだって?」
「……あぁぅ」
私が返答に窮していると、傍にいるエリンが一人二役やりだした。
「そうです。王子様が『最後に、心残りが一つあるんだ……俺のこと、どう思ってる…………なあ、聞かせてくれ……お前の、気持ちを……』、そしてメーフィリア様がこう言いましたッ!――『そんなの、大好きに決まってるじゃないッ!』――ってね、もう見ている私まで顔が赤くなりました」
当時の状況を再現すべく、エリンが声のトーンを変えて演じて見せた。
「あらあらまあ、素敵ですわ」
現王妃様が、それを見て微笑んでいる。
……お、思わぬところからまた伏兵が現れた。私の友達なのに、背後からグサッと裏切ってくれましたね。
しかし、エリンの再現を見てもどうやらまだ物足りない様子の王妃様は、くるっと顔を私の方へと向けて、
「それでそれで?あら、メーフィ、さっきから顔が赤いわよ?」
当事者の私に尋ね……失礼、尋問しようとしたが、私の顔を見てニヤニヤ笑顔を浮かべる。
私は一体何やっている……いや、何をされているんでしょうね。
新しい部屋に行こうとしたら、王妃様が待ち伏せていた。話を聞いたらなんと新しい部屋の隣が王妃様の部屋で、そのまま王妃様のお部屋に招かれ、今拷問を受けている最中?
シット、逃げていい?逃げていい?駄目ですよね……。もう、いっそ殺して。私はここで死ぬわ、暗殺者さん、あなた、無駄死ですよ。ごめんなさい。穴があったら入ります、ああ、きっとそこは私の墓穴ですね……そこで私は死にます。死因は恥ずかしさです。
「と、まあ、ごめんなさいね、流石にからかいすぎました?」
口元を手で覆い、うふふと笑いを漏らす王妃様。はい、今にも死にそうなんですぅ……ぁぅぅ。前から薄々気付いていたんですが、王妃様、お茶目で若々しいです……。
まだ顔の熱が引いてない私は、ロクに喋れない状態だった。王妃様はそんな私を見て、懐かしむように目を閉じ、語り出した。
「……今回のことは、ごめんなさいね。最初からその可能性はあるのに、大丈夫と楽観視していたせいで、危うくメーフィが死にかけたわ」
「い、いえ、私の方こそ、ごめんなさい……」
何に対してごめんなさいのか、自分でもよくわからない。釣られて謝っただけだと思う。
それを、王妃様は好意的に捉えたのか、優しく微笑みながら、
「……メーフィは、今回の事件の犯人たちを、憎んでいるのでしょうか?」
同時に、切なそうで、申し訳無さそうに聞いた。
だから、私は正面から真っ直ぐに王妃様の目を見据えて、
「……憎んでいません」
正直に答えた。私の答えを聞いて、王妃様は穏やかに、ホッとしたように微笑んでいた。
「……そう、良かったわ。これであの子も、あの娘達も、きっと許されるでしょうね」
……ん?あの子?……ってのは、多分ルーク、だよね?……じゃあの娘達というのは……?
「――まあそれはともかく、ルークの即位式も近いことですし、メーフィのウェディングドレスはどれがいいかなっと」
安心したかと思いきや、王妃様の声が突如楽しそうに弾んでいて、私が忘れかけていたことを口にした。
あっ……え?ウェディングドレスって……?え、えぇぇぇ!?
部屋に置かれている大きなクローゼットに手をかけている王妃様に、エリンがビシッと付き添うように側に立ち、
『これどうです?メーフィリア様に似合うと思います』
『あら、貴女、いいセンスしてるわ。でもこっちのはもっと似合うと思う』
『うむ、さすが王妃様です。しかし、こちらのもなかなか……』
――二人で盛り上がっていた。
……俗に女三人寄れば姦しいとは言いますが、それは誤りです。二人だけでも十分盛り上がれますわ。
ドレスの問題ではない、あんな恥ずかしいことを口走っちゃった後に、皆の前で式……というのはハードルが高すぎ。
こ、ここしかない!こっそりと抜け出そうと、二人が服を選んでいる隙に、部屋の扉に手をかけた――と同時に私の肩を、誰かが掴んだ。
「どこに行こうとしているの?」
現王妃様だった。振り返るとその顔には極上の笑みが湛えられていた。
瞬間私悟る、これは逃げちゃ駄目という奴ではなく、逃げられない奴だ。だって故郷のフレイシアお母様が、一緒につまみ食いしようと誘ってきたときと同じ顔だもん。
「できれば、式は地味ィーなのがいいな……なんて」
ささやかな抵抗として、要望を述べるが、
「えぇ、国中の民に招集をかけて、盛大にやりますわ」
ニコニコっと笑うその顔は、悪魔の微笑みでした。オー……ノー……。
念のために言っておきますが、化かし合いは前半の貴族たちと王族で、王妃とメーフィ、エリンのことを言っているわけではありません、念の為です。




