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第五十四話 うっかりさん




「トコヤミノコロモ?」

「はい、聖女様。……失礼、オホン!……メーフィリア様、そうです、常闇の衣です」


 宰相は咳払いをして、言い直した。


 このやり取りを見て、察しのいい人なら、もうお分かりだろう。

 そう、エリンのときと同じ、皆が神獣様ダァー!と騒ぎ出して、そしてキュウちゃんと私の以心伝心のアイコンタクトを見て更に疑いが深くなったところ、エリンの余計な一言がトドメとなっていた。


 もうバレているようなものだからからしょうがないとは分かっているが、でもね?皆の前で誇らしげに胸を張りながら、『そうです。皆様の想像通り、メーフィリア様は聖女です』って言わないでくれる?全然欲しくない肩書ばかり増えて、困りますわ。


「神代のアーティファクトで、伝承の中でもなかなか見かけないすごく貴重なものでございます」


 宰相様が神妙な面持ちで語る。

 ……何の話っけ?あ、そうそう、あの犯人がなぜ透明かの話。


 あの後、部屋中に残っていた犯人が身に纏っていたと思われる布を調査した結果、本人の口から常闇の衣証言ということもあり、どうして透明なのか、そのからくりが分かったって。

 当然、私は宰相様の説明を聞いてもちんぷんかんぷんで、どれだけ貴重なアーティファクトとか、その価値や歴史とか、そんなことより別のことが気になる。


「あの……もしかしてすごく高い、のでしょうか。その……常闇の衣というアーティファクト」


 おそるおそる尋ねると、宰相様は僅かに眉を吊り上げ、答えてくれた。


「……そうですね、神代のアーティファクトですから、現代ではもはや金では買えないような代物ですな」


 オーマイガッ。弁償は無理です、許してください。


「使用者が死にましたから、おそらくその必要はないかと……それに、緊急事態ですから」


 宰相様は苦笑を漏らし、そう言ってくれた。が、壊しちゃいけないものを壊した感が拭えない。

 そして、その犯人だけど――彼は体バラバラに吹っ飛ばされ、即死した。


「一応、聖女様……失礼。メーフィリア様の要望通り、バラバラになった死体を集めて墓に入れますが、本当にいいのでしょうか?」

「……うん、いいの」


 宰相様に聞かれたので、素直にもう一度答えた。

 他意はない、死んでいるからってその死体を放置するのも、雑に扱うのも、本人にとって気分のいいものではないと思う。

 確かに殺し合ったが、別に私は犯人に憎しみや恨みを持っているわけではないし、彼も自分の任務遂行しようとした末に命を落としたプロなので、敬意を示していいと思う。


 それに、今回の騒動で私を狙った人間に対して、負の感情はほぼなく、単純にやめてほしいなと思っている。

 だって、訳わからずに毒殺されそうになっていて、暗殺されそうになっているんですよ?普段の行いを考えても、なんで狙われるのか、見当もつかない。


 幸い、ルークたちは事件の首謀者を見つけたそうだ。これで事件解決、めでたしめでたしってならいいのだけど。


 まあ、今はそれより、気になることがある。


「あの、本当に、皆にはちゃんと伝えたのですね」


 念を押すように、宰相様に確認する。私が聖女(不本意)そのことを、皆がうっかり口外するんじゃないかと。


「ちゃんと言いました。多分大丈夫かと。しかしメーフィリア様、そんなに嫌ですか、聖女なんて、名誉な称号だとは思いますが」


 名誉、ね……。なりたくてなったわけじゃないし、尊大な肩書が増えていくに連れ平穏な生活は遠のいていく気がする。現にいきなり暗殺されかけたし。


 と、宰相様は何を思ったのか、突然私を見つめて、ニヤニヤ笑い出し、とんでもないことを口走った。


「ふむ。聖女様の力で奇跡を起こし、愛する王子陛下を救う、実に美談ですな。私的には、全国に広めたい気持ちですが……おや、どうしました?顔が赤いですぞ」


 やめて、本当にやめて……!!!

 そう、そうなのよ、一番のうっかりさんは他の誰でもなく、多分私だったのよ……。


 皆が見ている前で、ルークに大声で、す、す……って言った。

 バッチリ目撃されて、言い逃れはできなくなっている。


 ちなみにそれはきっと誤解。皆誤解している。ルークを助けたのは私じゃなく、キュウちゃんだった。流石に私はそんな奇跡みたいな力は持ってない。というかこれ以上追加は要らない。サイコメトリーな能力でもうお腹いっぱい。


 あの後、キュウちゃんにこっそり聞いたら、そんなに頻繁に使えない力だそうだ。


「さて、私も忙しいので、失礼させていただきます。メーフィリア様は、新しいお部屋に移ってもらいますね」


 そう言い残して、宰相様は部屋を出た。


 襲撃と爆発のせいで、私の部屋はめちゃくちゃにされた。特に爆発によって全体が煤けており、廃墟の様相を呈している。安全問題のこともあり、より警備が厳重な区域に部屋を移したほうがいいかと、新しい部屋を用意してくれた。





「はあ」


 ため息も出る今日この頃。王城の広い廊下を、エリンと二人で歩く。キュウちゃん?神獣様と崇められて行動制限なくなってすぐどっか行ったよ。今は城のキッチンでお菓子をせがんでいるじゃない?知らんけど。


「新しいお部屋、楽しみですね」


 私とは対照的、エリンはウキウキの様子で、楽しそうにしている。幼さが残るその顔に、年相応の笑顔は久しぶりに見た気がする。


 それにしても、私は改めて周囲を見回す。

 警備が厳重と言うだけあって、入ってから殆ど人とすれ違わなくなった。

 たまにすれ違う人も全員、城を警備する衛兵で、そして漏れなく複数人で構成されている。


 変装や侵入に対する対策なのだろう、廊下に身を隠せる場所はなく、遠くまで見渡せる。


 ……ん?

 適当に視線を彷徨わせていると、長い廊下の曲がり角に、白い手が伸びて手招きしていることに気付き、思わず目を瞬かせた。


「メーフィリア様、あれは?」


 エリンも気付いたようだ。暗殺と毒殺のことで学習したのだろう、すぐに臨戦態勢を取った。


 まさかね?次から次へと来るわけは……なくもないが、それならわざわざ手招きしないでしょう。というかあの手、見覚えがあるんだよな。どっかで。


 歩みを止めない私を見て、エリンは警戒をしながらついてきていた。

 曲がり角に、近付くと――。


「ルークのことが、好きだって?」


 楽しそうに、にまぁーと笑いを浮かべている、現王妃様だった。





 その日の夜、王宮の一室で、第一王子と政務の中枢を担う宰相と、貴族を代表するキアロ公爵とガルクカム候爵が揃っていた。


「どうだった?」


 ルークレオラは、宰相ヘンリックに尋ねる。


「エレンシュア様は把握しましたが、ヘリミティア様はフィンガルアインへと逃亡中とのことでございます」


 それを聞いたルークレオラは、自分の顔を手で覆った。

 実際まだ罪状が決まったわけではない。正直なところ、自分もまだどうしていいかわからずにいる。罪を問うのか、それとも……。


 だいたい、今回の事件は本当に、彼女たちが引き起こしたのだろうか。王子ルークレオラは、それが知りたかった。

 もしかしたら、違うのではないかと一縷の希望を抱いている。

 何より、仮に本当そうだとしても、自分は彼女たちを裁けるのか。長年の友人を、裁けるのだろうか。


 キアロ公爵とガルクカム候爵は言った。どんな理由があろうと、反乱やそれに近い行動は許されない。たとえ自分の子供でも、容赦しない。


「全く、我がキアロの恥晒しめ。勝てぬから小賢しい手段を選びおって。実に嘆かわしい」


 静かな夜に、キアロ公爵の言葉はよく響く。彼とガルクカムの真意は読めず、ルークレオラは仕方なく宰相に次の命令を出す。


 このとき、ルークレオラは思っても見なかった。まさか翌日で、事件があんなに大きく動き出すとは――。


 ヘリミティアはクーデターを起こそうとし、フィンガルアインへと亡命する。更に、キアロ公爵が自ら民に、ヘリミティアの反逆について公表するなど。




できるだけ文字を圧縮していますが、それでもかなりの長さですね。正直十万字くらいで終わるかなと思っていました。

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