第五十三話 す、ス……
「ルークッ!」
自身の痛みも忘れて、兵士たちを押しのけルークに駆け寄った。
直撃を受けたルークは、全身がひどい火傷を負っている。その上――左手が、ない。――右足も……ない。
その痛々しい姿が目に入り、血の気が引いていく。
感じていた不安が現実に変わり、心が絶望に侵され始める。原型を辛うじて留めているルークの体を、祈るような気持ちで手を伸ばし、軽く揺さぶる。
「ルーク……?ルーク……?ルーク……!」
我を忘れたかのように彼の名前を呼び続け、強く抱きしめる。
お願い、返事をして……!!!
彼の欠けた手足から出血が止まらなく、抱きしめる体はまるで嘘のように急速に冷えていく。
「ルーク!」
何度呼びかけても、返事はない。そもそも意識すらないように感じる。
「返事をして……!お願い……!死なないで!ルークッ!!!」
頭が真っ白になり、働かない。そうだ、止血だ、早くしないと。自分の服を破り、彼の傷口に強く当てる。
周りは慌ただしく動いているけれど、私の耳には入らない。お願い、目を開けて、ルーク。
「……ゴホッ……」
突如、腕の中のルークが息を吹き返したかのように、苦しげに息を吐いた。
「ルーク!」
良かった……!生きている……!待って、今すぐ医師を――。
そう言おうとした瞬間、ルークは私の腕を、まるで最後の力を振り絞るように掴んだ。
「ルーク……?」
彼は焦点の定まらない目で、私を見つめて、弱々しく首を左右に振り、
「……ゴホ……いい……俺は……もう、助からないっ」
「バカ言わないで!生きてッ!死んだら許さないわ!!!」
その手を強く握り返し、大声を上げる。しかし、彼の手から力は刻一刻と弱くなっていき、息をするのも苦しそうだ。
「……それは、無理だ……ッ。……俺は……助からない。だから……ごめん」
「……なんで、謝るの……?…………」
聞きたくない。聞きたくない。……聞きたくない!!!謝らないで、お願いだから……!
抱きしめる体は冷たくなっていき、氷のようになっている。
「………………最後に一つ、いいかな」
「最後とか言わないで!バカ……バカバカバカッ!!!」
大声を上げて叫ぶ私に、ルークは火傷を負っている手を動かし、私の両目から落ちる涙を拭う。
「……結局、言えずじまいになったな。メーフィ……ゴホッ!……死ぬ前、一つの心残りがあるんだ……。ゴホゴホ!……俺のこと、どう……思っている……んだ?……メーフィの気持ちが、知りたっ、ゴホ、ゴホゴホ……!」
激しく咳き込むルークを見て、私は慌てて答えた。
「そんなの、好きに決まってるじゃないッ!好きよ、ルークのことが好き、大好き!だから、お願い、死なないで……!!!」
しかし、その私の望みとは裏腹に――ルークは満足そうな笑みを浮かべ、瞼を閉じ――
「そう……か。…………それが、最後に聞けて…………良か……った…………本当に……良かった…………」
握っていた彼の手が、すっと力が抜け――ルークから感じていた僅かな命の鼓動が、完全に消えた。
「……ルーク?……ルーク?……ねえ、起きてよ……ルーク?……笑えない冗談はやめて……ねえったらッ!!!」
どんなに強く、彼の手を握っても、握り返してこない。どんなに強く、彼の名を呼びかけても、返事はない。その体は冷たく――最後の熱が、消えていく。
声を上げる度に、大粒の涙がポタポタと黒焦げになっている彼の体に落ちる。
現実を認めたくなくて、ひたすら彼の体を揺する。ねえ、こんなとこで寝たら風邪引くよ、ルーク。お願い、起きて、部屋で寝て、お願い、お願い、ルーク……。
「……バカ、バカ……バカッ!……ルークのバカ!!!」
どうして私を庇うの。勝手に一人で満足しないでよ、私はまだ、あなたの口から返事聞いてない。教えて、ルーク。あのとき、あなたは追いかけてきてまで何が言いたかったの。ねえ、教えてよ。
「ねえ、ルーク……?」
冷たくなったルークの体を揺すり続ける私の肩に、誰かが手を置いた。
「メーフィリア様……」
「ねえ、エリン……ルークが、起きないの」
振り返って彼女を見ると、エリンは悲しそうな表情を浮かべて、小さく首を左右に振った。
エリンの背後――宰相様も、兵士たちも、ようやくやってきた宮廷医師も、皆諦めた表情で見ていた。
「……どうして諦めるの?まだ、まだルークはッ……ルークは……ッ……」
まだ、死んでない。そう言いたかった。しかし、言葉が喉につっかえて、うまく吐き出せない。代わりに大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
その時だった。
抱きしめるルークの体は、淡い光を発し始めた。
「え?」
異変に驚いて声を上げた私は、冷たくなっていた彼の体を見つめる。その光は勢いを増し、徐々に強くなっていく。
見守っていた皆もその事に気付き、何事かと驚いている。
やがて――白い光に包まれたルークの体、欠損した左手と右足は凄まじい速度で再生を始めていき、瞬く間に元通りに戻っていた。
それどころか、火傷していた全身の皮膚も綺麗に治っていた。体温も、青白くなっていた肌色も、徐々に回復している。
「これは……?」
宰相様と兵士たちは驚きの声を上げ、状況を見守っている。
光が収まった頃、ルークの体も、欠損した手足も、体温も、全て元通りに戻っていた。
そして――恐る恐る私は手を伸ばし、彼の頬を触ろうとした瞬間。ルークはパチっと目を開け、
「……メーフィ?……――あれ、俺は……?」
私の名前を呼んだ。
「ルーク……?」
彼の頬に手を伸ばし、軽く触れる。確かめるように、呼びかける。夢ではない。
「……俺は、死んだはず……あれ?……うおっ!?メ、メーフィ?」
「ルークのバカ!!!」
彼の懐に飛び込んで、泣きじゃくる。
良かった……本当に良かった……。
「……ごめん」
そんな私を見て、彼は申し訳無さそうに笑いながら、私の頭を撫でる。が、すぐルークは小首をかしげ、おそらく誰もが思う疑問を口に出していた。
「俺は……死んだはず……なんで生きてるんだろう?」
「知らないわよ……バカ!勝手に死なないで、本当バカ!!!」
顔を上げキッと睨むが、彼の視線は変な方向に向いていることに気付き、なんだろう?と思いそこに目を向けると――。
「……あっ」
思わず声を漏らした。
彼だけではなく、宰相様も、兵士たちも、役立たずの宮廷医師も、エリンも、部屋中の全員がその方向を見ている。皆の視線の先にいるのは――
「……キュウ?」
今頃になってようやく皆の視線が自分に集中していることに気付いた、小さく鳴いたキュウちゃんだった。
すると――まるで波が引くように、兵士が一人、また一人、次々と跪き、敬礼をした。最後は宮廷医師も、宰相様も跪いて、頭を下げる。
……なんか、デジャヴ。既視感あるね、これ。
皆が一斉に、合唱をするように口を開いた。
「――神獣様」
あ、やっぱり?
展開がジェットコースター並みに乱高下している。




