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第五十二話 無残な姿




 部屋の扉が破られるのと、犯人が再び距離を詰めてきたのは同時だった。

 まるで感情が一切抜け落ちたかのように、躊躇なく犯人はナイフを私の喉元へ突きつけてくる。


 迫りくるナイフを意識は辛うじて捉え、懸命に体に避けてと命令を出したが、へたり込んでいる体は言うことを聞いてくれない。

 このままだと殺される。

 せめて、痛いのだけはやめてと願い、ギュッと目を閉じようとした。が、


「てんめえ、何しやがるッ」


 横から伸びてきた長剣に、犯人のナイフは強引に弾かれた。刃と刃が交錯し、火花を散らす。


「――ぬぅ?」


 犯人は弾かれた反動でそのまま後ろへ飛び、困惑の声を小さく漏らす。


 手の長剣をヤツに向けながら、守るように私の前にルークが立ち、犯人の男と対峙する。


「無事か」

「……遅い」


 若干拗ねた声で抗議すると、


「ごめん」


 素直に謝ってきた。


 ヤツの動きを警戒しながら、ルークは私の安否を確認する。本当に無事だと分かった途端、明らかにホッとしたような顔になった。

 その不意に見せられた優しい笑顔に、顔が赤くなる。


「気をつけて、かなりの使い手だわ」


 悟られないように、自分の嬉しそうな声を抑えるのが精一杯だった。だが、


「ああ、任せろ」


 返事する声は、私以上に嬉しそうだった。


 なぜだろう、それを聞いているととても恥ずかしくて、嬉しくて、むず痒くて、もどかしくて。彼の背中を見つめて、言葉にならない感情が渦を巻く。


 そんな私の胸中など知らないであろう。ルークはジリジリと間合いを詰めて、犯人の男に話しかける。


「降伏しろよ?逃げ道はない」


 確かに。私は部屋を見回す。ルークと一緒に来た宰相と城の衛兵たちは、逃がさないように包囲網を作っている。


 しかし、自身の置かれている状況を見て、それでも犯人は何の表情も見せなかった。ヤツは周りの兵士たちを一瞥し、素早くルークへと距離を詰める。


「――く!?」


 突如の攻撃を、ルークは咄嗟に長剣で受けた。


「降伏と言われて、はいって言うヤツいると思うん?」


 犯人はおちょくるように言い、防がれても二本のナイフは止まらず、次々と蛇のように繰り出されている。


 両者が激しく打ち合い、火花を散らす。

 地力では間違いなくルークのほうが上とは思うが、相手の攻撃軌道が変則すぎて、慣れていない感じが否めない。今互角に戦えているのは、リーチの差のおかげだ。


「陛下に加勢しろ!」

「来るなッ!」


 宰相は兵士たちに指示を出し、加勢を命じる。だが即座にルークが制止した。


 その理由は――すぐに分かった。


 命令を聞いて、近くにいる一名の兵士が急いで近付いたが、それを見た犯人はすぐに方向転換し、その兵士にナイフ向ける。奇妙な軌道を描くナイフの刃は、兵士の視界の死角をついて喉へと迫る。


「――え?」


 間抜けな声を出し、兵士はすぐそこまで来ていたナイフをぼんやりと眺めて――ガキン!甲高い金属音を響かせて、ナイフは弾かれていた。

 ――兵士の喉が切り裂かれる寸前に、ルークの長剣が助けた。


 長剣はナイフを弾き、犯人を後ろへと下がらせたが、弾かれるの予想していたのだろう、犯人はルークに向けてもう片方のナイフを振り、ルークにそれ以上近付かせない。


 結果、両者が距離を取り、振り出しに戻る。


「クソ。やり辛い」


 二本のナイフを構える犯人を睨み、ルークが長剣を握り直す。


 どうやらリーチの差は必ず有利に働くとは限らないようだ。ナイフで変則的な軌道だと、やりづらく感じてしまうのだろう。


「大丈夫ですか、メーフィリア様」


 宰相はしゃがみ、へたり込んでいる私に気遣いの声をかける。


「あ、うん。大丈夫だけど……。あ!そうだ、エリンは?」


 すっかり忘れてしまっていた。慌てて彼女を探すと、まだ床でぐったりしているのが見えた。体力もそこそこ回復したので、小走りで彼女に駆け寄る。


「エリン、エリン!大丈夫!?」

「う、うん……メーフィリア……様」


 良かった、生きている。


「宰相様、エリンをお願い」


 そう言うと、宰相は頷いて部下の兵士に、


「次期王妃様と次期王妃様の専属侍女を守れ」


 と命じた。

 すぐに私とエリンを囲むように兵士たちは壁となってくれた。


 壁の向こうから、相変わらずナイフと長剣が激しくぶつけ合う音が断続的に響いてきている。


 攻撃の合間に、


「なぁ、お前の雇い主は誰なんだ。やはり……か」

「……」

「無視か。そりゃ言えねぇよな。その腕を見りゃ、相当な手練ということは分かる。どの組織に属しているのもな」

「ほぅ」


 甲高い金属音に混じって、会話が聞こえてくる。


「聞け。殺すつもりはない。今のところはな。だが状況がこれ以上悪化すれば、殺さずにはいられなくなる。お前とお前の雇い主をな」

「戯言を。王子サマよ、だんだん慣れてきたんじゃねぇのォ?俺のナイフも、さばけるようになってきたんじゃん」

「言う気はないかな。じゃあてめえを捕まえて――」


 そこで、一際大きい金属音が響いて、


「なァ、王子サマよ。いいことを教えてやるよォ。お前は俺を包囲したと言っているんだが、それはどうかな――」


 犯人の男の声は徐々に遠ざかっていき、


「なぁ、窓!?逃げる気?正気か!?ここは――」


 ルークの言葉を聞いて、私は兵士の壁をかき分けて、その隙間から状況を窺った。


 この高さ、飛び降りたら死ぬ。最高記録が四階保持者の私でも、挑戦する気が起きない高さだ。その高さから飛び降りようとしているの――?


 しかし、私の目に映る光景は、予想していたのと違った。


 犯人の男は一旦全速力で窓まで下がり、ルークが捕まえようと追いかけてきているのを確認し、すぐさま身を翻して兵士に囲まれている私へと突進してきた。


「な――!?」


 完璧なタイミングとフェイントで自分の横を通り、私へと突撃する犯人の男を見て、ルークが驚愕の声を上げる。


 犯人の迫ってきている姿と共に、心の声も流れてきた。


『人でなしでも、守秘義務がある。そして一度受けた任務は遂行する。俺と一緒に死ね、次期王妃様よォ』


 男は、懐から何かを取り出す。

 ルークは、男を止めようと追いかける。


 だが遅い、初動で出遅れたルークはこのままでは追いつけない。故にルークは長剣を投げつけた。

 その長剣は緩やかな軌跡を描いて、正確に犯人の背中にぐさっと刺さり、犯人の男は一瞬、よろめく。


 それでも――それでも、男は歩を止めない。背中に長剣が突き刺さったまま、私へと突進してくる。


 懐から取り出したもの……男の心の声が答えを告げる。それは……爆裂石。石の大きさによって、爆発の威力も違う。アイツが持っているのは、間違いなく最大火力。


 そして、それを至近距離で使われたら、私だけじゃなく、宰相様も、エリンも、兵士たちも、無事では済まされない。


 ルークは気付いた。あまりに特攻だから却って狙いが読みやすかったのだろう。


 兵士たちは次々と剣を抜き、応戦しようとしている。だめだ、それじゃだめなんだ。この場合の正解は――


「逃げ――」


 逃げて、できるだけ遠くへ。

 そう叫びたかった。声に出したかった。しかし、時間が、もう、ない。


 犯人が近付くに連れ、すべてが遅く見える。

 何もかも、ゆっくり映る世界の中、私はエリンを抱きしめ、一人でも多く守れるように――


「させるか!」


 ついに追いついたルークは、背後から犯人を羽交い締めにした。そのまま後ろへ引き離そうと、が――すぐ気付く、間に合わない。


 だから、ルークが取った行動は――自分の体を盾に、男と皆の間に立ち、爆発から守ろうと――


『……クソ、本当に、割に合わんな』


 その犯人の心の声に一瞬遅れて、石が爆発した。


 部屋全体が小さく揺れ、爆風が気流となって吹き荒ぶ。

 兵士たちは各々と声を上げ、状況がつかめず驚いている。


 やがて、爆発が収まった頃――

 ……生きている。最初に確認したのは、自分が生きている事実。次に、エリンの体温。


 顔を上げ、周囲を見回す。

 そのとき、私の目に飛び込んできたのは――所々黒焦げになっている部屋の中、無残に倒れていたルークの姿だった。




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