第五十話 犯人
驚いた。
ルークと宰相様の後ろに、使用人と衛兵たちに紛れて何食わぬ顔で意外な人物が一緒に入ってきた。正直聞き間違いかと、一瞬自分の耳を疑った。
ルークが宮廷医師に状況を尋ね、宰相様が控えている使用人に指示を出し、慌ただしく動く部屋の中で、ソイツは悠長に隅でことの成り行きを見ている。
「それでは」
事務的診察が終わり、初老の医師は部屋を出ていく。
まるでこれ以上自分はどうしようもないと言わんばかりの態度に、ルークはその背中を見ながら、拳をきつく握りしめ、歯噛みしていた。
タイムリミットが迫りつつある、絶望に満ちていた重い空気の中、宰相と使用人は一人、また一人と部屋を出ていく。
そして最後にルークとエリンと、ソイツだけが残っている。
「クソッ!……諦めない……諦めるもんか!……俺は……!」
大声を上げて叫び、ルークは凄まじい勢いで扉を開けて出ていった。
……その足音が遠ざかっていくのを確認してから上半身を起こし、エリンに手招きをし耳打ちする。
「――え!?でも……わかりました」
私の言葉を聞いてエリンは一瞬びっくりしたが、すぐ頷いてルークを追いかけに行った。物分りが良くて助かる。
耳打ちした内容は、『皆を呼んで、犯人が見つかった』だ。特に呼んできてほしい人物はルークと衛兵の皆と強く強調した。
後少し待てば、ルークに追いつき、衛兵の皆を連れて戻ってくるだろう。
その間、犯人が痺れを切らして襲いかかってこないことを祈る。
耳打ちした際に気付かれないように部屋全体に視線を這わせたが、案の定と言うべきか、ソイツの姿は見当たらない。
ベッドの縁に座り、目を閉じ、心の声に集中する。
『……?あの侍女、なぜ急に部屋を出た?』
よしよし、まだ気付かれていない。
『まあいい、好都合だ。戻ってくる前に殺るか』
え?ちょっ、それは聞いてない。
『念の為来てみたが、こりゃびっくり、どういうわけか生きてやがる。クオドゥルの毒を食らって起き上がれるようなヤツ初めて見たよ』
私もびっくりだよ、まさか毒入りお茶を飲まされるとはね。
徐々に近付いてくる心の声に、心臓の鼓動が早くなる。
目は閉じたまま、ソイツとの距離を測る。
『じゃあな、次期王妃サマ』
至近距離で響く心の声に、思考が高速に回転する。
まだ、気付かれてない。私は目を閉じたままなんだ。だから、初撃で決める。
おそらく犯人から見れば、目の前のか弱い女性は接近に気付いてないように見えるだろう。そこに付け込む。来るなら来い、みぞおちに掌底を――。
と、双方が各々の思いを抱き、行動に転じようとした瞬間。
「メーフィリア様」
エリンが扉を開き、報告しようと部屋の中に入ってくる。
『――チィッ』
私は、犯人の気配が目標を迅速に変え、エリンに向かっていくのを感じた。
――エリンが殺される。
「――エリン!!!」
ソイツの凶刃がエリンに届く前に、全身の力を振り絞って、跳ねるようにベッドから立ち上がり、溜めていた拳の一撃をソイツの背中に打ち込んだ。
「――ガァ!?」
手応えあり。
文字通りの予想外の一撃を背中にモロに受けて、犯人は盛大に吹っ飛んだ。ズザザザと、床に倒れ、滑っていく音だけが聞こえる。
「キャア!?」
突然のことに体は反応できず、エリンは全身を強張らせた。彼女の手を引き、体でエリンをかばい、犯人から距離を取る。
同時に視線は扉の前を見つめたまま逸らさない。
その何もない場所に、突如ゆらりと、景色が歪むように、剥がれ落ちるように、一人の男が現れた。
見た目が若く、二十代前半と思われるソイツはゆっくりと立ち上がり、私とエリンを見ながら、唇を歪めて笑った。
「――驚いた。ぜひ種を教えてほしいねぇ。今日はびっくり仰天だよォ。クオドゥルの毒が効かない事に続き、常闇の衣までも破られるとはなぁ。お前は何だ?神代の大賢者なんかい?」
それはこっちのセリフよ。あんたこそ何なんだ。透明人間は初めて見た。
「ただの辺境の小娘わよ」
「――はァ。答えるつもりはないかい。まぁいいさ。殺ることは変わらん」
男は懐からナイフを取り出し、慣れた手付きでそれを向けてきた。光を反射している刀身を見て、エリンは小さく震えた。
「エリン」
「……はい」
「ここは私に任せて逃げなさい」
「はい、メーフィリア様のためなら喜んで。私が足止めしている間、逃げてくださ……え?」
逆のセリフを言われるとは思ってなかったのだろう、エリンはキョトンとした表情を浮かべる。
だが私は戦力を考慮し、それが最善の選択だと思う。何より自分のせいでエリンが死んだら一生後悔するだろう。
「だ、駄目です……メーフィリア様を置いて逃げるなんて、できませんっ」
「友達を置いて逃げる人がどこにいる」
そう、彼女は友達だ。だからできない。
「むぅ。それを言うなら、メーフィリア様だってお友達です。友達を置いて逃げるなんて、エリンはできません」
意外なことにエリンは唇を尖らせつつ反論してきた。そんな彼女を見て、
「私はいいお友達を持っているな」
と、笑みを浮かべて構える。
「お別れは済んだかァ?」
ソイツは、抵抗してくる獲物を見て、ニタァと笑った。
遅くなり申し訳ありません。
3/16追記。誤字脱字報告、ありがとうございます。ですが申し訳ありません、セリフについては本人が喋った言葉そのまま文字にしているなので、誤字脱字ではありません。ご了承ください。




