第五話 裏では
「王子様、あの方は誰ですか。そもそもなぜこのようなところに……心配しましたぞ。朝王子様のお部屋に伺いましたら、蛻の殻でした。慌てて屋敷全体を探しましたが、どの部屋にもおられませんでした」
歩きながらヘンリックが尋ねてきた。
屋敷、というのは来賓用に用意された屋敷のこと。本来、国中から集まった貴族たちはそちらの屋敷に泊まる予定で、一部のもの以外は全員その屋敷にいる。
「飲みすぎて夜中厠に行ってたら、何故か朝起きたらあの部屋にいた。で、誰なのかは、知らん」
「……王子様、ふざけている場合ではありませんぞ。どこの馬の骨とも知らぬ娘を娶ってはなりませぬぞ。キアロ公爵、ガルクカム候爵などが納得すると思いますか」
「ほっとけ。俺の婚約相手は自分で選ぶ権利くらいは有るだろう」
「格というものがありましょう。ご自分が今おられる場所ぐらいは把握していましょう。この屋敷、ウールリアライナ家のですね」
相変わらず、こういうところはネチネチだな、宰相は。要はこう言いたいんだろう。此処はウールリアライナ家の屋敷だ。此処にいるものは高貴とは程遠く、下賤な者ばかり。と。
「王族として、傷物にした責任こそ取らねばならぬと思うが?」
俺の言葉を聞いた宰相は、沈黙した。
なにか言いたげではあるが、口に出せずにいる。
それもそうだろう。王族として民の道標とならねばなりませぬ。言わば民の手本だ。王族が勝手な振る舞いなどをすれば、民も同じ振る舞いをする。
自身が前には立たぬが、誰かを前に立たせようとする者の戯言など、誰が信じよう。
――俺は常に戦場の最前線に立ってきた。誰かを死なせたくなかったからだ。皆が俺を信じて付いてきた。戦場では、身分の高貴や下賤など関係ない。