第四十八話 未経験なのにまた頑張れと言われても
毒殺事件が起きて、王宮は一気に慌ただしくなっていた。
ルークと宰相様は犯人を捕まえようと王宮の警備を強化し、怪しい人物が出入りしてないかをチェックしているが、成果ないまま一日目が終りを迎えた。
大キッチンのコックさん全員に事情聴取を行った結果、なんと誰もあのお茶を勧めるコックさん知らない事実が発覚した。
私はエリンの話を聞いて、そうだろうなとある程度予測はできていた。
現在宰相様はそのコックを捕まえようとはしているが、まるでいきなり消えたかのように、足取りがつかめていない。
衛兵全員がそのような怪しい人物は目撃していないと言っているので、変装して逃げたのか、それともまだ城内に隠れているのか、宰相様は可能性を検討しながら行動中とのこと。
そもそも共犯はいるのだろうか。それに犯行の動機は何なんだろう。私はベッドの上で上半身を起こしながら、事件について考える。
時刻は深夜、色々あって疲れたエリンは私の隣ですやすやと寝息を立てている。
「犯人は一人なのか、複数人なのか。そもそもなんで毒殺しようとしたのだろう。誰かの恨みを買った覚えはないのだけれど」
つぶやきながら思考を整理する。今回の犯人を捕まえるのは難しくないが、それで何もかもうまくいくのだろうか。今後も同じようなことが発生しない保証はどこにもない。
勝手に恨まれて、毎日毒殺に怯えながら生きるのは辛い。軽くため息をつき、すやすやと寝ているエリンの髪を梳く。
色々対策考えているうちに夜は更け、毒殺二日目に突入していた。
今日もベッドで死んだふりを続けていると、診察のためにやってきた宮廷医師は突然予想外のことを言い出して、危うく吹きかけた。
「非常に残念なことですが、陛下の跡継ぎは諦めたほうがよろしいかと。この猛毒は受けて、お腹の子はもう……」
診察を終えた宮廷医師は私のお腹に目をやりながら、そう告げる。
お腹の子も何も、そもそも妊娠してないからねっ!
それを聞いて様々な反応を見せる貴族たち、その中で宣告を聞いた宰相様は尋ねる。
「陛下がいないとき選んで言ったのは、私に伝えろと?」
「えぇ、私からはとても。次期王妃様はたとえ奇跡が起きて、一命を取り留めたとしても、お腹の子は……」
色々ツッコミたいが、今は我慢します。
宮廷医師は宰相と貴族たちに説明する。この毒受けた妊娠中の女性はお腹の子を失う確率が九割、なので心の準備はしておいたほうがよろしいかと。
まあ、私にとっては好都合かなと思う。最初から身ごもってないし。
「だが希望を失ってはいけません、まだ一割の可能性があります」
喜んだのも束の間、初老の医師は励ますように言った。それってたとえ私は無事でも妊娠の誤解は続くってこと?何たる不運。ラッキーだけどアンラッキー。
「そうか、あまり期待しないでおくよ。今は犯人を捕まえてメーフィリア様を救うことが最優先です」
宰相様はそう言って、他の貴族たちと一緒に出ていく。部屋に残されたエリンがポツリと呟いた。
「メーフィリア様、どうか気を落とさないでください。子宝はまた頑張れば授かります。だから――」
「――頑張るとか無理」
思わず突っ込んだ。
心の準備ができていませんっ!未経験です私。
「でも、メーフィリア様は無事ですから、跡継ぎはまた頑張れば……」
また。今エリンはまたと言った。初めてもまだなのにまたとは。
「エリン、いい?」
「はい?」
「私、妊娠してませんから」
言っちゃった。でもいいよね、エリンなら言ってもきっと信じてくれる。
しかし、エリンはしばらく沈黙した後に、口を開いた。
「メーフィリア様、子を失った悲しみはわかります。ですが悲しみにとらわれてはいけません、確か愛情の結晶はなかなか授かるものではありませんが、だからこそ――」
信じてもらえなかった。
「本当だって」
力説はしたが、エリンは終始医師の診察傍で見ているせいか、なかなか話聞いてもらえない。
あの医師、絶対ヤブだろう。
思えば権威ある人や相応の地位にいる人は、無条件に言っていること正しいと信じてもらえる。
私が本当に次期王妃になった暁には、善政を敷こうと考えていたが、あの医師だけは許さない。ヤブかどうか調査するわ絶対。野放しにしておくと他の被害者を出しかねない。
いっそ他の誰よりも早く私が毒殺事件の犯人を見つけて、『実は別の毒も用いていたからお腹の子は絶対助からない』、そのように犯人と口裏を合わせて協力してもらおうかな。
とか考えたりして決意したところ、三日目に入り――事件が大きく進展を見せた。
そういや前回言い忘れました。良い子は拾い食いとか絶対しないでください。