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第四十七話 各自の思い




 もぐもぐ。んまーい。


「えぐ……ひっく……良がったぁ……メーフィリア様」


 お菓子を頬張りながら、横のエリンを見る。可愛らしいお顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。それでも彼女は泣き止もうとしない。


「はい、ハンカチ」

「ありがとぉごぜぁいまずぅ……」


 最初は起きた私を見て、幻覚だの夢だの、しまいには死後の世界とか言い出したり、死んでも私に仕えるなんて嬉しいって重い愛を告白してきたり、流石にそのまま放っておくと話が進まないので、隠しておいたお菓子の中一番甘いヤツをエリンの口に放り込んだら、ようやく現実と認めた。

 そしていきなり泣き始めて、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


「落ち着いた?」


 ハンカチで涙を拭ったエリンはコクっと頷く。泣いた直後なので、鼻と目が赤い。

 と、エリンはおそらく誰もが思う疑問を口にした。


「しかし、宮廷医師が言うには、猛毒のはずですが……」

「それなんだけど、最初はキュウちゃんのおかげかなと思ったが、どうも違うみたい」


 お菓子を食べながらキュウちゃんに聞いたが、否定された。

 猛毒は管轄外らしい。


「ではどうして……?」


 エリンが不可解な表情を浮かべて考え込んでいると、キュウちゃんは小さく鳴いた。


 なになに?……『メーフィは小さい頃からその辺に生えているものを拾い食いしていたから、それじゃない?』……これ私ディスられている?


「どういうことですか?」


 キュウちゃんと私が話しているのを見て、エリンが尋ねる。


「キュウちゃんは私が故郷に生えている果物や草を見つける度に、とりあえず口に放り込んで食べる癖があるから、知らないうちに耐性が出来上がっているんじゃないかなと言いたい」


 子供の頃の話でしょう。子供ならとりあえず口に入れるんじゃない?

 これだけ聞くと誤解されそうで言っておくわ。私はそんな食いしん坊ではない、断じて。


 それで猛毒はどうにかなるものなの?とエリンはまだ納得しかねているが、そんなことは置いといて、今はそれより――


「エリン、聞いて。毒入りお茶が運ばれてきたということは、犯人がいる。私を殺したい誰かがいるということ」

「はい、わかりました。犯人が捕まる前に、死んだふりですね」


 さすが。察しが良くて助かる。本当、私にはもったいないほど優秀だわ。


「そういうこと。――私も最初はそう考えていた。しかしその計画には重大な欠陥がある」


 一見完璧のように思えるこの待ち伏せの計画が、実は重大な欠陥がある、致命的だ。


「重大な……欠陥?」


 エリンは一体なんだろうと、ゴクリと唾を飲む。


「うん。それはね……その欠陥は……………………犯人が捕まるまでの三日間、飲まず食わずは死ぬ」


 死にます。犯人に殺される前に。

 死んだふりをするということはつまり、飲まず食わずということ。しかも眠っているふりもしなければならない。正直寝すぎて痛い。


 最初は寝てれば楽勝と考えていたが、寝ているうちに『あれ?もしかして私この三日間、絶食?』ということに気付いた。


「あ、あはは……そう、ですね、あは……」


 珍しくエリンが苦笑を浮かべた。


「だからプランBで行こうと思う」

「プランB?」


 辺境で育った私にとって、臨機応変は得意だ。故郷だと普通に道歩いてるだけでも、どっかの家のイノシシが逃げ出す場面と出くわすことだってよくある。即座仕留められるよう、お母様と領民の皆に子供の頃から教えられた。


「そう。エリンがもうひとり分、こっそり持ってきてほしい」

「……駄目です」


 我ながら妙案です。これなら……え?今なんて?


「駄目です。次期王妃に、侍女の食べ物を食べさせるなんて」


 意外なことに、エリンはきっぱりと断った。


「そこをなんとか……」

「駄目です。メーフィリア様は隙あらば侍女の食べ物を食べようとしていますからね。ご自分の身分を考えてください。高貴な人間に、そんなものを食べさせるなんて恐れ多いです」

「そ、それは……。だってぇ、あんな薄味――じゃなくて、ヘルシーな料理は飽きたというか……じゃなくて、口に合わない……ゴニョゴニョ……」


 そんな私を見て、エリンは小さくため息をつき、


「……仕方ありません。犯人が捕まるまでですよ?」

「やった。あ、私が生きていることは内緒ね」

「それは大丈夫ですが……犯人は捕まるのでしょうか」


 エリンが不安げに見つめてくる。


「うーん、色々それについて考えたけど、一番怪しいのは今のところ、あのお茶を勧めてきたコックさんじゃない?」


 最初はただのサプライズメニューだと思っていたが、毒入りお茶となると話は違ってくる。

 私の推測に、エリンは自分の記憶を確かめるように思い出しながら頷いている。


「はい、宰相様に真っ先それについて尋ねられました。確かに言われてみれば、怪しい人物だったと思います」

「怪しい?」

「会ったことないコックさんでした。私もコックさん全員を知っているわけではありませんので、自信はないですが」

「どんな顔?」

「えーとですね……」


 容貌とか体型とか特徴について尋ねると、エリンは細かく答えてくれた。


「知らないコックだ」


 キッチンで働いている私はコックさん全員知っているが、そのコックは知らない。いよいよ黒の可能性が濃厚になってきたな。


「はい……え?」


 あ、しまった。


「いえいえ何でもありません」


 危ない。ついうっかり口を滑らせた。


「そういえば、起きて大丈夫でしょうか?犯人を待ち伏せするとメーフィリア様は仰っていますが、起きているところを誰かにでも見られていたら……」


 エリンが心配そうに尋ね、周辺に人はいないかと見回す。


「それは大丈夫。心の声のおかげで、近くに人がいたら聞こえるはず」


 最初はこんな能力、欲しくないわよと思っていたけど、意外なところで役に立ってしまった。


 と、改めて犯人を捕まえるまでの行動や計画をエリンに教え、私の補助役として影で動いてもらうことにした。


「頼んだわ」


 ベッドに戻り、死んだふりを再開する。





 ルークレオラ・ロンレル第一王子は激しく後悔していた。

 自分のせいで、大事な彼女が死んでしまうのではないかと。他の国ならいざしらず、ロンレル王国は今まで平和で、毒殺など一切聞かなかった。

 確かに他の国はたまにあるが、自分の国はそんなこととは無縁だと思っていた。思い違いだった。


 自分が許せなくなる。こんな事になるなら、諦めていればよかった。


 彼女は覚えていないだろうが、あの時から自分は彼女に惹かれていた。俗に言う一目惚れだ。

 しかし、それだけでは彼女を婚約相手として迎えることはなかった。


 俺は良い意味でも、悪い意味でも第一王子。継承権の順位で言えば、かなり高確率で次期国王に即位する。

 つまり俺と婚約している女性は、次期王妃。


 子供の頃から王国内の有力貴族は自分の娘を俺に紹介し、将来に向けての政略婚約戦争は行われていた。

 一生を共にする相手を、自由に選べないことにややうんざり感じながらも、半ば国のためと受け入れていた。彼女と出会うまでは。


 最初の印象は、ただ可愛いと感じていた。素朴な感じの可愛さだ。村娘的な感じ。実際ただの村娘と勘違いしていた。

 そのとき彼女は領地のおばさんの店を手伝っていて、俺を客だと思っていたらしい。


 第一印象は良好だった。飾らない可愛さとでも言うのかな、ありのままの自分を見せている感じがとても気に入った。もし婚約相手が彼女なら、と俺は考えてしまう。


 いざ話してみるとすごく意気投合した。

 話せば話すほど、俺は自覚する。彼女のことが、好きだ。


 だから次の日も、その次の日もお店に買い物に行ったが、彼女はきっとその時のことは覚えていないのだろう。

 あの宴会の翌日、初対面みたいな反応をしてきたから、きっとそうだろう。

 何日もお店を訪れていたが、結果は惨敗だった。彼女は俺に恋愛感情を抱いていない。それでも諦めきれなくて、平民が駄目なら王子はどうだ!と宴会を開催した。結果は同じだった。


 好きと伝えたくて、自分の気持ちを伝えたくて、少しずつ距離を縮めてきて、ようやく彼女は俺に笑顔を見せてくれるようになった。その矢先に、毒殺。

 犯人はもちろん許せないが、一番許せないのは自分自身だ。俺がどうなってもいい、彼女だけは助ける。


 そのためここに来たのだから。


 乱暴に扉を開けて入ってきた俺を、店内の全員が何事と視線を向けてくる。その中でヤツが店内のど真ん中にどっしりと腰を下ろしながら、近付く俺を無表情で見ていた。


「ラルアァ……!!!」


 コイツだ。コイツはきっと、なにか知っているはず。

 ラルアの情報網を考えれば、たとえ今回の事件とは無関係でも、裏でなにか掴んでいるはずだ。


「これはこれは、ルークレオラ陛下ではありませんか、ようこそラルア商会へ。本日はどういったご用件で――ぐっ!?」


 ラルアの襟を掴み、締め上げる。


「知っているなら吐け。彼女死にそうなんだ。時間がない」

「こ、これは……ゲホ、ゲホ……なかなか、斬新な挨拶ですね。……ですが何を仰っているのやら、存じ上げません。……ゲホ……」

「お前が絡んでいることは分かっている。変な噂を流したのもお前だろッ。あの規模の噂を流せるのは、ラルア商会以外いないからな」


 証拠はないが。しかし、締め上げられているラルアは苦しそうにもがきながらも、なんのことやら全く分かりませんねといった顔でとぼけていた。


「言い掛かりは、やめていただけませんかね、陛下。ゲホ。私はそんな極悪非道な商人に見えます?ラルア商会はまともな商会ですよ」

「戯言に付き合っている暇はない。この期に及んでとぼける気か。解毒剤の量を言え。頼む、このままだと、彼女は――」


 俺は、ラルアの襟を掴んでいた手の力を、緩めた。

 その最悪な可能性が脳裏にちらついてて、もうどうしようもなく感じる。

 だが、それでもラルアは、


「はて?解毒剤?一体何のことやら、全く分かりませんな」


 自分の襟を正しながら、まるで本当に知らない様子で言った。


「頼む。頼むから。ラルア商会を優遇しろと言うなら、俺のできる範囲で優遇する。早く解毒剤の作り方を――」

「それは嬉しいですが、ないものねだりはいけませんな。お引取りください、陛下」


 そんな様子のラルアに、焦燥感は増していく。だがこれ以上粘っても彼は決してゲロったりはしないだろう。


「……クソ!」


 忌々しげに吐き捨て、俺はラルア商会を出た。一旦王宮に戻り、宰相と相談だ。最悪、犯人を捕まえてソイツの体に直接聞く。




眠りのメーフィリア。

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