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第四十五話 ペロッ……これは……毒ッ!




 ……ん……。

 意識は徐々に闇から浮上し、体の感覚が戻ってくる。


 背中にふかふかの感触。

 どうやらその後、エリンは気絶した私をベッドまで運んでくれたようだ。


 それにしても、あー、びっくりしたっ。まさかあのお茶、あんなに不味かったとは。

 あまりの不味さに飲んだ瞬間気絶してしまった。


 空前絶後の不味さだわ。さすがの私でもあの不味さ初めてだった。うっ、まだ口の中に味が……。


 まさに殺人的。


 同時に良かったとも思う。あの不味さだ、飲んだのが私ではなくエリンだったら、本当に死んでいたかもしれないわ。

 とはいえ、いきなり倒れたからエリンに心配かけたんだろうね、起きて彼女に――と、ベッドから起きようとしたが、周囲の異変に気が付いた。


 私の部屋、騒がしくない?どうなっているの……?

 一瞬だけ目を開け、状況を窺った。


 部屋の中に、ちらっと見ただけでも十数人がいる、慌てて目を閉じる。

 ちょっと、淑女の寝顔を大勢で鑑賞するとはどういうことよ。恥ずかしいっ。


 こんな沢山の人に囲まれた状態で起きるの?難易度高いわ。私の寝顔なんて絶対可愛くないから、見ないで。


 というかルークがいたわ。

 よりによって彼に寝顔を見られるなんて、不覚。公開処刑ですか、これ。

 ただ不味いお茶を飲んで気絶しただけなのに、ひどい。


 どうしようかな、流石にこんな大勢の人に囲まれながら起床するのはかなり恥ずかしい。このまま人がいなくなるまで寝たふりを続けようかなと考えていたとき――。


「非常に申し上げにくいことですが、王子……クオドゥルの毒です。間違いありません。このままだと次期王妃様は――」


 初老の男が口を開き、遠慮がちに声を発した。だが彼が言い終わる前に、


「なんとかしろ!宮廷医師だろうがッ!」


 とても焦った声でルークが初老の男の話を遮った。


「私もできることなら、そうしたいのは山々なんですが、この毒の特徴はただ解毒剤を調合すれば良いのではなく、使用した毒と寸分違わぬ分量でなければならないところでございます」

「じゃ今すぐその分量を探せ、このままだと彼女は死んでしまう!」


 ルークが今まで聞いたことのない、焦った大声を張り上げる。

 それに影響されてか、周りにいる他の人達もざわつき始め、部屋全体は不安げな雰囲気に包まれている。


 ――なんのことやら、さっぱりわからない。

 死ぬ?死んでしまう?クオドゥルの毒?解毒剤?いや、私ピンピンしてるんですけど?


 状況と会話から推測するに、おそらくあの殺人的不味いお茶は毒入りお茶だったんだろう、ということは理解できる。だけれど私はただ気絶しただけで、体は至って何もない状態。


「確かなのか、毒というのは」


 ルークの隣りにいる宰相は宮廷医師に向かって尋ねる。


「間違いありません。目撃した侍女の証言を聞く限り」

「はい、メーフィリア様は一口啜って、すぐ気を失いました」


 その侍女――エリンはコクンと頷き、答える。ルークと同じく焦っていて、返事する声が震えている。


 あの……それはですね、あまりに不味かったんで……。……不味かったんで、それで気絶したんですけど……。


 しかし私の心の声など当然聞こえるはずもなく、宮廷医師は深刻そうな声で口を開く。


「最上級の猛毒クオドゥルは、一口啜るだけで死に至ります」


 え、マジ?怖っ。


「気を失って、一見ただ眠っているだけで体は健康そのもの――のように見える、それがこの猛毒の特徴です」

「さっき色々脈を測り、息を確認していたのはそれだったのか」


 医師の話を聞いていた宰相が呟いた。


「えぇ。ただ眠っているように見えて、実はすでに猛毒に侵されていました。症状と一致しています」


 あの……それは……本当にただ気を失って眠っていただけです。不味いものを食べて気絶なんて前代未聞だから言いたくないんですけどね。

 故郷でも森とか山とかに生えているものをよく口に放り込んでいたが、なんともなかったんで、正直初めての経験で自分も驚いています。


「なにか方法はないのか?」


 一縷の望みに縋るような声で尋ねるルークだったが、


「それはさっきにも述べましたが、解毒するにはまず服用された毒の量を知らなければなりません。なぜこの毒が恐ろしいのか、理由は色々ありますが、一番恐れられている理由はそこです。この毒を調合した本人しか解毒できない点です」


 ピシャリと宮廷医師に断言された。


「――クソ!じゃどうすればいいんだよっ!」

「私は努力しますが、期待しないでください。このままだと次期王妃様の命は、あと三日でしょう」


 初老の宮廷医師の口から放たれたその不吉な宣告に、部屋中は騒然となっていた。エリンは泣き崩れ、他の者達も絶望に打ちひしがれて、死が部屋を包み込んだ――そのときだった。


 絶望を打ち払うかのように、力強く扉へと向かって歩いていく足音が大きく響いた。


「王子!?どこへ……!?」


 訝しげに尋ねる宰相に、足音の主が答える。


「俺個人の人脈と資金なら文句ないだろう。出し惜しみはナシだ。すべて使って彼女を助ける――絶対に」


 迷いなく告げたルークの声と共に、扉の閉まる音がした。去り際に心の声が聞こえてきて、『……ごめん、こうなったのもきっと、俺のせいだ』と、謝るようにそう言っていた。


 残された他の者達は互いの顔を見合わせ、自分たちはどうしたらいいのか分からず迷っていると、


「フッ、こういうとこはやはり兄弟と言わざるを得ませんな」


 宰相が不敵に笑い、素早く周りの者に指示を出した。


「毒殺の疑いありと伝えておけ、怪しい者見つけ出せ!だが殺すな、生け捕りにしろ。周囲の警備を強化するんだ!犯人はまだ城内にいるかも知れない。――周辺の領地に調査部隊を出せ、情報を集めろ」


 それを聞いた皆は指示通りに素早く動き始め、ぞろぞろと部屋を出ていく。


 出ていく皆を見ながら、エリンが自分を鼓舞するように、祈るように呟いた。


「メーフィリア様……どうか、死なないでください……」


 うん、まあ、言いたいことはわかる。すごくわかるんだけど、そもそも私、ピンピンしてるんで。死んだような扱いはやめて。


 話が予想外の方向に転がったせいで、『イェーイ、ドッキリでした』って笑顔で言いながら起き上がることもできなくなっている。


 それに、今起きて無事だと伝えては逆に駄目だ。

 なぜなら、これは毒殺。

 毒殺ということは犯人がいて、私に殺意を抱くような人がいるということだ。


 毒殺成功と思っていたその犯人が、私が実は無事だと知っていたら再び襲いかかってくるだろう。

 見えない殺意、正体が分からない人物、いつ襲いかかってくるかもわからない敵、はどうやっても対処できない。


 なので冷静に考えて、死んだふりし続けるのがベストと思われる。少なくとも犯人が捕まるまでは。……最終手段として、無事だと知らせて囮になる手もあるが。


 とりあえず三日の間、しばらくは死んだふりを続けようと決めた。




普段はそこら辺に生えているものをそのまま食うくせに、寝顔は見られたくないと言う。次回の前半はエリン視点になります。

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