第四十四話 完全にとばっちり
朝の光が差し込み、室内を明るく照らしている。澄み渡る青空の下で鳥たちが楽しくさえずる。
爽やかな雰囲気に包まれた室内に、一人の女性がベッドの上で上半身を起こし、まるで徹夜したかのような表情を浮かべている。
……えぇ、その人、私です。昨夜色々あったせいだわ。
あの後はキュウちゃんに色々聞いた、というか問い詰めた。
まず、どうやらキュウちゃん自身もあまり神獣としての自覚はない。
普通神獣というのはもっと威厳があり、軽々しく姿を見せることはない存在だけれど、自覚がない故に言動は割と軽い。
エリンが帰った後に、普通に『ねえ、お菓子ない?』とねだってきた。仕方なくこっそり備蓄していたお菓子を提供することに。
この場面だけ見ると長旅でお腹が減っている、と思う人もいるのかもしれないが、残念、キュウちゃんは昔から私と同じ、食べ物に目がないんだ。
寂しいから会いに来たのではなく、半分は王宮の食べ物が食べたいから来たのだろうね。
私だって、こんな状況じゃなければ、思いっきり食べていたわ。
次期王妃の食事は健康面への配慮なのか、とてもヘルシーです。つまりとても薄味です。私が我慢できなくてピザを作るくらいヘルシー。
そして備蓄していたお菓子は当然、大キッチンの皆さんに許可を取って持ち帰ったもの。
砂糖を使った甘いお菓子は、領地によっては入手困難の貴重品なので、私でも殆ど食べたことがない。今はキュウちゃんの胃袋の中だけどね。ぐすん。
んで、聖女云々は話を聞くと、神獣が一番認めた人間にその力が与えられる。なので子供の頃からの友達、つまり私が無条件に選ばれる。完全にとばっちりです。ファ○ク。
なんとかならないの?ってキュウちゃんに聞いたら、『無理じゃね?』って返された。諦めるしかないわ、こんなんじゃ。
そもそもその特別な力は神獣から与えられたのではなく、神獣が心を許した人間に自然と宿るもの。
エリンとキュウちゃんは至って気楽に構えていたが、当事者の私はこんなサイコメトリーな能力、欲しくないわよ。
ただ、完全に救いがないというわけでもない。この聖女の力は神獣様が近くにいないと発揮できない。
色々質問していくうちに、だんだん分かってきた。
Q なぜ今までそのような兆候がなかったか。
A 故郷ではキュウちゃんは森で暮らしている、私と一緒にいるとき周りに人間がいないので、発揮できない。
Q 神獣ならその辺は知っているはずなのでは?
A 自覚が殆どないから、無理。
Q 力は制御できる?返上していい?
A 意識すれば多少はマシになるが、基本他人の心の声は聞こえ続けるだと思われる。諦めてねテヘペロ。
仮にも聖女に対してこの仕打はあんまりだ。これじゃむしろ選ばれた人間にとって、罰ゲームなのでは?
現に、朝食を運んできたエリンと他の侍女の心の声が聞こえ続けていて、頭が痛い。
ちなみにキュウちゃん今は見つからないように、ベッドの下に隠れている。
「今日から引きこもりたいでございますわ」
「メーフィリア様?」
他の侍女と一緒に朝食を並べているエリンが疑問の声を発し、訝しげに首を傾げる。
あっ。間違えた。うっかり心の声を口に出してしまった、心の声が聞こえるせいで。しかも色々あったせいで、普段では口にしないようなセリフと口調を。
案の定――。早速この場にいる侍女たちの心の声が。
『……次期王妃様、大丈夫でしょうか』
『引き……こもる?』
『熱でもあるのか』
『ヒソヒソ……ヒソヒソ……』
他の侍女は何も聞こえなかった様子を装っているが、心の中で各々と感想を述べている。というか最後に一人変なのがいる。心の声でもヒソヒソはどういうことだってばよっ。
皆に怪訝に思われているが、口を噤む他なかった。反応しては駄目。危うくツッコミそうになったのは私だけの秘密。
朝食の用意が終わり、エリンを除く他の侍女たちは一礼をしてから退室した。閉まる扉の向こう、徐々に遠ざかっていく心の声を確認し、
「危なかったわ」
解放されたように大きく息を吐いた。
「あの……メーフィリア様?」
「心の声が聞こえ続けて、気分が優れないの」
割とマジな話。丈夫と健康な体で元気が取り柄の私だが、精神攻撃は応える。
昨夜も廊下に声が聞こえてきて……。安眠妨害アンドちょっとしたホラー。
「やはり、聖女の力の制御は難しいのでしょうか」
エリンは心配そうに見つめてきて、そう言った。
制御以前の問題だと思うけど。
「そういえば、今日の朝食に健康にいいお茶があります。異国の特産だそうで、厨房のコックさんに強くおすすめされてました。いかがでしょうか」
「……そう?じゃあお願いね、エリン」
珍しいわね、こういうサプライズメニュー。ここに来て初めてだね。
嫌がらせなのかと疑うほど、キッチンから運ばれてきた食事は代わり映えしない。
こっそりコックの皆さんに聞いたら、『そりゃ、色々あるんだよ、なぜメニューがそんなに変わらない原因が』と、コックの皆さんは曖昧に笑いながらそう答えてくれた。
わかる、毎日新しい料理考えて作るのめっちゃ大変。
「はい、メーフィリア様、どうぞ」
エリンが慣れた手付きでカップにお茶を注ぎ、差し出してきた。中に注がれた液体はなみなみと揺れている。
「いい香り」
香りを堪能してから、口に近付けて、一口啜った後――次の瞬間視界は真っ暗になり、意識が闇へと落ちた。




