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第四十二話 あっ。




 蝋燭の炎が揺らぐ度に、薄暗い室内の影が踊る。

 夜の静寂に包まれた自室で、私はベッドに寝転がりながら枕に顔を埋める。


 結局あれ以来、王宮でルークと会う度、気まずくなる。

 そもそも、なんであのとき、あんな態度を取っていたんだろう。なぜ、あれを見て胸が痛むのだろう。


 何気なしに当時のことについて、エリンに尋ねると彼女はニマニマに笑いながら、『それはですね、メーフィリア様。嫉妬ですよ』って言われ、初めて気付いた。


 そうか、これが、嫉妬。


 ……ということはつまり――今まで、意識しないように目を瞑ってきたが、ここまで来ると認めざるを得ない。私はルークのことが――


「……好……」


 強引に言葉を打ち切って枕に顔を埋める。

 み、認めはしたけど、言葉にするなんて、今はまだ無理ッ。駄目ッ。できませんッ。難易度高すぎッ。


 顔がまた赤く、熱くなっていくのを自覚する。夜の冷たい空気が部屋中を満たしているのにも関わらず、体は火照って、心臓がドクンドクンと跳ね続ける。


 同時に、切なくもなってくる。

 故郷にいた頃、よく領民のおばちゃんとお姉ちゃんのみんなに『初恋は実らない』って聞かされていた。あのときは冗談だと思って聞いていたし、皆も本気でそう信じて言っているのではないとわかっている。


 けれど――今は本当にそうなりそうで、怖い。

 私は今まで恋したことはない。だからこれが初恋。その初恋が、彼の誤解の上で成り立っているなんて。


 適切なタイミングを窺い、打ち明けることを最初から決めていた。それは私が目指していた結末。だけれど今は本当のことを打ち明けたら、彼に嫌われてしまわないかと、不安で不安でしょうがない。


 こんなことなら、恋なんて知らないほうが良かったのに。


「でも……」


 最初から決めていた。ちゃんと本当のことを、話そう。好きだから、傷つけたくない。たとえ彼に嫌われようが、好きだからこそ、正直に話そう。


 たとえ、嫌われようが、自分の気持ちに正直でいたい。

 皮肉なことに、あのときルークも同じことを言っていた。言葉は同じでも、その意味が全く違う。――胸がまた、チクリと痛んだ。


 好きな人を傷つけるくらいなら、自分が傷ついたほうがマシだ。


 ベッドの上で、自分の本当の気持ちと向き合い、決意を再確認している――その時だった。


 自室の窓のガラスを、軽くコンコンと叩くような音がした。

 何だ?と思い、窓に目を向けると――ガラスの向こうに、空を飛んでいる獣のシルエットが見えた。

 背中にコウモリのような一対の翼が生えていて、胴体は犬にも獅子にも似ていて、全身が毛むくじゃらで、四足歩行の獣の姿が、暗闇の中に浮かび上がっている。

 パタパタと翼を動かし、高度を維持しながら口でコツコツとガラスを小突いている。


 それを見て、私は思わず声を上げ――


「――キュウちゃん!?」


 と、懐かしい友達の名前を口にした。





 慌てて駆け寄り、締め切っていた窓を開ける。

 その窓からパタパタと翼を動かして、キュウちゃんが入ってくる。


 床に降り立ち、つぶらな双眸で私を見上げて、「キュウ」と鳴いた。

 キュウちゃんを両手で抱き上げ、


「どうしたの?ウールリアライナからここまで飛んでくるなんて。危ないよっ。キュウちゃん」

「キュウ……」


 キュウちゃんの両耳はしゅんと力なく垂れ、小さく鳴きながら見つめてくる。


 なになに?『会いたかったよ。寂しかったもん』?……いやいや、寂しいからウールリアライナからここまで飛んでくるって……途中危険な獣もいるでしょう、見つかったら危ないよ。


「キュウ!」


 大丈夫だって?全く。

 私はため息をつき、キュウちゃんを撫でる。


「嬉しいけど、ここは王宮、色んな人が出入りしているの。衛兵とか侍女たちとか、貴族たちと、特に中でもやばいのは宰相とかね」

「キュウ……」


 また寂しそうに私の腕の中で身じろぎをするキュウちゃん。帰りたくないと目で訴えてくる。


 キュウちゃん。

 獣さ全開な見た目に反して、性格はとても優しいで穏やか。子供の頃からのお友達。


 その時は、森で害獣にやられているところを助けたのがキッカケ。

 当時は全身が血まみれで、大怪我を負っているのにも関わらず、手当てをしようと近付いた私を爪で引っ掻いたり、牙で噛んだりしてくるし、かなり手こずったけども。


 抵抗してくるキュウちゃんを辛抱強く治療して、傷が治るまで毎日食べ物を与えて、周りの害獣を駆除していたら、最初は激しく抵抗してくるキュウちゃんも段々とおとなしくなり、最後はもうべったりと懐いてきた。


 ちなみにキュウちゃんはなんの動物かはわからない。背中にコウモリのような翼、全身が毛むくじゃらで、四足歩行の動物なんて聞いたことがない。

 故郷でキュウちゃんの同族なんて、今まで一度も見たことがなかった。


「キュウー?キュウー!」


 帰りたくない、私と一緒がいい!と甘えた声を出し、上目遣いで訴えてくるキュウちゃんを前に、


「全く、仕方ないわね。見つからないようにするんだよ?」


 我ながら甘いわ。長年の友達というのもあるけど。

 まあ、見つからなければいいだけの話。今まで毎日のように会っていたから、急に会えなくなり、キュウちゃんも寂しいだろうね。


「しばらくの間だよ?」

「キュウ」


 念を押すように言っておく。キュウもわかったと頷き、スリスリしてくる。


 そのとき。

 ガチャリ、いきなり部屋の扉が開けられた。


「メーフィリア様、ごめんなさい。私、忘れ物……」


 エリンが扉を開けて現れ、私に抱えられていたキュウちゃんを見て固まった。あっ。


 そして、数秒経ってから、何を思ったのか、床に跪き、頭をうやうやしく下げて、


「神獣様!」


 と言った。――はい?




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