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第四十一話 やばい奴ら




「おーい、旅人が来たぞ」

「何、一大事だぁ!」

「全員呼んでこいやッ、今日は宴会だぁ」


 緑豊かな大自然を抜け、領内の街に到着したところすぐに盛大な歓迎を受けた。

 どこかのどかな田舎の空気を漂わせていた街が、まるで祭りだと言わんばかりの雰囲気に様変わり、賑やかさを見せる。領民の人々は楽しげな表情で仕事を放り出し、宴の準備に取り掛かる。


 行商人歴が長いディランたちにとってこういうことは珍しくない。特にウールリアライナのような、中央から遠く離れた田舎領はよくある。

 ただ、ディランたちはウールリアライナという領地を甘く見ていた、ということを除けば。


 領地の開けた場所に、領民の皆が宴会の準備を始めている。

 旅人が来たということがあっという間に知れ渡り、ここに続々と領民が集まってきている。


「やぁ、ディラン殿、此度はウールリアライナのような辺境領地を訪ねてくださり、誠にありがとうございます」


 ガタイの良い壮年男性にそう話しかけられ、


「とんでもありません。ウールリアライナは良い領地だと思います。領民は友好的で情熱。民に慕われ、自然豊かな領地に恵まれ、実に羨ましい限りですね、ウールリアライナ様」


 領主だろうと思い、挨拶を返したら、


「領主だぁ?あぁ、違う違う。俺は領主様じゃねえ、ただの木こりだよ」


 堂々とした態度、威厳のある顔、ガタイの良さ、いかにも領主様っぽい人なのに、ただの木こり。


「領主様は裏の森の様子を見に行ってんだ。呼びに行かせてんだからそろそろ帰ってくる、座って待ってな」


 更に説明されても、ディランたちは訝しむ。

 森の様子を見に行った?それは普通領民か、使用人にやらせるべき仕事なのでは?


「うちのような辺境だと、そんな余裕ねえな」


 木こりが爽やかな笑顔でそう言い、離れていった。

 その男らしい後ろ姿を眺めながら、仲間の一人がポツリと呟いた。


「……紛らわしい」


 再び座ろうとしたら、今度は――。


「ピギャー!」


 ストン。鈍い銀色の輝きを放つ包丁が、鶏の首を一刀両断した。その光景を全員が目撃し、断末魔にビクッと身を震わせた。首を落とした中年女性は、表情一つ変えずに素早く処理と血抜きを行う。


「おいおいおい……」


 仲間の一人が、驚いたような声を上げた。


 言いたいことは分かる。

 行商をしているディランたちは程度の差こそあれ、全員剣を嗜んでいる。だから分かる、あの迷いのない剣筋の凄まじさ。


 また、その人だけではなく、周りの女性もなんの迷いも見せずに、次々とまな板の上に載せられている動物の息の根を止めていく。広場は瞬間、あちこちから様々な動物の断末魔が上がる。

 盗賊でさえ、人を殺すとき感情のゆらぎを見せるのに。


 処刑場と化した広場、次々と殺されていく中で、一匹のイノシシが束縛を逃れ、逃げた。


「逃がさん!」


 と、ついさっき会話していた木こりが瞬時に反応し、腰にぶら下げていた斧を掴み、イノシシに投げつけ――斧は一直に飛んでいき、イノシシの脳天を砕いた。


「嘘だろう……」


 仲間の一人が信じられないような声を漏らした。

 あの力強さ、瞬間反応の良さ、何より十メートル以上離れているにも関わらず命中させた正確さ。


 そしてここで、ディランたちはようやくあることに気付いた。それは眼前で行われてはいたが、あまりにも自然すぎる故に見逃していた。

 宴会の準備をしている女性の皆は、軽々と約数十キロの樽や物を肩に担ぎ、または片手で運んでいる。――普通の女性ならば、持ち上げることすらかなわないはずのものを、だ。


「俺たち、やべー領地に来てしまったかもしれん」


 呟く仲間の言葉に、ディランは心の中で深く頷いた。


「どうも、遅くなり申し訳ありません。私がウールリアライナの領主、ドルイエ・ウールリアライナです」


 宴会の途中に領主が現れ、ディランたちに申し訳無さそうに頭を下げながら挨拶をしてきた。急いでやってきた様子が見て取れる。痩せていて、人が良さそうな中年男性だった。


「いえいえ、こちらこそ。急な来訪で申し訳ございません」


 挨拶を返しながらも、ディランたちは全員、思った。――なんて腰の低い人なんだ、と。本当に貴族かとすら疑う。いろんな領地と大陸を旅してきたディランたちだが、ここまで腰の低い貴族は初めてだ。


(まあ、よくよく見ると、次期王妃様に似ているな)


 顔とか、雰囲気とか、腰の低さとかね。


(ただ、この方は腰が低い上に態度も弱気だ。こんなんじゃ貴族の中ではやっていけないな)


 初対面の行商人にまで心配されるウールリアライナ現領主であった。


「申し遅れましたが、実は私達旅人ではありません。行商人です」


 周りの領民の様子をちらっと窺いながら、領主にヒソヒソと声を潜めるディラン。


 領民の話を聞く限り、行商人にはいい印象を抱いてなかったので、とりあえず伏せておいた。ラルアとは違う商人組織だけれど、不必要なリスクは避けるべきだ。


「ほへー。ということは、ラルア商会?」


 間抜けな声を出す領主。この人、大丈夫だろうか。心配だ。


「いえ……モンクルック大陸の者でして」

「……へ?モンクルック大陸って、あの北の?どうしてその大陸の行商人が、うちの領に?」

「それはですね、次期王妃メーフィリア様に勧められたんです」

「メーフィが?」


 名前出た途端、領主様が大きな声を上げてしまった。他の領民も釣られて何事か次々集まってくる。


「メーフィリア様?」

「メーフィちゃん?」

「メーフィがどうしたんだぁ?」

「メーフィ姉ちゃん?」

「メーフィちゃんの話?」


 あっという間に人だかりが出来上がり、瞬時にディランたちと領主は包囲されてしまった。領民の皆は興味津々な表情で一気に質問した。質問攻めを受けた領主ドルイエ様が誰から答えばいいのかと、オロオロし始める。


「皆、落ち着いて」


 と、場を鎮めるように凛とした声が響いた。凛々しい声とは逆に、現れたのはいかにも優しそうな女性だった。その後ろに、執事の男が控えている。


「あ、あぁ。良かった。フレイシア」


 ドルイエ様がホッとした様子で、助けを求めるように小走りで女性に近付いた。

 女性はおそらく領主の奥様だろう。ディランたちは素早く女性の顔を観察した。


 容姿と雰囲気と大事なとき強気な態度、全体で言えばメーフィリア様は母親似だなとディランは思った。特に重要なときに、はっきりと意見述べられる姿勢はそっくりだ。

 領主は奥様と話し、状況を説明する。周りの領民も聞き逃すまいと集中している。


「……えぇ、状況はわかりましたわ。遠路遥々ようこそウールリアライナ領へ。フレイシア・ウールリアライナです。それで、メーフィに言われたというのは?」


 この飲み込みの早さ。決断力、掌握力。メーフィリア様と遜色ないな。


「そうですね、実は商品を勧められてそれで来たんですが、ラルア商会ではないけれど、同じ商人でして、実際見てないとなんとも言えないことが多く、その辺についてはご了承いただければと」


 場の状況に合わせ、ディランたちも商売モードに切り替えた。


「主に輸送ルートと周辺の治安について、ですね」


 さすがメーフィリア様のお母さん、察しが良くて助かる。


「えぇ、領地の地図はお持ちなのでしょうか?」

「ルド」


 フレイシア様に言われ、執事の初老の男が一歩前に出て、落ちていた木の枝を拾い、地面に地図を描き始めた。

 迅速な行動と柔軟な対応だな、とディランたちは感心する。普通の貴族ならば、まず自分の屋敷に招待し、社交辞令を並べてから、本題に入ることがほとんど。地図一つで何十分も待たされることなんてしばしば。


 出来上がった簡易地図をディランたちは見ながら、いくつか質問をした。


「これは川ですか」

「はい」


 ディランの質問に、ルドと呼ばれた執事の男が答えた。


「これを見ると、古代山脈から王都に向かって伸びていくように見える。川の規模と深さはどのくらいでしょうか?雨季はいつですか?そのとき水位の状況は?また、水位が一番低い季節は……」


 ルドはその質問に逐一と答えていく。


「お手を煩わせて申し訳ございませんが、後ほど川の状況を伺わせてもらってもよろしいでしょうか」


 そのディランの要求に、領主夫人フレイシア様は、


「えぇ、ルドを一緒に行かせますから、気になることがあれば、気軽に尋ねていいですわ」


 と答える。


「それと、最近盗賊が出没したのはいつでしょうか?」


 別の質問をするディラン。

 輸送ルートはどちらかと言うと二の次で、一番重要なのは商品の安全。死活問題と言ってもいいほど大事だ。


 ルートがあっても、途中で奪われたら堪ったもんじゃないし、損をすることは必定だ。そのため、行商人にとって盗賊は何よりも把握してなければならないことである。

 もちろん無いに越したことはないが、賊のいない領地はむしろ珍しい方で、そんなの所詮希望的観測だ。だから常にいると仮定して話を進める。


 だが予想外なことに、ディランたちの質問に答えたのは領主や領主夫人ではなく、執事でもなく――領民の皆だった。


「盗賊だぁ?あんな太えぇ奴らぁ、もう十年以上見かけなかったぞ」

「うん、最後現れたの、十年前んだっけ。あのとき、メーフィちゃんも参加したなぁ」

「だなぁ。皆で囲んでボコったぜ。うちの領地で卑劣な真似なんて二度とできねぇように、念入りにボコりまくったぁな」


 領民の皆――男性も女性もまるで日常雑談のように語り、ウンウンと頷きあっていた。が、一見なんの変哲もないように聞こえる会話の中に、いくつか聞き逃したらまずいワードが含まれている。


「あの、十年前とは?それと、次期王妃様も参加、とはどういうことなのでしょうか」


 気になることを尋ねたディランに、領民の皆が笑いながら口々に答える。


「ああ、あん時領内に珍しく盗賊が現れてなぁ、よそから流れてきたんだろうね、全く馬鹿な奴らだな、んで、皆が農具を持って奴らのアジトを見つけ出し、殴り込んだよぉ」


 と、別の領民が話を引き継ぎ、続ける。


「殴り込んだっても、真正面から行くような馬鹿なことじゃないぜ?まず山の中の洞窟だからさ、入り口の見張りを昏倒させて、火を起こして煙であぶり出す」


 ――それ、ナチュラルに人が死ぬヤツじゃん……下手したら盗賊たちが死体になっていたんだぞ。

 ディランたちも何度か襲われたことがあるので、基本的に必要であれば殺すことも視野に入れているが、流石にここまで躊躇なしにいきなり殺しにかかる領地は初めてだ。


「それで……盗賊たちは生きてましたか?」


 いつの間にか、ディランの質問は盗賊の安否を気遣う質問に変わっていた。


「あぁ、生きていたよ。チッ、忌々しいことに」

「しぶてぇ奴らだな」


 なぜかとても不満そうに舌打ちした領民たち。


「んで、その後は逃げていく盗賊を、皆が包囲網を敷いて囲む」

「馬鹿な奴らだな、ウールリアライナ領と知っての狼藉か、俺達より詳しいわけ無いだろうよぉ。ずっとここに住んでたぜ?」

「全くだ。常に俺たちが先回り、待ち構えていた。俺達を見て慌てふためく奴らの姿、実に愉快だった」

「メーフィちゃんそのとき、森方面の指揮官を担当していたな」


 驚きの事実。

 次期王妃様、貴女そのときまだ子供でしょう?指揮官って……。


「ま、そんなことも十年以上前の話だけどねぇ。最近はなぜか、盗賊どころか旅人と行商人も来なくなった」


 旅人は純粋に辺鄙すぎるせいだと思います。行商人は……ラルア商会は顔を出し辛いだろう。特産の価格を上げ、あんな噂を広めといて。

 ――ただね、盗賊に関しては完全にビビっているなんじゃないかと思いますよ。迂闊に見つかったら半殺し、下手したら命がないような領地、そして……


 仲間の一人が小声で耳打ちした。


「……ディラン」

「……言うな。わかっている」


 そして……その領地の領民全員が、たとえ女性でも数十キロのものを軽々しく担ぎ、数メートル離れている獲物を簡単に命中させられる腕を持ち、更に組織的で戦略的で柔軟迅速な行動ができる上に、容赦もないと来た。


(これ、そこらの貴族が持っている私兵より強いことは間違いないだろうな……)


「ディラン殿、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


 突然、領主様が話しかけてきた。


「はい、私に答えられる範囲であれば、どうぞ」

「メーフィは大丈夫なんでしょうか。王都で辛い思いしているんじゃないかと、僕と妻が心配で」


 領主の隣を見ると、領主夫人も憂い気な表情を浮かべて頷いていた。安心させるように、ディランは笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ。メーフィリア様は元気です。保証しますよ、今回ウールリアライナを訪ねた理由の一つは、そのことを伝えるためです」


 それを聞いて、二人と領民は明らかにホッとし、喜んでいる。ただ、ディランたちは言われたから来たというわけではなく、いろいろ考えた選択だ。

 特産の開拓と輸送ルートの確認、貿易拠点の確保と王妃様の近況を伝える。また、次期王妃の故郷について、ディランは個人的に興味を抱いている。


(しかし、これは思わぬ収穫だな。地図を見る限り、古代山脈から二つの大きな川が流れている。東の海へ一つ、北の王都へ向かって一つ。うまくやれば輸送時間もそれほどかからないだろう。商品の鮮度には問題ない……)


 船で行商をしているディランたちにとって、水路輸送はお手の物。運搬に適している川があれば、鮮度の問題は解決だ。何より――


(何より、東へと伸びる川使えば、ムムルア帝国はもっと簡単に行けるのではないか。今までは沿岸にこだわりすぎて、こんな貿易に適している拠点があるの知らなかった……失敗だったな。まさかウールリアライナがこんなにも貿易に適しているとは。いや、よくよく考えれば当然か。山脈の向こうはムムルア帝国、すぐそこだからな)


 ディランは心の中で、この幸運に感謝している。どうやら、ロンレル王国とは長い付き合いになりそうだ。同時に恐ろしくも感じている。もしこれ全てが狙ってやったのなら……


(……狙ってやったのなら、大したものだ、次期王妃様は)


 そこまで考えて、首を左右に振った。流石に考えすぎだろうと、ディランは静かに苦笑し、仲間と一緒に歓迎宴会を楽しんだ。





「ラルア、案を出しなさい」

「そうですわ、教えなさい。あの目障りな女狐を排除できる方法を」


 ヘリミティアは高圧的な態度で命令し、エレンシュアはそれに同意した。

 二人の高貴な令嬢にせがまれて、ラルアは心の中で盛大に溜息をついた。


 簡単に言ってくれるな、お二方。案はなくもないが、言うべきかどうか迷っている。


 正直ラルアは二人に少し辟易していた。エレンシュアの父親、ガルクカム候爵は自分と親戚関係にあるのだから、その娘がこの様子だと、愚痴の一つや二つも吐きたくなる。少しは自分で考えてほしい。


 エレンシュア一人だけならば、説得も試みたのだろう。だがヘリミティアに口答えするなんて、平民の自分にそれは無理だ。

 逆らった日にどんな仕打ちが待っているのやら、とても想像できない。公爵の娘という地位は文字通り力そのもの。しがない商人はせいぜいご機嫌を損なわないように気をつけよう。


 心のため息は出さず、慎重に言葉を選びながら口を開く。


「私は仕事柄、色々な職業の人達知っていてですね。その中に、お二方の要望に応えられる人達もいるのだけれど……その人たちの身分を考えるとですね、高貴なお二方にややふさわしくないのではないかと」


 皆、脛に傷を持つ者か、汚れ仕事を任されている者。そういう人たちとつながりを持ってしまったら、いざというとき言い訳や言い逃れなんてできませんけどね。


「もったいぶらずにさっさと教えなさいッ」


 痺れを切らしたかのように、ヘリミティアは促す。

 はいはい。どうなっても知りませんよ?私、警告はしたからね。


「では、指定の時間にこの場所をお訪ねください」


 時間と場所を二人に言う。ついでに合言葉も。


「最後にもう一度言いますが、私めはあくまで仕事上、このような人達がいることを小耳に挟んだことがあるだけで、実際利用したことも、接触したことも、つながりを持ったことも一切ございません――その辺はどうか誤解のないように、くれぐれもお願いします」


 ラルア商会は真っ当な商売をしている商会ですよ。変な噂やめてくださいね。


「これであの汚い女狐は……ッ」

「早く訪ねましょう」


 しかし、二人は欲しい物を手に入れた子供のように喜び、私の言葉は耳に入らなかった。


 心の中でまた一つため息をつき、後でガルクカム候爵とキアロ公爵に報告しようと考えるラルア。ついでに公爵様に恩を売っておこう。


 今回紹介した連中は本当にシャレにならないほどやばい奴らだ。界隈では裏仕事、汚れ仕事ばかり請け負う有名な連中。


 警告はしたし、無関係表明もした。言葉の真意を読み取れないほうが悪い。


 さーて、大事にならなければいいのだがね。

 次期王妃様よ、貴女になんの恨みもないが、目つけられる地位ってのが悪いね。死なないように頑張るんだな。




やべーやつら。

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