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第三十七話 複数の狙い




 疲れた。

 長かった商談は双方が正式契約を交わし、ようやく終りを迎えた。私の出番はもうないということで、傍観者に徹している。


 この後はどうやら祝宴パーティーをする予定で、モンクルックから来た商人の皆は招待されて、貴族たちと一緒に会場へ行くそうだ。

 私はルークに来ないかと聞かれたが、部屋で休みたいと断った。美味しい料理を前に、自分を抑えきれる自信がない。


 部屋を出ようとしたとき――


「次期王妃様、」

「メーフィリア様、」


 と、二人から同時に呼び止められた。

 ――宰相ヘンリックとキアロ公爵だった。


 二人はお互いの顔を見合わせ、適切なタイミングを窺った。最終的に宰相はキアロ公爵に譲り、数歩下がって待っている。


「……次期王妃様、呼び止めて申し訳ございません。個人的にお尋ねしたいことがございまして、よろしいでしょうか」


 キアロ公爵にコクリと頷くと、彼は口を開く。


「……此度の商談、成功すると踏んでいたのでしょうか?商品を輸出するにしても、売れなかったときのことを考えて、普通はもっと慎重になるかと私は思いましたが。そこまで積極的モンクルック大陸と貿易をする理由、貴女と陛下にはあると?」

「えぇ。単純に現状打破と王国の将来を考えてのことですよ。フィンガルアインの国力は最近数十年、昔と比べて強くなってきています。抜かれる心配はまだする必要ないかもしれませんが、脅威です。彼の国が強くなれば、王国が支払う犠牲も甚大なものとなるのでしょう」


 たまにルークと雑談するとき、前線に赴任中のことが話題に上がったことが何度もある。それで知った。


「僭越ながら、貴女様の真の狙いは将来、貿易を利用し、フィンガルアインと平和協定を結ぶつもりと愚考いたしますが、いかがでしょうか」


 やはりこの人、ナンバー1だけあって、鋭いですね。


「えぇ、その通りですよ、公爵。ロンレルの国力が遥かにフィンガルアインを上回れば、彼の国もこちら側の要求は飲まざるを得ません。そういう状況を作り出したい」


 キアロ公爵は私の真の狙いを聞いて、コクンと頷いて、


「これは次期王妃様の評価を改めねばなりませんね。王子陛下の慧眼、恐れ入ります。では、失礼」


 とだけ言い残して、意味深な笑みを浮かべて去っていった。

 まあ、ルークもこの人の評価については、やり手で侮れない相手だったからね。同時に娘のヘリミティアに関しては、無能ではないものの、統治はお父様に遠く及ばないとも言っていた。


 それについては仕方ないと思う。ルークもそれがわかっているから苦笑していたが。

 普通の貴族の娘ならば、統治よりいい相手を見つけて結婚するほうが重要だし。


 キアロ公爵が離れたのを確認してから、待っていた宰相が近寄ってきた。


「メーフィリア様!何故事前に何も言わず、この大事な場にいきなり出席……というのは、聞くまでもないですな。わかっています。陛下のご意向でしょう」


 深くため息をつく宰相。よくわかっているじゃない。この様子だと、彼も相当ルークに悩まされたわね。


「だからこれから言うことはあくまで、ワタクシ一個人の意見として聞いてください」


 宰相は神妙な表情で、声を抑えて言った。

 そういう態度を取られると、なんだか緊張する。城内で普通に会う度、言動についていちいち注意されているし。常に監視の目を光らせている印象。


「……正直、ワタクシは最初、辺境の貴族は王妃にふさわしくありません、と考えていました」


 それは同意。私も何故辺境の令嬢が王宮にいるのか、さっぱり分かりません。ルークのせいです。犯人はあそこで爽やかな笑顔を浮かべている好青年。


「ですが、今日の商談を経て、考えを改めなければなりませんと――正直、感服しました」


 あれ?


「貴女様の手腕は確か。最初教育を担当したときも感じました、貴女様はただの辺境令嬢ではありませんと」


 それ、貶しているのか、褒めているのか、どっち?


「どうか、許してほしい。宰相の立場では、王国の貴族たちに不満を持たれるような要素は、できるだけ排除しておきたかったです」


 それは理解している。仕方ない。謁見のときも思ったけど、基本貴族は地位で相手を判断、評価する。


「しかし商談を成功させ、王国に平和な未来をもたらしてくれたメーフィリア様ならば、とやかく言われることもないでしょう」

「……そう、かな」

「えぇ、ご自分に自信を持ってください」


 ちょっと意外。宰相がそんなこと思っていたなんて。素直に謝られ、褒められるとなんだかむず痒いです。


「ワタクシのマナー指導、宮廷教育に耐え、見事商談を成功させて、貴族たちも貴女様に対する見方を変えるのでしょう。あらぬ噂が横行していますが、どうか負けないでください」


 普通に脱走はしていたが、まあ言わぬが花ですね。口は災いの元。触らぬ宰相に怒りなし。

 しかし温かい言葉に感動していると――


「これからも陛下の婚約相手にふさわしいように、ビシバシ指導していくので、どうぞよろしくお願いしますな」


 宰相はニヤリと、愉快そうな笑みを浮かべてそう言った。この人、変わらないな。





 手を振り、宰相を見送っていると、今度はディランが声をかけてきた。


「メーフィリア次期王妃様……興味深い話を聞かせてもらいました。先ほど公爵様と話されていましたフィンガルアイン平和協定……最初からそう考えて、この商談に出席したのですか」


 商人と貴族たちは続々と応接室から出て、会場へと向かう。大事な商談の緊張から解放されたのだろう、ディランは商談のときと比べ、尋ねてくる口調は若干柔らかくなっている。


「いろいろ考えて、陛下に提案しました。試す価値はあると思います――私の真の狙いは、ロンレル王国をただの輸出輸入国ではなく、貿易の拠点として発展させていくんです」


 ディランは私の話を聞いて、興味深そうに考え込んでいる。私は続ける。


「フィンガルアインは王国の土地が欲しくて、戦争を仕掛けました。言い換えれば物資の不足が彼らを駆り立てた。加えて沿岸は船の停泊に適していない。ならば各地から商品を集め、王国を発展させ――陸続きのフィンガルアインと貿易していけば、彼らの物資不足はなくなり、その上に主導権はロンレルに握られているという状況を作り出せば、そう簡単に戦争を仕掛けてこないのでしょうね」


 話を聞いたディランは、苦笑を浮かべ、


「フィンガルアインの性質をご存知だと思いますが」


 蛮族と呼ばれるのにはちゃんと理由があった。

 フィンガルアインは古くから、戦好きな民族が集まってできた集合体として知られている。


 しかし、この提案には私の複数の狙いが含まれている。

 その一、輸出輸入で王国を豊かにし、国力をつける。

 その二、港を提供し、他の大陸と貿易をして友好関係を築く。

 その三、フィンガルアインに商品を売り、平和協定を結ぶ。


「そのための貿易です。ロンレル王国が誰からも攻められない国力を付ければ、フィンガルアインといえど、軽々しく手は出せないでしょう」

「平和、か。メーフィリア様は、歴史に名を残す方となるでしょうね」


 しみじみに言うディラン。

 歴史ね……。今絶賛中の女狐ですが何か?

 と、ここで私は突然ひらめいた。


「ディランたちはこれからも、沿岸の港に停泊し、貿易するんでしょう?」

「あ、はい。そうですが……?」


 私の楽しそうな声に、戸惑うディラン。


「では、一つ頼まれてくれません?」

「……何でしょうか……?」

「いま王国は、次期王妃メーフィリアに関する噂で持ちきりなのは、知っていますよね?」

「貴女様がそれを言うんですか……」


 苦笑するディラン。

 噂の本人は彼の目の前にいるからね。しかもいい噂ではなく悪い噂。


「ディランたちがこれから行く港と領地でね、新しい噂を流してほしい」

「――新しい、噂?」


 普通ならば、噂が沈静するのを待つのが常套手段。だからディランは不可解な表情を浮かべた。


「そうそう。で、噂の内容は……」


 カクカクシカジカ。

 しかし、それを聞いたディランは――


「え、えぇえぇぇぇ――!?ちょっと、次期王妃様!?何考えてるんですかっ!こんな噂の内容って……」


 よほど信じられないのだろう、ディランは大きな声を上げた。

 でも私は自信に満ちた表情で答える。


「大丈夫。ディランたちは気が向いたときでいいから、さり気なく流してほしいな。駄目?」

「……はあ。分かりましたよ。貴女様がそう仰るなら……本人の口からでなければ、到底信じられませんよ。こんな噂の内容……」


 ディランは疑いの眼差しを何度も向けてくる。『本当にいいの?』と、視線はそう聞いている。

 私はそれに対し、満面の笑みを浮かべて答えた。

 と、話は終わり、パーティーに行こうとするディランに、


「あ、そうそう、ウールリアライナという名の領地に立ち寄ってみてはいかが?林檎が特産の、自然に囲まれたとてもいい領地ですよ」


 笑顔で提案した。




ちょっと早いですが夜の予定投稿を今投稿します。

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