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第三十五話 共存




 ――何を売りたいって?

 応接室内の全員の視線は私に集まり、言葉を待っている。

 商談の主役は一瞬で変わり、王子から私になった。


 ここでも反応は様々。

 ディランと大陸の商人たちは、興味が湧いたような様子で聞いている。

 貴族たちの一部はざわめき、ヒソヒソと小声で喋り、『陛下は何を考えている』『噂通りか、あの女狐』『信じられん、あの辺境の女、一体どんな手を使って信頼を勝ち取った』。

 横にいるルークは涼しい表情を浮かべているだけで、静観に徹している。


 これは少し困った。予想外の展開に、私は考える。

 仕方ない、心の中でため息を吐いて、口を開く。


「――ディラン殿。あなた方の商船、北の港で一旦停泊してから次は王国東の港、エルルクに行くそうですね」


 予想外。

 この展開が予想外というのならば、私が紡ぐ言葉もさぞ貴族たちや行商人にとって、予想外の言葉であろう。


 ルークは売りたいものを尋ねた、だが私の口から出た答えはそれとは全く関係のない言葉――のように聞こえる。


 案の定、ディランを始めとする商人と貴族たちは困惑の表情になり、私の意図を掴めずにいる。逆にルークはニヤリと笑い、勝ち誇ったような顔を浮かべた。

 最近になってわかった。ルックは普段とても穏やかで、優しいのだけれど、勝負事や交渉において性格が悪くなる。もちろん良い意味で。さすが西の蛮族を何度も退けてきた戦上手。


「はい、そうですが」


 ディランは他の人と同じく困惑しているが、とりあえず失礼のないように頷いた。私も頷きを返し、次の言葉を告げる。


「その後はさらに南下し、古代山脈を越えて、その向こう側、大陸の南にあるムムルア帝国に行くんだそうですね」


 ロンレル王国の南、最南の領地は私の故郷、ウールリアライナ。故郷の南にある聳え立つ古代山脈――その先にムムルア帝国が繁栄している。


 もっとも、古代山脈はあまりにも高く険しく、越えることは不可能とされている。その天然の障壁のおかげで、ウールリアライナは戦争とは無縁な領地でいられる。


「……何が言いたいんです?」


 ディランは疑問に満ちた声で尋ねてくる。


「王国で購入した商品、全部そのまま南のムムルア帝国まで運び、売ろうとしているようですね。海流に乗れば、船はあっという間に着きますからね」

「……」


 話す私とは対照的、ディランは温和そうな表情を浮かべているが、瞳の奥に険しい光が宿り始めた。私はそれを見逃さなかった。

 やはりこの人達、やり手の商人だ。雰囲気で分かる。だから話が早い。おそらく次ので私の意図は伝わるはずだ。


「そして、モンクルック大陸からの船は、ロンレルに立ち寄り、ルルムア帝国に行く商船と、西側――フィンガルアインへ行く二種類がありますね」


 フィンガルアインの名前が出た途端、宰相の眉毛はピクリと動いた。貴族たちはざわつく。隣のルークは笑いをこらえている。

 ピンときたのか、ディランは、


「貴女様は、まさか……」

「えぇ、そのまさかですよ。陛下は言いました。港の停泊税を軽減します。三割。そなた達は北港以外にも、一度は東港に立ち寄る……それが意味することは」


 まとめられていた報告書を見ると、疑問に感じていたことがある。

 そもそも、時間的にも、船の運搬にも余裕はあるはずなのに、何故かロンレル王国での停泊期間は短い。


 更に詳しく見ていくと気付いた。

 ロンレル王国で購入した商品は全部、ラルア商会があまり手を出していないものばかりだった。

 しかも購入した商品は、長く保存できるようなものがほとんど。


 南の帝国に売りに行くならば、それは当たり前。長時間の船旅に耐えられるような商品でないと、売り物にならない。


 だが、おかしな点がある。

 彼らは商船、船で移動している。

 陸路ならいざしらず、海路は遥かに早い上に、沿岸の港に停泊すればいつでも貿易可能だ。


 つまり商品が腐って売れないという問題は存在していない、最初から。にも関わらず、そういったものは一切購入していない。

 考えられるのはラルア商会に遠慮、または正面対決を避けている。


 王国唯一の商会、貴族の親戚がバックに居る、船で商売している彼らから見れば、敵対する必要はない。

 王国はあくまで通過点として利用していればいいだけで、ラルア商会と喧嘩はしない。だから入荷する商品は全部、ラルア商会の機嫌を損なわないもの。


 しかしルークは港の停泊税を三割軽減と約束した。新しい商機の可能性が提示された。

 彼らが高くない税金を払ってまで停泊する理由は、儲かると判断したからだ。ラルア商会と対決しない理由もまた、損をすると思っていたからである。


「貴女様は、ラルア商会をご存知でしょうか」


 ディランは穏やかな口調で尋ねた。同時に、出席している貴族の一人の眉がピクリと動いた。


「えぇ。知っていますわ」


 答えると、ディランは、


「ならば知っていましょう。我々はラルア商会と敵対する意思がない。港の税金を下げていただいて感謝しますが、」


 彼の言葉を遮るように、私は口を開く。


「林檎の値段が最近急上昇していることを、知っていますか」


 私の話を聞いて、ディランは怪訝な表情を浮かべ、


「……えぇ、知っていますが。此処に来る途中、各地の市場に立ち寄っていました。驚きですね、何故あんなに値段が高いのでしょう」


 彼の疑問は答えず、私はとある提案を切り出した。


「これまで独占されていた王国数々の特産品、モンクルック大陸で売ろうというのはどうです?」


 その提案を聞いて、ディランは黙り込んだ。


 彼らは商人であり、それもやり手のである。そういうこときっと何度も考えていた。

 だが王国側にラルア商会がいる以上、迂闊に手を出したらやけど程度では済まされないかもしれない。


「……誠に申し訳ございませんが、折角のありがたい提案、……」


 それでも、ディランは熟考の末、笑顔を浮かべながら断ろう――としたが、


「別にラルア商会と敵対しろとは言っていない」


 それを、遮った人がいた。――ルーク。





 ディランたちの視線は私からルークへと移り、表情は『どういうことですか』と、問いかけている。


「なぁに。売上の一部をラルア商会に納めればいいだけのことだろう。敵対ではなく、共存。ディランたちにとって悪い話ではなかろう?王国側の特産を手に入れ、モンクルック大陸で売れる。それで得た利益の一部をラルア商会に上げる。代わりにラルア商会はディランたちの商売の邪魔をしない。両方にとって損はない話だ」


 ルークは自信たっぷりに述べた。おそらくこれが彼の最初の狙いである。

 現時点でラルアは王国随一の商会ではあるが、他の国や大陸での影響力はない。


 つまりいくら王国の商品を牛耳っていようが、他国にそれを売るルートがないのだ。

 西は王国と戦争状態にある蛮族、フィンガルアイン。王国側に貴族の親戚がいる時点で、商売に行けない。

 北の海の向こう――モンクルック大陸は遠い上にディランのような強力なライバルが居る。

 南は古代山脈に阻まれている。


 王国では独占状態だが、それ以上の収益は見込めないわけだ。


 ディランたちは、再び考え込む。

 確かにうまい話ではある。ラルア商会に売上の一部を分けていれば、文句も言われないだろう。

 王子は言った。敵対ではなく、共存であると。


 この話を受けるべきか否か、考えるディラン。

 ようやく考えは纏まったのか、答えようとした瞬間。


「――果たしてその話、ラルア商会に利はあると言えるのでしょうかね」


 ――これまで閉口していた貴族の一人が、言葉を発した。王国貴族のナンバー2、ガルクカム候爵。




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