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第三十二話 ラスボス?からの呼び出し




 噂がすごい速さで拡散されてから数日経った。

 エリンは噂を知って以来、何かを心配するような様子を見せる。なので安心させるため、二日目で彼女に自分の気持ちを伝えた。


「私は大丈夫ですから。噂は噂です。特に気にしませんわよ」

「え、メーフィリア様、噂を知って……あ、……」


 驚く彼女の顔に、微笑みで答える。

 予想通り、様子がおかしかったのは、いつ私の耳に噂が入るかと心配していたから。

 もうすでに知っていることと、気にしていないことを打ち明けると、彼女も頷いてくれた。


「良かったです。私、心配で心配で、あまり眠れませんでした」


 ホッとした彼女を見て、申し訳なく感じる。噂が過ぎ去るのを待ちながら、ここ数日、あまり部屋から出てなく、服を作って暇を潰していた。

 作っているのはエリンの服です。元々いつかは贈りたいと思っていたが、今回のお礼も含めて、丁度いいタイミングと思う。エリンのついでに陛下の服も作っている。……ついでにね。


 突然扉がノックされ、侍女たちの尋ねる声が廊下から聞こえてくる。


「メーフィリア様、よろしいでしょうか」


 慌てて服と裁縫道具を仕舞い、返事をすると、


「――王妃様が、メーフィリア様をお茶会に招待したいと仰っています」


 思わぬ人物から、予想外の招待を受けた。


 ロンレル王国現王妃、ライラ・ロンレル。





 正式な衣装に着替え、待ってくれていた侍女たちの後についていく。


 いきなりのお茶会の招待に、表面上は平静を装いながらも、内心ではビクビクしていた。呼ばれた理由について、心当たりは一応ある。今王国は私に関する噂で持ちきり中だ。それのこと、だろうか。

 王子陛下とエリンは噂に惑わされなかったが、他の人もそうとは限らない。現に扉を開けた瞬間、侍女たちは白い目を向けてきた。


 普通に考えればそうだろう、寧ろ噂に惑わされないほうが少数だと思う。だって謁見でいきなり王国の有力貴族たちをざわつかせ、女狐と周知された私ですから。

 誤解だけど、ほとんどの人はそれを知らないし、多数派の言葉を信じる傾向にあるのが人間。


 悪い噂が王妃様のお耳に入って、それを信じてしまう可能性は無きにしもあらずで……。そう考えると、場合によってルークレオラ王子と私の婚約はなかったことにされる可能性だって出てくる。


 ……それは、此処に来る前ずっと待ち望んでいた結末……。


 彼と、私の、婚約が、無効にされる。

 ……それは、私にとって、喜ばしいことのはず。


 なのに。


 どうして、……素直に喜べないのでしょう。胸の奥に、モヤモヤを感じる。何故、だろう。……私は、婚約破棄を望んでいたはず、なのに。


 悩んでいる間も、侍女たちは私を導き、王城の裏庭なるところにやってきた。


 新緑に満たされた庭の中央に、精巧な装飾が施されている机と――複数人分の椅子が置かれていて、一人の優しそうな女性が座っていた。付き添うように、傍には複数人の侍女が静かに佇んでいる。

 その人は私が来たのに気付くと、座るように手招きしてきた。周囲の侍女たちは無言で、少し離れたところまで下がっていく。


 えぇと、此処はどうすればいいの?

 宮廷マナーは確か……宰相に叩き込まれたマナーを必死に思い出し、頭を回転させる。


「……ごきげんよう。王妃様」


 確か、ロンレル王国流のマナーは着席する前に、服の裾を持ち上げ、えぇと、挨拶をして、それから……。

 頭を捻っていると、


「そんなに畏まらなくていいわ。さあ、座って座って」


 ライラ王妃様は柔らかな笑みを浮かべて、弾んでいる声で言ってきた。


「ですが……」


 着席を躊躇していると、今度は、


「座らないと、話が始まらないわ。良いのよ、楽にして」

「……はい」


 王妃様が相変わらず微笑みを浮かべている。では、お言葉に甘えて。

 着席したのを見て、ライラ様は口を開く。


「今日あなたを呼んだのは他でもありません――」


 来た。いきなり本題を切り出される。だが来る途中に心の準備をしておいたから、動揺はほぼ無い。背筋をビシッと伸ばし、緊張しながら王妃様の言葉を待っていると――


「――ルークのお嫁さんとお茶がしたかったわ」


 ……えぇ?

 ニコニコ笑顔で、王妃様はカップを口へと運び、一口啜る。


 ……これは、どっちなんだろう。本当にそれだけなのか、それとも、何かの暗喩……?

 ――駄目だ。考えても分からない。怒った顔ならば分かりやすい。しかし王妃様は一切怒気など感じさせず、とても優しそうな柔らかい微笑みを湛えているだけだ。

 真っ向勝負するべきか、それとも搦め手から行くべきか、悩む。


「……メーフィが、噂のことで悩んでいるのではないかと」


 あれこれについて考えている私に、王妃様は話を切り出した。


「あ、お心遣い、とても感謝……」

「固い固い。私はルークのお嫁さんと、楽しく話がしたいだけですわ。敬語はいやよ?」


 私の言葉を遮るように、ライラ様は口を開き、柔らかく笑う。


「……それは、王妃様に失礼かと」

「私が許す。さあどんどん不敬になりなさい」


 王妃様の言うセリフではありませんね……。

 ……既視感あるなと。そう思った。なるほど、エリンの時と同じね。私が最初、彼女と友達になった時。


「あなたは、私に似ている」


 ライラ様は私を見つめながら、そう言ってきた。


「えぇと、私が、ライラ様に似ている……ですか」

「そう。私も最初は苦労したんだわ。知ってる?現国王……当時はまだ私の夫ではなかった、ルタ。彼もルークに勝るとも劣らないほど、当時の国王――彼の父を困らせていたのよ」


 ……へぇ、それは初耳ですね、……って、いやいや、想像できないんですけど、今の国王陛下から。


「私ね、知っての通り、子爵出身よ。そのことが、多くの貴族たちにとって大変不愉快だったのでしょうね。当時は祝福どころか、結構反発があったわ。……それでね、ルタが謁見の時と同じく、彼の父上に一歩も引かなかったわよ」


 ……血は争えないと言うか、ある意味これがロンレル王国正しい王族の証明ね。……良かったな、ルーク。こんなところでさぞ王子様も知らない国王の黒歴史を知ることになるとは。


 ……あれ……まさか……。血は争えないならば、現国王もルークと同じく酒に酔い……?


「あの、お二人の出会いは……?」

「普通の出会いよ?父上に王城に連れて行かれたときに、出会ったわ」


 良かった。


「それにしても、ルークはどこからこんなかわいいお嫁さん見つけてきたのかしらね」


 へ???

 ホッとしていたら、いきなり不意打ちされた。


「王妃様は冗談がお上手ですね。私のような辺境の田舎娘が……」

「割と本気ですけどね。外見なんて、どこ出身と関係ないと思う」


 それは、そうですけど。


「私もね、よく貴族らしくないって言われるの。子爵出身だからかな、割と上下関係にゆるいと言うか」

「あ……分かります」


 私も同じですね。まあ、ロンレル王国全体が、そこまで厳しくないというのもありますが。


「……ところで話は変わるけれど、メーフィは、ルークのことをどう思いますか」


 その突然の質問に、反応できなかった。

 ……私は、彼のこと、どう思っているのだろう。


 遅々として口を開かない私を見て、王妃様が、


「メーフィ、あなたが悪い噂で悩んでるかなと思って、心配だから招待したわ」


 私と同じでね。とでも言いたげな表情の王妃様。


「いえ、元々……」


 ――誤解から始まる騒動と、口走りそうになったが、ギリギリのとこで堪えた。

 王妃様ならば、言っても問題ない気がする。この短時間での印象でしか無いが、信頼に値する人物だと感じた。

 しかし、それでどうにかなるのだろうか。


 ライラ様は、私にこう尋ねました。

『ルークのことを、どう思っているのでしょう』

 私は、答えられなかった。


 私は、一体彼のことを、どう思っているのだろう。

 最初は元の自由な生活に戻るため、頑張って婚約破棄を狙っていたが、最近になって……それが現実になりつつあるのと共に、心の奥底で、とても言い表せない正体の分からない感情が湧き上がり始めた。


 なぜだか、とてもズキズキする。

 その感情は、とても仲良い友達になったルークとの仲が、悪くなるのを恐れていたと、思っていたが……。


「焦ることはないわ。ゆっくり考えればいいのよ」


 そう言ってくるライラ様に、私は何も返せなかった。




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