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第三十一話 驚異的散布力




 いつもと変わらない朝。すっかり慣れてしまった王宮生活。朝食はエリンが運んできて、今日も彼女と一緒に食べている。

 突然、エリンが何かを尋ねたいような、心配しているような視線でチラチラと、私を窺ってきていることに気付く。スプーンを止め、


「……どうしたの?」


 彼女の視線が気になり、尋ねる。だがエリンはさっと顔を逸らし、


「…メーフィリア様は……あ……いえ、何でもありません、メーフィリア様」


 と短く告げるだけだった。固く口を閉ざし、それ以上はいくら聞いても何も出てこないような雰囲気。


 大丈夫って、何が?

 そんな彼女の口ごもる姿に疑問を覚えながらも、しゃべる気がないならば無理やり聞き出すこともないので、朝食の続きを再開する。





 ――そんな彼女が口を噤んでいた答えを、まさかすぐ知ることになろうとは。


 城内の大キッチン。

 今日も腕によりをかけて美味しい料理を作ろうと意気込んで、侍女の作業着に着替えた私が、キッチンに足を踏み入れた瞬間――働いているコックのみなさんが私に一斉に群がってきた。何事かとビックリする。怖っ。


「お前、ひどいことされてねぇだろなぁ!?」


 開口一番がそれだった。すごい剣幕で問い詰めてくる。なんのことやらさっぱり分からないのですが……。


 頭を左右に振り、


「なんのことですか。落ち着いてください。私、さっぱり分かりません」


 とりあえず興奮しているみんなを落ち着かせようと頑張る。


「……あ、ああ。すまん。取り乱して。……いや……それがね……最近、変な噂が流れているんだよ。次期王妃様がね、ひどい奴って。今まで知られてないだけで、領内の領民から血税を巻き上げて、贅沢の限りを尽くしているんだってな」


 暗い顔で周囲を窺い、潜めた声で親しい中年のコック――エルヴィンさんは語ってくれた。他のコックさんもそれに賛同し、ウンウンと頷いている。

 そしてまた小声で付け加えた。


「それにさ、領民をいじめるが趣味だそうだぜ。苦しむ顔を見るのが楽しいだって。特に自分に仕えている使用人や侍女を、いびり倒してる噂じゃあ」


 ……いや、それ、どこの私ですか。まさか私が知らないだけで、実は他にもウールリアライナ領がいたとか。んでうちと同じく辺境だったり。

 後半もひどい、人間ですかその方。


「その噂を聞いてからなぁ、俺達が心配で心配で、お前がいじめられてるんじゃねぇかと」


 あ、朝エリンの様子がおかしかったのはこれが原因かな。なるほど。エリンも心配だろう。変な噂が流れて……


「あの…心配していただいて、ありがとうございます。ですが大丈夫です。私」


 まあ、噂ですし。独り歩きするようなものよ。これでも王国で初めての謁見、女狐認定されましたからね。


「本当か?あの辺境の女狐、悪辣で、目的のためならばどんな手段も惜しまないとか。男遊びが激しく、どんな男とでも一夜をともにする。体で若い男を籠絡する噂じゃ」


 ――ストップ。

 前半ならともかく、後半はいただけない。男遊びって。私、恋すら知らないのに、男遊びって。激しいって。い、一夜をともにする……とか、…か、体で、……籠絡するとか……っ。


「……お前、顔が赤いぞ?大丈夫か」

「はひっ!?大丈夫ですっっ!」





 キッチンの皆はいい人だから、心配されていたんだろうね。

 料理する気はなくなっていたので、気分転換に庭の手入れをしにやってきたところ――


「お前さん、大丈夫か?」


 また、キッチンの時と同じことになってしまった。どうやら庭師の皆にも心配されてしまっていたようで、申し訳なく感じる。


 此処でも『メーフィリア・ウールリアライナ』に関する噂を聞く羽目になった。どうもその噂の中では、私は悪逆非道の限りを尽くしている女だとか。そりゃ心配されるわ。こんな人が近くにいたら誰だって。

 庭師の皆から聞かされた噂の内容が、キッチンのときに聞いたのと微妙に違っていたのがまた、変化の速さを感じる。

 此処ではどうやら内容が、国家転覆を企てているに変わっていて、逆に感心してしまった。噂の中の私、統治の才能ありすぎ。


 はあ。ため息も出る今日この頃。





 何より一番大変だったのは――。


「――俺はお前を信じるぞ。大好きだっ!あ、いやっ。えぇと、とりあえず俺はそんな噂に惑わされないからなぁっ!!!」


 コックの皆より、庭師の皆より、王子様を宥めるのが大変だった。政務室に入ってきた私を見るなり、いきなり告白……じゃなく、力説してきた。


「陛下、落ち着いてください」


 周りが焦っていると、冷静になるヤツだ。


「オノレ、許さんぞぉ。噂を流したやつぁ、斬首だ……!俺の嫁になんてことをぉぉぉ」


 落ち着いてくださいお願いしますっ。人の首が吹っ飛ぶの見たくありませんから。


「お前はそれで良いのか、メーフィ」

「良いも何も。噂ですから」


 そう自分の意志を伝えると、ルークレオラはようやく落ち着いてくれた。椅子にどかっと腰を下ろし、納得しかねる様子だが了承してくれた。

 噂の対象が自分というのもあるけれどね。噂は場合によって、人を殺しかねない。はあ、そもそも噂を流している人間を斬首するとか、コックの皆や庭師の皆はどうするのでしょう。


「……斬首は、しないでくださいね」


 釘を刺しておく。


「……しないよ。あれは、まあ、若気の至りってやつだ。俺だって分別はつく。が、噂は時に人を殺すからな……死なれてからは遅い。最低は引っ捕らえるつもりだ」


 奇しくも、陛下は私と同じ考えのようだった。

 そんな陛下を見ていると、こんなに心配されているんだなと、思う。


「私、大丈夫ですから」


 安心させるよう、明るく笑ってみせる。




「私、大丈夫ですから」


 ――その笑顔、反則だろぉ。

 心臓が跳ねた。

 落ち着け、俺……!

 まだ、死ねん……!

 式まで死ねん。式で彼女に告白するんだ。それまでは死ねない。それにしてもあの笑顔の破壊力反則だろぉぉぉ。死ぬかと思った。

 噂を流したの誰だか知らんが、やってくれたな。俺がコツコツ距離を縮めていたのを台無しにする気かっ。





 ガルクカム侯爵邸にて。


「うふ、うふふ。今頃、きっとあの辺境の小娘が陛下から冷たい目で見られていますわ」

「えぇ。体で陛下を落とした女ですから。あの辺境の薄汚い田舎娘が他の男にも股を開いているってこと、陛下はこれで気付くはずですわ」


 瞬く広がっていく噂の散布力に、ほくそ笑む二人の令嬢。

 予想以上の速度で広がり、変化していく噂に、二人は少なからず驚きを覚えた。さすがラルア商会といったところかな。ヘリミティアとエレンシュアは、見下していたラルアの評価を、少し改めることにした。

 あまりにスムーズに計画が進んでいるが故に、気付けなかった。驚異的な速さで流布されていく噂の裏に、隠れている僅かな違和感の存在に。




逆効果でした。まあ、前提が色々間違っていたからね。王子が謁見の時、色々口走っていたせいで、貴族の皆にそう思われても仕方ありません。

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