第二十八話 気が利く二人
夕飯のときに、エリンにラルア商会のことを知らないかと尋ねてみたら『王国一の大商会ですよ』と答えてくれた。
なんでも、独自の仕入れと運搬ルートを持ち、北から南、東から西まで王国各地に商いを行っているだとか。すごい商会ということを、エリンは語ってくれた。
そう言えば、うちの領地に来た行商人も、ラルア商会のマークつけていた。やたら辺境辺境連呼していたな。
「ということがありまして」
ティーセット一式をトレイに乗せて、王子様の政務室まで持ってきた。彼にラルア商会のことを言う。もちろん脱走……じゃなく、一人で出かけたことも、クルッドさんと出会ったことも伏せている。
「……ラルア商会ね。俺も困っているが……ラルア・ガルクトルクは、ガルクカム候爵の親戚でね、王族を除く王国貴族の中で二番目の権力を持つ貴族がバックに居る状態だと、手出しは難しい」
困った顔で苦笑を浮かべるルークレオラ王子。
なるほど、王国二番目の貴族が後ろにいるからあんな商売できるんだね。ズブズブだな、これだから権力闘争は。
「それに」
王子陛下は続ける。
「意外とまともな商売をしているからね、ラルア商会。厳密に言うと騙しはやってないし、強奪もしない主義なんだ、あそこ」
あれ、でもクルッドさんは……?
表情に出ていたのか、ルークレオラは、
「ラルア・ガルクトルクは、『売る』とは言っていない客のものを、絶対に強引に奪ったりしない。逆に、客が一度でも『売る』と言ったら、どんな手を使っても奪い取りに来る。彼にとってそれは契約成立なんだ。被害者はたくさんいるが、皆『売る』と言ってしまった人。だから強く出れない。自分も悪いと分かってるんだ」
……ああ、なるほど。ある意味手強い相手なんだね。相手の言質をしっかり取る上に、権力とコネをフル活用し商売敵を潰す。
「俺もなんとかしようと悩んでたんだけどな。王国の商会はラルア商会一つで、他の商会が育たないのがな……面倒なことに相手は二番目の貴族がバックにいて、迂闊に手が出せない」
「他の商会を育てて共存させることは……」
「潰されんのがオチよ。ラルアは自分の商会の利益が最優先。競争相手、ライバル商会の存在を許すわけがない。なぜなら売上が減るから。ラルア商会が唯一の商会だから、色々やりたい放題できる。そのせいで一部の物価がコントロールされている」
怖っ。都会怖い。
「どんな商品が……」
怖いと思いながらも、なんだかんだで好奇心には勝てない。ついつい聞いてしまう。
「そうね、まとめてあるよ、ほら、これ」
王子がリストを手渡してきた。
「良いのかな、私が見ても」
「次期王妃、現王子妃だから問題ないだろう」
そうだった。タイムリミットは近い。
何を隠そう、ウェディングは三ヶ月後に決まっている。王子の次期国王即位式と共に行われる予定です、おめでとうおめでとう……ああ、絞首台が見える。
もともと彼は即位するため前線から王都へと帰ってきたのだ。各地視察は次期国王となる彼の花嫁探しの旅でもある。運悪く私が何がどうなって選ばれたが。シット。コホン、久しぶりのウールリアライナ節が出てしまった、失礼。
それまではなんとかせねば。
「……ん?んん?」
リストを何気なく眺めていると、ウールリアライナの名前が目に飛び込んできた。そこには自分の領地に関する情報が記されている。が、何より気になるのは――名産林檎と言う項目。そして、王都で販売されている価格も書かれている。
……なるほど、そういうことか。
なんでそんなに高いと疑問に思っていたが、ラルア商会のせいね。許すまじ。私の好物を返せ。領民の苦労を返せ、正当な報酬を求む。
ちらっとテーブルの上に置かれている故郷の名産林檎を見る。この男、中々気が利くじゃない、私が普通にこの部屋を訪ねるようになってから、私の好きそうな食べ物をさり気なく置いてくれている。おかげでだいぶ仲が良くなった。
いや、今はそれより、ラルア商会のこと。
「何かいい方法はないのかな」
ため息と共に、何気なく呟く。
「一応解決法を模索中なんだが……」
次期国王ルークレオラは苦笑を浮かべる。
「解決方法?」
「ああ、一ヶ月後にモンクルック大陸の商船は来る予定でね、貿易の規模拡大を狙ってるんだ。成功すればラルア商会の影響力を弱めることができるかもしれない」
なんだか難しそうな話になってきたな。
政務が一段落し休憩しようとする王子。公文書とにらめっこして疲れた彼をねぎらい、カップに紅茶を注ぎ、彼へと差し出す。林檎のお返しです。
「ありがとう」
よし、これで一本取り返した。私は遅れなど取らない。食べ物攻勢で先手を取ったつもりでいい気になっているかもしれないが、私に隙も油断も慢心もしない。林檎はありがたいですが私はそんな安い女ではありません。簡単に買収されません。負けません勝つまでは。
「俺の嫁は気が利くね」
あれ……予想していた反応とは違うんだけど。