第二十七話 ラルア商会とクルッドさん
「できた!」
出来上がった衣装に視線を這わせ、細かなところを逐一チェックをしていく。
すべてを確認してから、一息つく。
暇な時間を利用して完成したのは五着。その全てが女性の服。王都の流行とか分からないから安全パイで行こうと決めた。自分のセンスを信じる。
服を全部バッグに詰め込み、運び出す準備をする。
王都の相場とか売り場の場所とかよく分からないので、いろいろ考え、エリンに一緒に来てもらうのはありと思うが、普段の彼女を考えると色々うるさく言い出しそうなのでボツ。『駄目です。メーフィリア様。王妃ですから王宮でドンと構えてください』とか言われるんだろうな……。
なので今日も一人行動。朝に予めエリンに、『今日は一人になりたいの』と言ってある。これで彼女は勝手に誤解し――もとい、察してくれて訪ねてこないだろう。次は最近あまり訪ねてくることはない宰相が来たとしても、エリンのアリバイがあれば十分。『一人で王宮のどこかにいる』ということが重要。例え目撃者がゼロでも、王宮にいると思われることがポイント。
宰相から見れば脱走だが、私にとってはちょっと出かけてくるだけ。もはや誰にも私を止めることはできぬ。計画は完璧だ。
ルンルン気分で侍女の格好に変装し、廊下を歩いていると、視線は自然と窓に吸い寄せられていく。……裏の出入り口から普通に行くこともできるが。
窓を開ける。
「fight for freedom!」
宙を舞った。
王都の大通り。
何回来ても相変わらず人が多いね。途切れることあるのだろうか。バッグを懐に抱えて、人波を掻き分けて泳いでいく。
さて、相場はよく分からないが、店に行けば買い取ってもらえるだろうと、ウールリアライナではそうだったから。そう決めた私は店に向かった。
「すみません。服を売りたいんですが」
店と言えば、語弊があるかもしれない。王都の売り場は私の想像を遥かに超えていた。
広場に来てみれば、そこには服屋さんが有った。だけれど一軒ではなく、何軒も連なるように広場のあちこちに立ち並ぶ。この辺りは全部服屋らしい。すごい。
大きな店から小さな店まで、その中でも一番目を引くのが客が自由に見て気に入った服を後ろのテントで試着する店。
私の声を聞いて、店番のおばちゃんがひょこっと顔を向けてくる。
「服を売りたいんば?うちは買取やってねぇんべ。売りたいならそっち行きな。ラルア商会。一番大きな商会だべ」
親切に指で示してくれるおばちゃんにバイバイし、教えられた店へ向かう。
「此処か」
店の看板を見上げる。ラルア商会とデカデカに書かれている。高級ブランドの感じがする。
そう言えば、おばちゃんに相場を聞いておけばよかったなと少し後悔。だが同時に怖くもある。自分はウールリアライナのトップクラスの腕だったが、もしかすると王都では、井の中のカエル、通用しないかもしれない。どこの田舎もんだとあざ笑われるかもしれない。でももう此処まで来てしまったのだから、帰るわけにも行かない。
意を決してラルア商会の扉を開ける。中には人がたくさんいて、お客さんかなと思しき人が七割で、店の従業員らしき人が三割。ホールの中央にあるカウンターの前まで行って、座っている中年の紳士に声を掛ける。
「……すみません、服を売りたいんですが」
高級そうなスーツに身を包んだ中年の紳士は、ジロリと私を一瞥してから、
「服?……カウンターの上に置け」
そして小声で、『…田舎もんがァ…』と呟いた。すみません。
言われた通りに五着を全部カウンターの上に置くと、中年紳士はなにかつまらないものでも見るような目付きでちらっと見た。が、すぐ目の瞳孔が僅かに開いて、
「――自分で作ったのか」
と聞いてきた。
「はい。あの、大丈夫でしょうか?王都の流行りとか知らないんで。相場も……」
相場値段以前に、服の出来はどう思われているのが気になる。低レベルのもの出して損をさせたら申し訳ない。
「これはひどいな。デザインが古いし、材料も安い。まぁ田舎ならこんなもんだろう。一着2000」
あ、やっぱり駄目だったのか。デザインは仕方ないとして、材料はできるだけいいのを選んだんだけどな。高級店のお眼鏡には叶わなかったか。それでも2000、五着全部で10000――故郷で数ヶ月の生活費に匹敵する金額。このお金でいい材料を買って、デザインを勉強して、次こそはいい服を作って売ろうと。そう決め、服を売ろうと口を開こうとした瞬間。
「待ちなそこの嬢ちゃん」
背後から大声で話しかけられた。
振り向くと、そこには一人の若い男性が腰に手を当てながら堂々と立っていた。店内のお客と従業員が全員、声に反応して彼を見る。カウンターに座る中年の紳士が不愉快に眉を吊り上げた。
「お客さぁん。営業妨害はぁ、他所でやってくんなぁい?」
威圧を込めた声で男性を睨む中年紳士。
だがそれに対して若い男性は一歩も引かない様子で――
「営業妨害?客を騙しといてよく言うぜ狸爺」
と、不遜な笑みを浮かべながらカウンターの前まで来た。
男の言葉が聞こえたのだろうか、店内の一部の客はザワザワヒソヒソし始める。中年紳士は横目で店内の様子を確認し、忌々しげに舌打ちをする。
「ところで、お前、まだ売るとは言ってないよな」
若い男性が私に向き直って聞いてくる。
「はい。ですがなんのことか私さっぱり…」
「よし。それならいい。狸爺、彼女は売るとは言ってない。これなら問題ないだろ」
「……」
中年の紳士は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、男性を睨みながらも、口を開かなかった。
それを見た若い男性は私に服を一旦外に持ち出せと視線で告げてくる。
話を聞かないと何が何やらなので、訳分わからないがそのまま服をバッグに入れ、店の外に出る。
ラルア商会の店から一定距離離れた路上で、彼は振り返り、私にこう言った。
「お前、騙されてんだよ」
「え?」
「アイツ。あの爺はな、ラルア商会の店主、ラルア・ガルクトルクだよ。相場知らねぇのかお前。あの服が一着2000?んなわけねぇだろが。最低でも一着14000はするぞ」
――え。え……な、七倍?嘘、でしょ。軽く私の故郷一年分給料に届きそうなんだけど。
「城で働いてるみてぇだが、田舎から来た?」
まあ、田舎ですけどね、ウールリアライナ。こくんと頷く。
「幸い、売る前だから、あの爺、悔しがっているけど、それ以上は何もしてこない。商人として汚い部分あるが、アイツなりのルールはある。自分が定めたルールを破ることはない、アイツはそこが評価されてるんだよな。だからロンレル王国の一番大きい商会になれたんだろう」
と言うか、王国唯一の商会なんだけどね。と男性は苦笑した。
「もし、売ると言っていたら……?」
「助けようがないね。撤回しようにもおそらく認められんだろうな。その時あの爺はどんな強引な手段でも使って奪い取りに来る」
怖っ。都会怖い。ウールリアライナに帰りたい。
「んじゃあばよ。もう騙されんな」
この場から立ち去ろうとしている男性を、慌てて引き止める。
「どうして私を助けるんですか」
「別に。単純にお前の作った服は人を惹きつける魅力っていうのか、すごいからな。それだけ価値があるものなのに、安い金で買われてもったいねえ。俺も商人の端くれだぁ、プライドがあるよ。まぁ、アイツに喧嘩売ったからこれで商売上がったりだぁ――勘違いすんなよ、礼が欲しくてやってるんじゃねぇ」
悪いことしちゃったのかな。この人、人助けでラルア商会に逆らったことになり、居場所が奪われてしまった。
「あの、せめてお名前でも」
「クルッドだ、王都の東で露店を営んでいるが、まぁ潰されんのも時間の問題か、ははは」
「クルッドさん、提案があります。クルッドさんに服を売りたいと思います」
「何だ、同情か。いらねぇつってんだろ。それに俺、服得意じゃねぇぞ」
「違います。私は相場を知りません。ですがラルア商会に売るよりクルッドさんに売ったほうが良いと思います」
「……高くは買い取れねぇぞ。さっきも言ったが一着14000の服、うちは取り扱ってないんだ」
「クルッドさんの好きな値段で買い取ってもらって構いません。私は最低限の材料費さえ稼げれれば良いのですから」
私の申し出に、クルッドは眉をひそめ、口を開く。
「お前はそれで良いのか。一着14000の服を、安売りしちまって」
「クルッドさんに売れば、値段以上の価値が手に入れると思いますよ」
ニコニコ笑ってそう答えると、クルッドさんは苦笑しながら、しょうがねぇなコイツという表情を浮かべ、
「全部五着だっけ。50000で買い取るぜ」
「まいどあり」
予想外の金額に、頬を綻ばせる。
「ところで、クルッドさんはこれからどうします?」
ラルア商会の一番偉い人に喧嘩を売ってしまった彼は、商売を続けられなくなる羽目になるかもしれない。
「まあ、追い出される前王都に居座り続けようと思う……その後は、各地をぶらりするかね」
この人を助けてあげたい気持ちはある。ルークレオラ王子に掛け合ってみよう。そう言えば、ラルア商会が王国唯一の商会と言っていたね、王子陛下はそのことについてどう思っているんだろう。そういう商売をしているラルア商会を、陛下の性格上許容できそうにないと思う。
クルッドさんは店の前まで私を案内し、約束の金額を手渡してくれた。
用事が済み、彼と別れる。
城に帰る前、次の服の材料を買いに行く途中、そのラルア商会のことについて色々考え、聞き込みをしていたが、皆口を噤んでいる様子で、語りたがらない。ますます興味を惹かれ、今夜王子の政務室を訪ねることを決意。