第二十四話 王子様は待ち伏せをし、シンデレラをお持ち帰りした
王子ルークレオラ――俺は困惑している。
何故なら、目の前、通路のど真ん中に何故か靴が置かれているからだ。
持ち主は当然見当たらない。
大きさからすれば、女性のものであることは確か。
俺は考え込む。俺の知り得る女性の中に、城内の侍女たちの中に、こんなところに置き忘れするような人はいたか。
……そもそも何故こんなところに靴が。
好奇心が俄然と湧いた。興味ある。持ち主が誰なのかは、知りたい。
故に、俺は角の影に身を潜め、待ち伏せをすることに決めた。
政務に追われて、一段落したところで休憩に散歩してみたら、靴と出会った。
もちろんそれだけでも十分興味を惹かれてはいるが、何故かあの靴の持ち主にはとても興味をそそられる。――見覚えがあるけど、気のせいなのだろうか。
待つことに数十分。待ち人は来たらず。だが好奇心は増していく。一体誰のものなんだ。靴が此処に置かれているということは、持ち主は今裸足なんだろうな。
長い忍耐が功を奏したのか、その時闇の向こう側からペタペタと足音が響いてくる。急いで隠れる。
音の間隔からして、女であることは間違いない。
――鼻歌が聞こえてくる。この声…メーフィリア?
頭を伸ばして覗きたい衝動を抑えつつ、耳を澄ませる。
上機嫌だな。自分の不甲斐なさを悔いる。結局せっかく時間を作って二人で出かけたのに、彼女は心から笑わなかった。一度も。同時に、いつかは俺から笑顔を、彼女にプレゼントしたいとも思う。
鼻歌と足音は近付いてくる。靴の前で止まり、履く音がした。そのまま鼻歌を口ずさみながら、俺が隠れている角へと歩いてくる。
此処はさり気なく、偶然会ったような様子を装い、挨拶を交わそう。コホン。俺の声変ではないのだろうか。掠れてないか。あぁ、緊張する。そうだな、えぇと、やぁこんばんははどうかな。変じゃないかな、ああもうすぐそこ、あぁぁ…
「――メーフィリア?」
最悪だ。
第一声がこれだよ。引かれてもしょうがない。何故疑問なんだ。これじゃまるで俺が問いただしてるみたいではないか。くそっ。
見ろ、固まってるじゃねぇか。違うんだ。えぇと、…あれ、そう言えば、こんなに可愛かったか、彼女。
髪は乱れているが、それが却って飾らない美しさを出している。頬を伝う汗が闇の中キラリ輝く一雫となり、落ちていく。闇を切り裂く星の涙のようだ。
上気した肌はほんのりピンク色に染まり、艶っぽく見えてしまう。走った後なのだろう、上がっている息と上下に起伏している胸元がとても魅力的だ。駄目だ、見つめ続けると自分を制御できる自信がない。
「綺麗だ…」
顔と視線を逸らしたはいいが、心の中の声がそのまま口からこぼれた。
何やってんだ俺。
覚悟を決めて、さっきから黙ったままの彼女へと向き直り、言葉を探して語りかける――
最悪です。こんなところでルークレオラ王子と出くわすなんて。
今の私は見れたものではない。髪は乱れ、服は整えてない、汗を流しているからきっと匂いが…。あぁ色々駄目だ。この場から逃げ出したいが、それが許されない。せめて、せめて別の時間ならば、まだやりようがある。よりによってこの全力疾走の直後。故郷でなら手刀でシュッとすれば、もしくはさよならバイバイでいいが、王子様相手ではそうも行かない。
それに今の、疑いを持たれたのかな。
そうよね。こんな夜中出歩いているだけでも十分疑わしいのに、服と髪がこんなに乱れていて、もう弁解は聞いてもらえなくて当然。
と言うかなんで王子がここに?政務室は反対側ですよ?
私の計算に狂いはなかった。強いて言うなれば運命の女神は悪戯がお好きで、味方してくれなかったこと。
人が来ない、巡回もない場所選んでも、運はどうしようもない。
はあ、ため息の一つくらい、許されるだろう。
その時だった。
「綺麗だ…」
ルークレオラの口から、状況とは噛み合わない言葉が飛び出していた。
キレイダ…?誰が、どこが?あ、分かった、夜空ね。確かに綺麗だな。今宵の。
もしくは、何か含みのある言い方なのでは?暗号?何かの暗喩かしら…?それとも……
色々頭脳をフル回転させて思考していると――
「…しばらく歩こう。俺の部屋に、来ないか」
……分かりました。覚悟を決めよう。
「分かりました。私はウールリアライナの女です。王子様のご命令とあらばどこまでもお供しましょう」
母様。父様。ルド。領民の皆、しくじったみたい。運のない私を許して。最後まで私はウールリアライナ家の人間として殉じよう。
断頭台だろうが絞首刑だろうがドンと来い。
――ご命令とあらばどこまでもお供しましょう。
なんて凛々しさだ。俺の戦場の右腕に欲しいくらいだ。あ、でも駄目か、戦場に連れて行ったら死ぬ可能性がある。それは駄目だ。死ぬのは俺だけでいい。
その凛々しさに見惚れながら、俺は彼女をエスコートし始めた。
戦上手の王子様ですから。奥手ですが。




