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第二十三話 シンデレラは靴を床に置き、全速ダッシュした




 夜。一人で椅子に座り、編み物が一段落したところ、休憩しながら思い返す。

 その後も、夕食のときも、エリンはずっと楽しそうな声で詳細を尋ねてくる。流石に普段のエリンの性格を考えると、意外な一面もあったんだなと思い、聞いてみると、


「私、殿方と恋なんてしたことがありませんから。知りたくて。…それももちろんありますけれども、何より二人の仲が気になるんです。奴隷から私を雇ってくださったルークレオラ王子様。私を友達として接してくるメーフィリア様、二人にはとても感激しています。だから……」


 彼女なりの理由が有ったそうだ。しかしそう言われても困る。私だって恋したことないから、答えようがない。と、適当にはぐらかして、エリンの質問攻めから逃れた。


 恋、ね。

 ウールリアライナ領にいた頃、将来に対して漠然としたイメージしか抱いてなかったわ。それもそう、だって辺境中の辺境、辺境オブザ辺境のウールリアライナ、そこの令嬢との結婚なんて、一体誰が望もう。加えて辺境とは言え、貴族令嬢という中途半端な身分が邪魔をして、平民との結婚も敬遠される。領民の皆には慕われていて、親しく接してくれているが、ゆえに遠慮される。


 ただ、私自身はどちらかと言うと、色恋沙汰なんて興味がまるでなかった。これまでの人生は毎日野山を駆け回り、それが楽しくて楽しくて、充実した生活を送っているから、特に悩まなかった。


 あの運命の悪戯の宴会までは、ね。


 恋も知らないのにいきなり妊娠と(誤解される)。その上電撃婚約。他の貴族令嬢を押しのけて(不本意ながら)、次期王妃。はあ、人生って一体どう転がったらこうなるんだろうと愚痴りたくなる。


 最初の時と比べて、最近は王子様と接する機会が多くなり、彼の人となりや性格を、少しずつだが分かるようになってきた。

 初対面の時は単純に責任感、正義感、道徳観が強い方なんだなとしか思ってなかったが、いざ接してみると、国のために働き、過ち(未遂)とは言え、女性を泣かせたくないから、責任を取る。妻となる人のことを考えるような性格で優しいし、多忙でありながらも時間を作ってくれた。階級観念なんてなく、平民を親友に持つ。最前線で敵と戦い、皆を守ってきた。


 ……あれ、なんで私はアイツのいいとこばかり挙げているの?

 いや、私はあくまで王子と友達の関係を目指している。そう、友達。最終的に打ち明けて、誰も傷付かない結末にしたいの。王子様はきっと、いい人が待っている。だから、これは友達の視点での発言で……


 ……座りっぱなしは疲れるわ。気晴らしに散歩してこよう。

 夜の八時過ぎ、この時間だと城内を散歩するにしては少々遅いが、あまり人と出くわさないから気遣わなくていい時間帯。

 作っていた服と編み物を仕舞い、軽く伸びをして、部屋を出る。






 夜の色に包まれた白亜の宮殿は、闇の中浮かぶ星のように見えるのだろうか。

 使用人は皆、専用の宿舎へと戻り、響くのは吹き抜ける風のささやきと、自分の足音。


 外に目を向けると、満天の宝石を撒き散らしたようにキラキラと煌く。入り組んだ城の外側は篝火と松明が時折ゆらりと様相を見せる。

 武装した衛兵の姿が揺らめく炎に映し出されて朧気に闇の中に揺れて見える。


 …うん、最近は大自然を駆け回ってないせいで、体がウズウズしているな。なんかこのままだと鈍ってしまいそうで、不安。


 周りをきょろきょろ見回すと、どこまでも続いていきそうな、長い長い通路が闇の彼方へと伸びていくだけだった。揺らめく明かりが映し出すのは、物言わぬ装飾品とひんやりした空気。


 …自分の服装へと視線を巡らせる。直前まで部屋にいたから、与えられた王子妃のドレスを着ている。動き辛そうだなと、思わずクスリと苦笑を漏らす。

 だが燃えたぎるこの心、この熱情を布の鎖如きが止められるわけがないであろう。飛べる!今すぐに!


 よいっしょ、よいっしょ。軽くウォーミングアップをし、ストレッチする。靴を脱ぎ、床に置いた。


 ――思えば、こんな豪華で立派な城で全速ダッシュをしたことがないな。ウールリアライナの屋敷は領内で一番大きい建物だけど、さすが王城とは比べ物にならないね。となるとやることは一つ。今、私がやるべきことはたった一つ。過去、未来、現在において、これしかないッッッ!


 ――メーフィリア・ウールリアライナ選手がスタート位置についた。クラウチング姿勢を取り、足にグッと力を込める。

 遠く彼方の闇を見据えて、私は、――この一秒に、脳裏に色んな思いが來去し、交差する。――駆け出した。


 風を感じる。風を、感じている。


「やっっっっっっっほーーーーーーーーーい」


 綺羅びやかな景色が流れていく。

 豪華絢爛な王宮の廊下を全速力で駆け抜ける。


「あは――」


 思わず、笑い声が口から漏れてしまう。


「――あはは、あはははは」


 もっと疾く。もっと遠く。王宮の夜の闇を切り裂く一陣の風に私はなるッ!

 タタタ、コーナーが見えたッ。速度を落とさずに曲がり角を攻める。

 裸足から伝わってくる床のひんやりした感触がたまらなく気持ちいいわ。――更に加速。目の前に見えたのが、大広間へと降りる階段。


 ……私はニヤリと笑い、地面を力強く蹴って――――段差をものともしなく――


「ひゃっほーい」


 ――宙に身を躍らせた。


 浮遊感が全身を包み込む。ドレスが風圧を受けてひらひらと翻している。大広間の大地が眼前へと急速に迫る。

 それを――着地――した瞬間、重心を傾けクルッと方向転換し、バネのように弾け、衝撃を加速度に使った。満面の笑みは、浮かべずにはいられなかった。笑い声は、殺せずにいた。


 全力の私は、夜の王宮を疾走していく。



 ――あー、楽しかった。

 顔はニコニコ。肌はツヤツヤ。裸足でペタペタ王宮の廊下を歩く。髪と服は乱れ、靴も履いていない状態だけど、楽しかったわ。


 流石に人がいそうな区域は避けたが、それでも十分満足したわ。

 王宮を縦横無尽に走れて満足。いやぁ、子供の頃初めて実家の屋敷の広い廊下を目にしたときの感動が蘇ったわ。あの広々とした通路、走ってみない?と囁きかけてくる声が、私には確かに聞こえた。五歳のときだったっけ。あれが人生最初の飛翔(疾走)だったわ。


 それ以来、もはや普通のコースでは満足できなくなり、私はさらに広い天地を求めて外へと飛び出した。

 それが、まさか王宮まで来ちゃうなんて。いやぁ感無量ですわ。メーフィリア選手、ついに王宮コースを制覇しました。


 夜のひんやりした冷たさが、全力を出し尽くした後の火照った肌には気持ちいい。

 足で床の感触を確かめながら、ドレスを引きずって靴置いた場所へと戻ってきた。

 よいっしょっと。これで良し。履いて、元通り。


「ふふん」


 上機嫌で、鼻歌を口ずさむ。

 スキップしながら、余韻に浸る。

 あまりに楽しかったせいだろうか、故に気付けなかった。


「――メーフィリア?」


 曲がり角から、歩いてくる彼――ルークレオラ王子様の姿が現れたことに。


 至福の笑顔が、一瞬にして凍りついた。




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