第二十一話 心の声
――王都。
ルークレオラ王子と二人きりで、彼が先頭になり、案内をしてくれている。さすが王都で生まれ育っただけ有って、かなり詳しかった。
しかし……言えない。実は数日前王宮から脱走して、王都をすでにじっくり堪能したことを。
大通りから、街の隅々まではしゃぎまわり、時折店の商品を手に持って勧めてきて、楽しげに解説してくれている彼に、申し訳無さを感じる。
その気持が表情に出ているからだろうか、笑みは引きつっている気がする。
当然、彼は察して、手に持っていた店の商品をそっと元の位置に戻し、不安げに尋ねてくる。
「つまらなかった…?」
慌てて首を左右に振り、否定する。
「ううん。すごく楽しいです。陛下のお気遣い、ありがとうござい…キャア!?」
突然の人波に押され、体は蹌踉めいた。荒波の中を漂う小船のように揺蕩う体を、誰かの手に抱き留められたのを感じた。見上げると王子様の顔が間近に。
彼の体は密着してきて、すっぽり腕の中に収められた私は、視線を動かせば、そこに覗かせるのは強靭な曲線を描く首筋。ってぇ、近い!
「……陛、陛下…」
あまりの近さに頬が思わず赤く染まる。呼びかける声も弱々しくなり、反応に窮している。
……だって、デートもそうだけど、男の人とこんな至近距離で目が合うのは経験したことなんてないからね。あわわわ……
「――大丈夫?」
「は、は、はい!大丈夫です…」
は、恥ずかしい…。見ると店のおばさんがニヤニヤしながら私達を見ている。『あ~ら、若くていいわね』とか言いそうな表情。違います。違うんだって。違うんだってば!
ああ、恥ずかしい。そろそろ放してほしいんだけど……目で訴えると、察してくれたようで、密着状態から離れてくれた。
「此処人が多いな。気をつけて」
――そう言って、さっと手を繋いできた。
え、え、えぇえぇえぇ!?こ、これは、噂の……はわわわ……
はぐれないように手を繋ぎ、移動を始めるルークレオラ王子。経験したことのない出来事に、あわわわしていて、私はただ流れに身を任せることしかできなかった。
彼に手を引かれ、やってきたのは、街を見下ろせる展望台のようなとこ。
正直生きた心地がしなかった。どこをどう通ったのか記憶にまったくない。やばい。
意識はずっと繋がれていた手に行ってて、顔は赤くなり、頭は風呂上りみたいに熱を帯びている。
「…あ」
彼が振り返り、そこで私の顔が林檎のように赤くなっていることに気が付き、原因を探る視線はあちこちに彷徨い、最後は繋いでいた手に気が付つくと、慌てて放し、
「ご、ごめん」
と謝ってきた。今更すぎる。
フラフラな私はそこらへんに置いてあるベンチに腰を下ろすと、彼も同じベンチに距離を保つように、少し離れた位置に座った。
横目でちらっと窺うと、どうやらルークレオラ王子も恥ずかしかったようだ。ナチュラルに繋いでくるから慣れているんだと思ったが、単純に気付かなかっただけ。
空気を変えようと、彼は明るく笑いながら、露天商で買った串焼きを手渡してきた。
「……ありがとうございます。陛下」
照れを隠そうと、努めて冷静に答えたつもりだったが、
「…可愛かった」
ぼそっと、小さくも確かな音量で呟かれた私宛のその一言に、冷めかけた顔面は熟れたトマト並みの色になる。串を持つ手が空中で止まり、固まる。
串焼き、食べる。…食べるって、陛下の前で?何故か普段は普通に接しているのに、突然恥ずかしく感じる。いや、手を繋いだからって、余計な一言を言われたからって、何動揺していますのワタクシ。へ、陛下とは、誤解を解き、良き友達になるよう頑張りますですの。そう、友達。友達。すなわち友人。フレンド。とも。だから何も遠慮することなんてないですわ。こんな串焼きの一つや二人、完食してみせますわ。まずは、口を開いて、串焼きを入れて、噛む。味がないわ。
「美味しい」
「味がしませんわ」
「え、そんなはずは――」
美味を楽しんでいたルークレオラ王子は私の返事を聞いて、焦った様子で自分の串焼きを口へと運び、味を確かめた。
「…美味しい。いつもの味だよ、驚かすなよ…」
安心したようにホッと胸を撫で下ろし、苦笑を向けてくる。しかし、私は答える余裕などなくて、カチンコチンな表情のまま、味が分からない串焼きをひたすら食べるのだった。
致死量の砂糖が作者を襲う!
二階から決め台詞を叫びながら飛び降りられる系ヒロインですが、スキンシップに弱いです。ウブ故に。
ちなみ誤字や脱字ではありません。串焼きのところ。二人です。パニクってます。