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第十九話 修羅場




 いかん、体に染み付いたバイト根性のせいで、具体的金額を出された瞬間極上の笑顔と共にうんと頷いてしまった。


 金の問題ではなく、金額のほうが問題だったわ。

 ウールリアライナで、領民の皆そこまでお金がないから、仕事で提示される金額は大体その人が払える程度の金額。双方に暗黙の了解があるから、突っ込まないのよ。

 仕事の依頼を出している人の中に、本当に助けが欲しくて、貧困な人もいるから。本音を言うと、無償で手伝いたいけれど、領民からすると、流石にそれはできないし、申し訳程度に適当な金額を言う場合がほとんど。


 それで訓練された私は、相手を傷付けないように、どんな金額でも言われた瞬間笑顔を見せ、頷く癖が付いていた。


 ……過ぎたことを悔いても仕方がない。切り替えていこう。幸い、私が暇なときでいいという条件なので、お言葉に甘えて、そうしますわ。


 と、その後は一旦部屋に戻り、王子妃だと一目で分かるような高貴のドレスに着替えて、気分転換に城内をぶらぶらしている。


 麗らかな昼下がり、花の香と草の匂いに釣られて、緑生い茂る中庭へと向かい、足を踏み入れる。


 目を閉じ、響いてくる風の音に耳を傾けているその時だった。

 足音と、口論をしている声が聞こえてきた。声は段々と近付いてきて、中庭から出ようにも出られず、慌てて草むらの影に隠れ、様子を窺う。


 中庭へと入ってきたのは、男性一人と女性一人。


「――陛下、納得できませんわ。どうしてあんなド田舎の貧乏貴族の小娘などと」

「ヘリミティア、言ったでしょう、俺は責任を取ると」


 ――男はルークレオラ第一王子だった。


「陛下は誑かされてますわ。そうに決まってます。辺境の薄汚い恥知らずが、陛下が婚約者を探していると聞いて、策を弄したに違いありませんわ」


 ヘリミティアと呼ばれ、バラを象るような上質なデザインの、鮮血を彷彿とさせる真っ赤なドレスを身に纏っていた女性が、感情を顕にし、憤慨している様子で続く。言葉が紡がれる度、淡い金色の長い髪がゆらりと動く。


「――大体、傷物にしたって、あんな辺境貴族、無視すればいいだけの話ですわ。陛下は女狐の色仕掛けに騙されていますの。国王陛下も、王妃様も、ワタクシも、皆、陛下の言うことを信じます。なかったコトにしましょう?陛下、今でも遅くありません、私と――」


 縋り付くように、ルークレオラ王子に近付くヘリミティア。

 そんな彼女を見ながら、


「すまん、ヘリミティア、どうやら俺たちの価値観は違うようだ。それ以上は言わないでくれ、お前を傷付けたくはない」


 王子が、悲しそうな顔で彼女に向かって告げた。

 それを見たヘリミティアは、顔が一気に青ざめ、


「――陛下は、ワタクシより、あの小娘のほうが王子妃に相応しいと仰っていますの?あの、貴族としての格も、家柄も、歴史も、地位も、あの女狐のほうが相応しいと言いたいですの?」


 問われたルークレオラ王子は、首を軽く左右に振り、柔らかな声色で、


「そういう問題じゃない」


 と短く答えた。やんわりも、はっきりとした拒絶。

 ヘリミティアは王子様の返答に、肩を上下させながら、怒りを孕んだ声で、


「……話になりませんわ」


 王子様に背を向け、一度も振り返ることなく、ズカズカと中庭の出口へと向かって、ここを出た。

 去り行く彼女の後ろ姿を見ながら、ルークレオラはひどく悲しそうな表情を浮かべる。


 ……これ、修羅場?修羅場なの?

 出ていくタイミングを逃してしまい、結局一部始終を見てしまった。と言うか王子様、黄昏れてないでどっか行ってほしい。

 まあ今出ていくとヘリミティアの後を追うような形になり、引き止める気と誤解させかねないかもしれないから、この場にあえて留まり続けるのだろうけど。


 ――しかしいつまで経っても、王子様はここを離れる気配を見せずにいる。それどころか、私が身を潜めている近くのベンチに座り、空を見上げ眺め始めた。困る。草むらに隠れ続けるのもそろそろ限界だ。

 虫の集中砲火を受けて、避けようと動いた瞬間に小枝を踏んで――バキッと音が静かな庭園に響いた。


「誰だ!」


 当然、ルークレオラ王子の耳にもその音が届き、彼は素早く立ち上がり、周囲をくるっと見回し、音のした方向――私が隠れている草むらへと近付いてくる。

 …観念するしかない。

 草むらはそのまま彼の手によって掻き分けられ、


「――いいお天気ですね。陛下。ご機嫌…麗しゅう」


 強引に表情筋を動かして、引きつった笑顔を浮かべる。

 二人の時間は、止まったかのように感じる。

 彼は口を半開きにし、草むらをかき分ける手はそのまま止まっている。私は蹲っていた体勢から彼を見上げ、ぎこちない笑みを見せる。


 やがて、彼は戸惑いを見せながら、絞り出すように言った。


「…あぁ、とてもいい天気だな」


 ……これはセーフ?セーフなの?

 大きく息を吐き出し、ルークレオラ王子は脱力したように芝生の上に座り込んだ。


「…ここにいるってことは、格好悪いところを見られたか」


 苦笑しながら、自嘲をするように言うルークレオラ王子。


「……はて、なんのことでしょう。私は空の青に目を奪われ、風の歌に耳を傾けていましたわ」

「…気遣ってくれてありがとうな」


 今度は、少し元気が出たように笑うルークレオラ王子。


「――だが誤解しないでほしい。ヘリミティアは俺の……友人だ」


 ――あんたがな。陛下の誤解を早く解きたいです。

 王子様は軽く隣りにいる私を一瞥し、窺ってからゆっくり語り始めた。


「俺が十五歳までは、王都で育ち、交友関係も広くなかった。…ヘリミティアも、他の貴族令嬢と同じく、当時俺がよく接していた友人の一人だった」


 やけに友人って強調してませんか?陛下。気のせい?


「それまでは、王族、貴族は格というものがあり、平民とは違う。って、受け入れていた」


 彼は遠い目をしながら、中庭を眺める。


「もちろん、違うと言っても、拒絶や嫌悪することはなく、至って普通に接していたんだ。知ってのとおり、現王妃――母上は、子爵出身の貴族令嬢」


 ああ、知っている。王国の歴史を鑑みても、異例と言えよう。貴族の序列からして、子爵の貴族が王族と婚姻するなど、ほとんどありえないようなこと。

 ただロンレル王国自体が、そこまで規律厳しい国ではないから、多少許されている感は有った。

 何より前代の国王も、ルークレオラ王子様に勝るとも劣らぬ大変理解のある方で、民に愛されていた。

 だが流石にウールリアライナ家は訳が違う。子爵でも立派な貴族。ウールリアライナなんて貴族と名ばかりの存在。一般に呼ばれている辺境伯とも違うし、正真正銘の辺境貴族。


「だからだろう。俺はそもそも身分はそこまで意識してなかった。母上は優しいし、すごく尊敬できる人だ」


 優しい王妃様、ぜひ息子に正確な知識教えて下さい。女性と褥をともにしたらウンタラカンタラは困ります。


「しかし貴族の交友関係なんてたかが知れている。狭い世界の中にいた俺は、将来は公爵令嬢か、伯爵令嬢と結婚するんだろうねとぼんやり考えてはいた。十五歳の時までは」


 王子様は一旦、言葉を区切ってから、


「西の、戦場に赴任するまではな」


 ロンレル王国は、近年西の荒野にいる蛮族と戦争状態にある。本当はもっと早く行かせたかったらしいが。ルークレオラはそこで、戦場を知った。そして自分の無力と、命の儚さ、尊さを知った。

 朝一緒に戦ってくれた同僚が、夕方は死んでいた。そんなことは日常茶飯事。敵の前、悪意の前、身分はなんの役にも立たない。そこで彼は、身分とは関係なく、大事なのはその人自身だということを学んだ。


「世界が広がったような感じだよ。そのおかげで、身分の壁を超えた親友が何人もできた。皆平民出身だ」


 そもそも彼は元々、民との距離が近かった王族。今の考えに至るまで、さほど時間はかからなかったんだろう。


「だがヘリミティアと他の皆は、賛同はしてくれなかった」


 戦争の話になり、暗くなった王子の顔色が、さらに暗くなっていた。

 聞けば、ヘリミティアを筆頭とする貴族令嬢たちは、自分自身の格と釣り合うような相手以外は、婚約を結ぶ気はないらしい。

 王都に戻ってから、彼女たちと言葉を交わしても、理解を示してはくれない。その上、次期国王ルークレオラ王子には婚約を持ちかけ、何度もアタックしていた。だが突然自分との婚約を拒み続けた王子様が、どこの馬の骨とも知らない辺境の小娘と結婚するらしい。だから我慢できなかったんだ。――それで、あの修羅場。


「大変ですね。陛下」

「他人事みたいに言うな、お前は」


 ルークレオラは苦笑していた。


「まあ、このほうがいい、俺は堅苦しいのは好かんと言ったろう。気分転換に明日城下町一緒に散策に行こう」

「失礼。陛下の苦労をお察し……え?」

「王都を案内してやるから。明日の朝九時な」


 え?え?……ルークレオラに満面の笑みを向けられ、悟る。どうやら決定事項のようだ。




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