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第十八話 食料庫のライフは




 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。

 朝食をエリンと一緒に食べ、平和な朝の空気を楽しんで、優雅に食後の紅茶を啜っていると――、

 エリンはなにか思い出したかのように、口を開く。


「そう言えば、昨夜のことですが、宿舎に帰る途中に城内のコックさんたちが大騒ぎしていました。――今まで見たことのない幻の料理が現れ、それを作った人を探しているんだとか。……すごい剣幕で聞かれましたよ、びっくりしました。その人を知らないかって……メーフィリア様?」


 ゲホゲホと思わず咳き込む。吹きかけたがなんとか耐えました。淑女はテーブルを汚さない。

 ……ごめん、それ、私だ。


 昨日はただ美味しい料理を皆と分かち合いたかっただけなのに、まさかあんな大事に発展してしまうとは思わなかった。

 しかし困るな。いくら自由行動の制限がなくなったとは言え、初日で派手に動きすぎた感は否めない。その上一番の問題は私の変装。バレたら宰相から確実に目つけられるだろう。これは由々しき事態だ。

 ……なんとかしなければ。


 昨日の反省も兼ねて、今日は自重しようかと考えていたこの矢先に。




 というわけで、

 すっかり普段着となった侍女の作業服に着替え、柱の陰から身を乗り出し、遠くから大キッチンの様子を窺う。


 朝食の後、昼食の前。昨日と同じ時間帯なのにも関わらず、大キッチンの中にはコックさんたちが集まり、ただならぬ雰囲気を感じさせる。

 柱に隠れて窺う私は、早速昨日のコックさんと見習いの少女に見つけられ、指を指されながら声を上げられた。




「……昨日と同じ時間に、ここで張ってれば来ると思ったんだ」


 中年のコックさんがニヤリと笑う。


 場所は城内の大キッチン。コック全員が輪になり、逃すまいと私を囲んでいる。怖い。

 ウールリアライナの狩猟祭を思い出すな。こんな感じで皆で獲物を包囲し、狩っていたな。


「……苦労したぜ。あの後、同じものを再現しようって試したんだが、無理だった。どう頑張っても味の再現ができなかった。悔しくて悔しくて、無我夢中に作って、作って、作りまくって、そのおかげで――」


 中年のコックさんが、感慨深げに目を閉じ、悔しそうな表情を浮かべ――コツコツと、足を進め、とある場所の前で止まった。


「――食料庫がスッカラカンだぁ!」


 振り向き、くわっと目を見開き、大声でそう叫んだ。彼の背後の食料庫は、大きな空洞になっていて、まるで盗賊に襲われた直後の様相を呈している。

 他のコックさんたちも、袖で涙を拭き、ウンウンと頷くばかり。…いや、だから知りませんって。


 なんと言うか、この人達、皆純粋なんだろうね。


「だからさ」


 中年のコックさんが私に向き直って、激昂した声で、


「教えてくれ……!レシピを…!ぜひ、教えてくれ……」


 お願いだぁ…この通りだぁ…!と、中年のコックさんが深々と頭を下げてきた。私を囲んでいる周りのコックも皆、続々と頭を下げる。えぇぇ……引くんですけど……。

 と言うか泣いているコックさんもいる。そこまで?


「頭を上げてください。そんな大した料理ではありませんよ」


 辺境の田舎伝統料理です。すみません。


「何を言う。私達がどんなに頑張っても完璧に再現できなかったものは、すごい料理に決まってる!」


 中年のコックさんがいきなり顔を上げ、力説する。寧ろ気になるわ、なぜ城内のコックたちが全員、食料庫をスッカラカンにしてまで再現できなかったのかを。

 しかし、教えるのはいいが、今、レシピって言われなかった?


「教えてというのなら喜んで教えますけど、レシピなんて、ありませんわよ?」


 そもそも辺境の田舎料理にレシピなんて言うお上品なものがあるはずない。皆見て学べだ。見様見真似だよ。一緒に料理をしている領民のおばちゃんたちに聞いてもね、ここをこうやってこうするんだぁって返されるだけ。

 その上皆自己流だから、同じ料理なのに家が違えば味もぜんぜん違う。そういう意味では、すごく個性が出ているなと思う。


「嘘だぁ!!!教えるつもり無いから適当こいてんじゃねぇよ」


 中年のコックさんにすごい剣幕で睨まれた。他のコックたちも鬼の形相を浮かべている。中には包丁に手を伸ばす人も。怖い。


「いや、本当だって」

「じゃぁ言え。どうやって料理を作るんだお前さんはよ」

「えーと、普通に?」


 答えようがないので、ふわっとした答えになってしまった。当然コックたちがそれで納得するはずがなく、


「作ってみろ」


 えぇ……まぁ言われたんで、作りますけども。

 と、せっせと簡単な料理を作ったんだが、今度は、


「そんなありふれた料理じゃレシピなんか要らないし関係ない。俺のオリジナル料理を作ってみろ」


 と言われ、まず中年のコックさんに一度そのオリジナルを作ってもらい、食べて覚えてから再現してみせると、


「あり得ん…俺のオリジナルがぁ…完全に再現されたんだと……!?細かい味まで完璧に…あり得ん……」


 信じられないといった様子で、床に両手と膝を突き、打ちひしがれている。周りのコックさんたちも顔を引きつらせている。えーと、すいません……。悪いことをしたのかな……。

 しかしこれでようやく信じてもらえて、ショック状態からまだ立ち直れていないのにも関わらず、立ち上がった中年のコックさんは、憔悴した表情を浮かべ、


「お前さん、天才かよ」


 え……ほ、褒められているのかな……?


「まぁ途中から薄々と気付いたんだがな。包丁の扱いとか鍋とか、妙に手慣れていると言うか。こりゃは嘘は言っていないなと。しかし、俄に信じられん……」


 どうやら他のコックたちも全員、同感のようで、ウンウンと頷いている。


「――が、仕方ない――レシピは諦める。その代わり、大キッチンで働いてくれ。お前さんが暇なときでいいから、その腕を見込んで頼む。あぁ、ちなみに給料は……」


 それは困る。お金の問題ではありません。こう見えても、私、辺境の田舎領地とは言え、貴族令嬢です。そんなはした金で釣られるとでもお思いですか、誠に心苦しいですが、その提案は断らせてもら――


「一日で10000はどうだぁ?」

「――喜んで。よろしくお願いしまぁす」




壁|ω・)チラ < やめたげて!食料庫のライフはもうゼロよ!

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