第十七話 長閑な昼下がり
厨房を後にした私は、昼に備えて、早めに自室へと戻ってきた。昼食までの間は、売るために作っていた服の続きを。
そのまま正午になり、部屋の扉を開けて、エリンと別の侍女たちが料理をカートに載せて、部屋の中に運んできた。
テキパキとテーブルに料理を並べ、終始無言に徹していて、ニコリともしない侍女たちは、ペコっと軽く頭を下げ、一礼してからゾロゾロと退室していく。
……空気が重い。
一緒に食べようって誘いたかったが、また宰相に、上下関係云々で怒られるのは嫌だな……。仕方がない、エリンと二人で食べよう。と言っても、エリンは侍女専用の食事なんだけどね。
…エリンに用意された料理に目が行く。気のせいなのかな、そっちのが美味しそうに見える。
「…メーフィリア様?」
私の視線に気が付き、小首を傾げるエリン。
「…エリン、これあげるから、そっちのを頂戴…」
調理された料理をフォークで切り取って、エリンに提示する。これで手を打とう。交換しては如何でしょうか。
「…いけませんわ、メーフィリア様に、侍女の食べ物を食べさせるなんて……恐れ多いです」
正論だけど、しょんぼりです。
結局ピザはろくに食べてなかったし、ウールリアライナ領にいた頃の食事と比べて、王宮のほうが逆に食が細いわ。
だって普通に森に入って、害獣仕留めてそのまま焼いていたし。毎日がバーベーキューなんだ。食べきれなかったのを持ち帰って領民の皆にお裾分けしていたな……。
「…そう言えばエリンは何が好き?」
食べ物について。食べ物繋がりで。
「私ですか?……そうですね…色々ありますよ?特に好き嫌いとかありませんから。でも強いて言えば、ビーフシチューです。とは言っても、ヘルクの街は、そんな裕福の領地ではありませんから、滅多に食べられませんけどね」
食べ物に思いを馳せながら、スプーンでスープを掬って、口に入れるエリン。
ビーフシチューか、私も好きです。今度作ろう。
しかしヘルクの街か、名前自体は聞いたことがないな。まあ、これは単純に私の見聞不足なんだろう。あの運命の悪戯とも言える宴会まで、ウールリアライナ領から一歩も出たことがない私は、当然王国の地理には詳しくない。
エリンの生まれ育った街だと言うことは、話の流れで推測できる。
「気になります?メーフィリア様」
「うん、普通に気になる。だってエリンの生まれ育った街だもの」
この前は宰相の話を聞き、彼女の故郷は蛮族によって滅ぼされたことを知っている。しかし変に気を使うより、フランクに接する方がいいと思う。友達だから。もちろん言いたくなければ、言わなくていいし。無理に聞くこともない。その時は素直に謝る。
それをエリンに伝え、彼女は小さく微笑み、
「……メーフィリア様、お気遣いありがとございます。大丈夫です」
と言ってくれた。そしてエリンは静かに語り始める。
王国の東と北は、海に面している。
私の故郷、ウールリアライナ領は、古代山脈と隣接しており、王都から見れば一番遠く離れた南の辺境領土である。
そして西――国境付近の地形は平坦な平野、草原が続いており、長閑な印象を受ける領地が多い。国境を越えれば、そこから先へと続くは蛮族が支配する荒野の大地。
昔からロンレル王国と西の蛮族は何度も戦争をしてきたが、最近数十年は、蛮族は西の豊かな農業に適した平野を狙い、手に入れようと頻繁に戦争を仕掛けてきている。
そんな中――戦火に巻き込まれた領地の中に、ヘルク――エリンの生まれ育った故郷が含まれていた。
「ってことはエリンもカニを食べたことがないのね」
ヘルクの領地は農業が繁盛な街で、主な特産は家畜の輸出と牛乳。だからエリンはビーフシチューが好きなのだろう。それについては共感している。なにせウールリアライナも同じく大自然に囲まれている領地だから、農業がやたら発達している。
「えぇ、見たこともありませんね。そのカニとか言う食べ物……魔獣なのでしょうか?」
「中身はうまいらしい。私はからかわれていると思うけどな」
「そうですね、私も同意見です。メーフィリア様の話を聞く限り、とても人が食べられるものとは思えません……」
と、隙きあり。フォークを伸ばし、理由が侍女だから交換してくれない、エリンの料理の一切れを掻っ攫う。
「――ああああぁ、いけません、メーフィリア様……!」
「だって食べたかったんだもの」
その代わりに、自分の料理をエリンへと差し出す。エリンが本気で断っているのではなく、あくまで王子妃が侍女の食べ物を召し上がるなんて、恐れ多いという感じだ。
笑顔をエリンに見せると、流石に諦めてくれたのか、ため息を吐いて、
「宰相に見つかれば怒られますよ、メーフィリア様が」
「証拠隠滅完了」
ドヤァ顔で、ハムっとその一切れを口の中に放り込む。もぐもぐ、ん~~~美味しい。
「……クス、これで、共犯ですね」
彼女はクスクスっと笑いを漏らし、差し出されてきた料理へとフォークを運び、倣うように自分の口の中へと放り込んだ。