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第十四話 いつかは言える、きっと




 ――駄目か。

 目の前にある石造りの扉は開かない。施錠されているんだ。


 試しに押しても、引いても見たが、ビクッともしなかった。それもそうか。この先は中庭へと通じる通路。言わば外と中の境界線。窓からちらっと見ただけでも、昼間より警備が厳重になっていることが窺い知れた。


 情報収集ついでに外の空気を吸いたかったが、致し方ないね。ここで引き返そう。

 窓の外に目を向け、月の位置を確認する。現在時刻は、十一時すぎかな。


 歩いていると、先通り掛かった書斎の前に来たが、中からは相変わらず光が漏れ出している。

 ――王子様、まだ起きている。熱心だね、こんな夜中まで勉強しているとは。


 それはそうと、ここでバレたら元も子もないので、注意を払い、一層足音を立てないよう気をつけながら、中の様子を覗き込む。

 目に飛び込んできた光景にビクッとなり、動揺をしてしまった。


 背筋を伸ばして書類とにらめっこして、時折ペンで文字を書き記していた王子様が、顔を机に埋めて突っ伏している。

 ――え、どういうこと!?大丈夫!?刺客!?暗殺者!?曲者!?と言うか王子、あんた無事?


 クエスチョンが一杯湧いたけれど、体は冷静に周囲を素早く見回し、襲撃者の存在を確認する。ここで飛び出していったら、助けるどころか私まで狙われて共倒れだ。


 しかし辺りは静まり返っていて、怪しい影が一つもない。まあ、強いて言うなれば、おそらく今の状況を百人が見て百人が口を揃えて言うだろう。私が一番怪しいと。


 周囲の気配を探り、誰もいないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。

 急いで書斎の中に入り、王子に駆け寄る。


 慌てて彼の様子を見ようとしたが、その時、気付いた。耳にも、その音が届いた。

 …彼は、安らかに寝息を立てていることを。


 ……何だよ、人騒がせな。心配して損した。ビックリしたわ。

 寝るなら、ちゃんとベッドで寝てよ。はあ~。

 それもそうか、よくよく考えたら、外へと通じる扉は夜間、全部施錠されているもの。曲者など忍び込めるはずがないわ。私が全部見たし、破壊された痕跡はない。


 取り敢えず、彼は無事で、ただ寝ているだけ。その事実に安心し、落ち着いたところ、周りに興味を惹かれて、部屋の中に視線を好奇心の赴くままに走らせた。


 書斎だと思ったが、本棚に目を向け、よく見てみると、置いている本の種類が多様で、明らかに個人の趣味の域を出ない本から、どう見ても政務の公文書まである。

 となると、此処は書斎などではなく、どちらかというと政務室兼書斎のほうが正解だろう。

 まあ、ジロジロ見るのも良くないし、この程度で退散しようと考えて、背を向け、歩いて部屋を出ようとした時、


 ――振り返り、背後にいる彼をちらっと一瞥した。そして部屋全体を、もう一度軽く見回した。

 ……ない。毛布が。

 …このままだと、風邪引きそう……。毛布、持ってこようかな…?


 何処から入手したらいいのかって考えて、しばらく毛布の在り処について思案する。

 近くに侍女たちの部屋なんてない、はず。うーむ、洗濯済みの置き場から拝借して此処まで持ってくることができれば問題ないのだが、残念ながら何処に置いているのか分からないのよね。

 適当にその辺の部屋を開けて、「お邪魔します。毛布の納時だ、徴収します」ってわけにも行かないし。


 となると、残りの選択肢は一つしかない。

 そう、私の部屋だ。


 …仕方ない。うまくやればバレないでしょう。王子様に風邪を引かれるのも可哀想だし、引かれるよりマシ。


 そうと決め、私は足早に自分の部屋へと向かい、毛布を――




 ――持ってきました。

 途中、誰かと会わないかヒヤヒヤしたものの、誰とも会わなかったんでセーフ。


 品選びはもちろん、何処の部屋にも置いてあるようなヤツ。こういう細かいところで夜中出歩いているのがバレたら溜まったものではないわ。


 私の計画は、王子様と会って、喋って、互いのことをよく知り、仲良くなり、友人関係を築くこと。そしたら打ち明けても、ダメージは少ないと思う。

 男性にとって初めてはデリケートな問題だと聞いております故、扱いは慎重に。


 静かに寝息を立てている王子様に、風邪を引かないように毛布を掛ける。

 これで良し、よ。


 と、彼の顔の横に、置かれていた書類に目が行った。どうやら公文のようで、それを手に取って見ると、

 王国の国民生活報告書、貧困比率、貿易の改善、今年不作の地域、盗賊が頻繁に出没する地域からの軍隊派遣要請などなど色々。

 一枚ではなく、次のも、その次も。全部。


 そうか、彼はこんな夜遅くなるまで一生懸命皆のために働いていたのね。


 その寝顔を見つめ、

 ゆっくりと彼の耳に顔を近付け、小声で、


 ――王子様、あなたは誤解をなされています。私、妊娠なんてしてませんよ?


 …なんて、言えたらいいのにな。今は、まだ秘密です。しかし、いつかは……。

 そんな願いを胸に抱き、部屋から出た。




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