第十三話 夜の城って怖くない?
蝋燭の心許ない明かりに照らされた室内は薄暗く、窓の外は満天の星と浮かび上がる月が煌めく。
時刻は夜の九時過ぎ。城の侍女たちに運ばれてきた食事を食べて、しばらくお喋りして、もう夜も遅いのでエリンは使用人専用の宿舎に帰ってから数時間後。
城内部はシーンと静まり返っている。
使用人たちは夜に出歩くことはあまりない。代わりに巡回する衛兵たちは増え、警備は昼より厳重になっている。
頃合いを見計らって、目立たない侍女の服に着替え、音を立てないように扉を開けた。
この一週間では、夜は誰も訪ねてこないことを鑑みて、今こそが好機だと考えている。
城を探検……ではなく、構造を把握してみよう。
決してワクワクなんかしていませんよ?
蝋燭も持たずに廊下を進む。幸い、廊下は一定間隔に壁に蝋燭が備え付けられていて、明かりが灯されているので、それほど暗くはない。
が、
荘厳な彫刻も、精巧な飾りも、窓から差し込む月の光に照らされ、時折揺らめく影は昔のお伽噺に出てくるような魔物を想起させる。風が窓を叩く度に、ビクッと反応してしまう。
気分はさながら肝試しの最中。
人っ子一人いない長い廊下、徒広い広間、いくつかの部屋を回り、今は城の西側にいるのかな。窓から見える中庭の景色を頼りに、位置と距離を把握する。
一通りは見て回った。
蔵書豊富な王宮図書室も、料理をする大キッチンも、食料庫も、途中で開かない扉もいくつか有ったが、場所を考えると施錠されていることは当たり前で、おかしくはない。
流石に王宮の宝物庫に通じる扉や、国王陛下の寝室への道が無防備では困る。私が。
大丈夫かと心配になる。
しかし王子様の居場所は分からない。
まだ見てない場所はと言えば、私の寝室からかなり離れた王宮のこの先。
どういう場所なんだろう、と首を傾げながら歩く。
――薄暗い長い廊下の先に、一つの部屋から僅かな明かりが漏れ出している。
誰か、いるの?
咄嗟に足音を殺し、気配を最小限に抑え、耳を澄ませる。
大きな物音はしなく、耳が捕まえたのは微かな、書類を捲る音。
恐る恐る部屋に近付いてみる。
――扉は、開いている。半開きの扉から、中の光が漏れたんだろう。
ペラ。
また一つ、ページを捲る音がした。
好奇心には勝てなく、扉の隙間から中を覗き込む、
部屋の中は無数の書物が所狭しと置かれていて、本棚に入り切らないのだろうか、乱雑に床に置かれていたものまである。壁が見えないほど本棚がギッシリと並んでいる。
蝋燭の明かりが爛々と輝き、微弱な光に映し出されている部屋全体。積み上げられた書物の塔、それらの影が山を作り、谷を作る。そんな影の国を統べる主のよう、一際大きな存在感を放つ一つの人影。
書物を読み解く姿は古の賢者を彷彿とさせ、向けてくる背中は物静かで。
目の前の書物を一心不乱に見つめ、捲り、ペンを走らせている。黄金色の髪の毛は闇の中で輝き、時折主の動きに合わせ、波のように揺れ…――って、何見惚れとんのよ、元凶ではありませんか。
――ルークレオラ王子だった。
こんなところにいたのね。というか此処は何処?…見たところ書斎だと思うが。
うーん、どうしよう…声を掛けてみるべき?いや、書類に集中しているようで、邪魔しちゃ悪いし。と言うか、掛けたら掛けたで、なんでお前がここにいるんだってならない?――なるわ。
ではこのまま立ち去るべき?それもなんだかな。せっかく見つけたのに。
――困る。進退に窮するとはこのことよ。
仕方ない。場所は分かったんだから、明日また此処を訪ねよう。
そう考え、足音を立てずに部屋の前から、気付かれないように離れ、此処の奥を調べに行くことにした。
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