第十二話 自給自足
彼女の両手を握り、上下にブンブンと握手。
やったね、友達ゲット。今日からあなたが私のお友達。
実を言うとね、当たり前と言えば当たり前だが、王都では誰一人友達や知り合いがいません。日々誰かと楽しくお喋りはしたいけれど相手がいません。
エリンは照れながら、優しく微笑み、
「メーフィリア様は大変優しいお方ですね」
「そりゃ、田舎の辺境貴族だからね」
「…え?」
私の言葉を聞いて、エリンはキョトンと固まったが、数秒後、顔を綻ばせて。
「メーフィリア様は冗談もお上手ですね」
クスクス笑いながらそう言った。
うーむ、信じてもらえない。
「冗談ではないけどね。ウールリアライナって名前の貴族と領地、聞いたことある?」
「……そう言えば」
エリンは唇に人差し指を当て、記憶の引き出しを一つ、一つと開けていき、どこにも見当たらないということに気が付いた。
「王国の南にある、田舎の辺境領地でさ。古代山脈の近く。領民も僅かで、有力とは言えない」
自分で言ってて悲しい。
王国での貴族のイメージと言えば、偉そうにふんぞり返っている印象しかない。実際、間違ってはいない。
有力な貴族たちは、領民から税金やら収穫やら巻き上げ、それでいい暮らしをしているという話はよく聞く。
それが一般人の貴族に対する認識だろう。寧ろそういう面で言えば、領民と仲良く、税金は少ないどころか、たまに自腹で食料を購入して領民の皆に振る舞ったりしている時点で、他の貴族たちから見れば、ウールリアライナ家は異例の類なのだろう。
もっとも、税金の巻き上げや収穫の上納などは、ひどい国と比べると、ロンレル王国の貴族は比較的温和だけど。王族に至っては民に慕われている。
「…ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるエリン。
「いいのいいの。田舎田舎って言われているけれど、自然に囲まれてるいいところだよ」
申し訳無さそうな表情を浮かべるエリンに、軽く笑い飛ばす。
「…まあそれは置いといて」
夕食が運ばれてくる前に、スキマ時間を有効利用しよう。
隠していた今日の戦利品を取り出して、服を作り始める。
それを見たエリンは、不思議そうに尋ねる。
「…メーフィリア様、何を為さっているのでしょうか?」
「裁縫。新しい服作らないと色々困る」
主に脱走と収入。
あろうことか、王子妃の私は、食事、着替え、生活面では予め用意されていて、贅沢の限りを尽くし選び放題だが、金だけはくれないという。
まさに訳の分からない状況。
これは生殺しもいいところだ。使用人もいて、食事は極上の美食が用意されて、服は綺羅びやかで。
――しかしお金は、ない。
「えーと、服にご不満がお有りなのでしょうか?」
「ないよ。若干高級すぎて引くけど。お金がほしいから自分でなんとかしなきゃ」
メーフィリアはバイトの領主令嬢から、自給自足の王子妃へと進化した。
「…お金?…メーフィリア様は、王子妃です、よね?」
まあね、肩書だけなら。誤解なんだけどな。早く誤解を解きたい。
「エリンはルークレオラ…王子陛下に拾われたって言ってたよね?陛下今何しているの?この一週間、会っていないんだけど」
「すみません、よく分からないんです。私も王都に連れてこられてからは、屋敷に預けられて…」
そうか。会いたいけど、そんな簡単には行かないのですね。
脱走経路を優先してしまったせいで、王宮の構造がまだ不明な場所が一杯あるのよな。慎重に慎重を重ね、ちゃんと把握しておくべきだろう。いざというとき追跡を撒くための抜け道や隠し部屋も……。
幸い、王子妃という身分上、ある程度の自由行動が許されている。
宰相に見つかればいい顔をされないだろうけど……顔を隠すためのヴェールを先に作っておくべきだったか。
夕食までの間、エリンと楽しく喋りながら針を動かしていた。