第十一話 友達
無事城に戻り、侍女の格好のまま、小脇に包みを抱え、廊下を素早く進む。
人が来たらうつむいてやり過ごす、もしくは遠回り。
幸い、この時間帯なら使用人たちも各々の仕事に励んでいるので、アクシデントなく部屋に辿り着いた。
此処でようやく一息。
手強かった。さすが王城。生まれ育った屋敷は比べ物にならないわ。
と、見つかる前購入したものを隠そう。
幸い、なにか思惑があるのかは分からないが、この一週間私に固定の使用人がいない。
……王子様の結婚相手にそれはどうだろうと思わなくもないが、現状監視役がいないことは芳しく思う。
誰か特定の使用人でも付いたら、自由に動けないからね。脱走は夢のまた夢よ。
とりあえずこんなものかな。急いで侍女の服を脱ぎ、普段着として与えられた格式高いドレスに着替えた。
窓の外に目を向け、
思い返せば、王子殿下は一週間前の謁見のとき以来会っていない。
宰相は何も告げてはくれないまま、一週間が過ぎた。
聞いてみたいが、答えてくれなさそうな雰囲気なので、諦めた。
実際接して分かったんだけど、あの人メチャクチャ堅物なんだ。一緒にいるだけで気が滅入りそうになって、逃げ出したくなる。
他の貴族たちも、会っていない。宰相による配慮なのだろうか、あの謁見の騒ぎと噂を考えると、分からなくもない気がする。
快く思われていないのだろう。宰相だけでなく、ほとんどの貴族たちは、私のことをそう思っているのでしょうね。
しかし、そんなことはどうでもいい。それより、王子様の誤解を解き、ウールリアライナ家と王国の皆が幸せに終わる方法を探すのが目下の急務。
そんな事を考えていると、扉がノックされ、
「メーフィリア様、失礼します」
宰相が扉を開け、入室してきた。
一応、様なんて呼ばれてはいるが、宰相の態度は冷たい。
私は努めて冷静に、礼節を欠かさないように、軽く頭を僅かに下げ、挨拶をした。
――バレて、ないよね…?脱走したことも、外で買い物したことも。
宰相は視線を部屋全体に這わせ、何か異変はないか確認する。
視線は鋭い。
「……コホン。失礼。メーフィリア様、この一週間に使用人もなく、さぞ心苦しかろう。私とて不本意であります、どうか許してください。しかし、そのような辛さを味わうことももうなかろうと。エリン」
そこで、ようやく気がついた。宰相の後ろに、一人の少女がいることに。
呼ばれて前へ出た一人の少女。侍女の服に身を包み、長い髪はシルクのようにキラキラと輝き、滝のように流れている。くりっとしたエメラルド色の目と幼さの残る顔立ちは、彼女がまだ成人していない事実を語る。
少女はペコリと、深々頭を下げてきて一礼した。
「エリンです。メーフィリア様、よろしくお願いします」
釣られて反射的に頭をペコリしそうなのを堪える。いっけない、今の私は王子妃だった。領地の貴族令嬢ではない。柔らかい物腰に慣れると中々。この前うっかりやっちゃったせいで宰相にこっぴどく怒られたばかりのに。
「メーフィリア様、彼女はルークレオラ王子様から特別にメーフィリア様への専属使用人でございます。私も陛下のお気遣いに大変感服いたしまして……」
まるでタイミングを図ったかのように。言ったそばから。
宰相が長々と語り始めた。
「というわけでございます。エリン、メーフィリア様をよろしく頼みますぞ」
要約すると、エリンはこの前西の蛮族との戦争で攻め滅ぼされた領地の町長の娘で、戦争により両親を数年前に失い、住む街も戦争でなくなり、身売りしていたところをルークレオラに拾われ、今は奴隷の身ということ。
ちょっとダークすぎてドン引きするくらい悲惨な過去。良かった、ウールリアライナ領が南の古代山脈に隣接する辺境領地で。西の領地だったら蛮族の脅威に曝されていたな。
言うべきことはもうないのか、宰相は退室していった。彼女を残して。
扉の閉まる音と共に、室内は静けさを取り戻す。ポツーンと残された彼女は背筋を伸ばして、姿勢正しく畏まっている。
「……」
無言で佇んではいるが、目が合うと、ペコリと小さく頭を下げてくる。
……とりあえず、なにか話そうか。沈黙に耐えられません。
「エリン?えーと、とりあえず座ろうか?」
「……ご厚意ありがとうございます。ですが申し訳ございません、私は使用人ですので、そのようなことは恐れ多く…」
やんわりと断られた。
いや、まあ、身分を考えるとそうなるわな。仕方ないといえば仕方ない。しかし私だってそんな高貴なお方ではありませんわ。何しろ辺境貴族と町長の娘、身分差殆どないと思う。
王子妃?誤解ですの。
御用とあらば何なりと申し付けください、そんな雰囲気を醸し出しながら、静かに佇んでいるエリン。
さて、どうしようかな。
ベッドの上に腰を下ろし、ポンポンと横を叩く。手招きをする。
「……?」
呼ばれたことを理解し、困惑の顔で近付いてくるエリン。
もう一度、横をポンポンと。
すると、彼女は察して、申し訳無さそうな顔になり、
「メーフィリア様、あの、申し訳……」
――今だ。手を伸ばし、彼女の腕を掴んでベッドへと引き寄せる。
「――キャァ!?」
二人してベッドに体勢を崩した状態で倒れ込んだ。
慌てて起き上がろうとした彼女だが、その腕を掴んで引き止める。
「私は高く止まって人を見下すのが好きではありませんわ。目線は同じ、ね」
ニコッと笑いかける。
今は肩書こそ王子妃だけれど、実際のところ心境は辺境貴族の頃と変わらない。領民の皆とは元々距離が近く、身分なんてあってないような生活を送ってきたから、そうやって距離保たれると気が滅入っちゃうわ。
「……いけません、私は奴隷の身です。メーフィリア様のような高貴なお方とは決して馴れ馴れしく話してはいけません、ましてや同じ目線の高さなんてできません」
エリンは体を起こそうとし、離れようとしている。たかが奴隷の彼女が、王子妃様との距離が近すぎて無礼なのではないかと、そんな思惑が感じ取れた。
エメラルドの瞳は私を見つめて、僅かな迷いを見せてから言葉を紡ぐ。
「ショック、エリンはそこまでして私と仲良くしたくないのかな」
そもそも高貴なお方ではありませんからね。
こないだまで田舎の辺境貴族ですが。というか今も田舎の辺境貴族です。
「とんでもありません、メーフィリア様は大変良いお方です。私へのお気遣いがとても優しく、奴隷であるにも関わらず普通に接してくださって感謝しています。ですが…」
慌てて釈明する彼女。やはり身分の壁は厚いと感じているのだろうか、中々距離は縮まらない。
「私はエリンと仲良くなりたいの。友達です。しかし無理強いはしません、どうしても嫌と思っているのなら、断ってほしい」
これ以上彼女を困らせるわけにも行かず、自分の考えをエリンに伝えた。
駄目というのならば致し方ありません。
エリンは私の言葉を聞いて、困り眉毛になり、慎重に言葉を選び、葛藤しているように見えた。
しばらくして、考えが固まったのか、頬を赤らめて、エリンは答えを口にする――、
「……嫌、ではありません」