第一話 野生のヒロインが飛び出した
「お前を幸せにするから」
その男は力強く、迷いのない瞳で私を見つめてそう宣言した。
……いや、盛り上がっている所悪いんだけど……妊娠してないんだってば!
メーフィリア・ウールリアライナは貴族の長女であった。
とは言うものの、中心から遠く離れた、良く言えば緑あふれる豊かな大自然、悪く言えば辺鄙な田舎を領地に持ち、王宮行事や政略結婚とは無縁な序列の低い貴族である。
おそらく王国の首都で領地について尋ねても、聞いたことのない地名という反応で返されるだろう。
が、腐っても鯛。
そんな家に生まれたメーフィリアは、平民に比べて、食事や日常生活の心配などする必要がなく、教育を受け、貴族としての礼儀作法を小さい頃から一応教え込まれたが……
「I CAN FLY!!!!」
屋敷の二階の窓から、トゥと身を乗り出し、しばし宙を舞い、緑に満ちた庭園に飛び降りた人影が一人。
タッ、華麗に着地するその影の正体は、まさしくウールリアライナ家の長女、メーフィリア。十点満点。
……何故このように育ったのか、甚だ疑問である。
キョロキョロと周りを素早く確認するように見回る。
――見つかってないよな?
慣れ親しんだ庭には、私一人だけだった。
チャンス。壁に向かって走り出す。
私を閉じ込めるのには、この程度の塀は低いんではなくて?
口元が思わず緩み、にやりと笑みをこぼす。
その壁に、トンと飛んで掴み、体を引き上げる。
ちょろい。
それも、そうだろう。なぜならこれが初めての脱走ではない。
いや、脱走というのは些か語弊があるかもしれない。メーフィリア本人――私はそう思ってないからである。
両親や使用人たちはうるさく言うけれど、これは自由への第一歩である。
「よっ」
最早阻むものはなにもない。
屋敷も、低い壁もこの私の障害足り得ない。
さて、今日はどこに行こうかな。と壁から降りた私は家を後にした。
「これください」
「はいよ、200ね」
市場で店のおばさんから大好きな領内名産の林檎を購入し、街を散策しながら食べ歩き。
ここは私が生まれ育った、子供から住んでいる街。
よく行商人に辺境や田舎領土って言われるんだけど、私は自然豊かでいいところだと思う。何より食べ物が美味い。
自慢ではないが、領地内の名産の一つ、林檎を使ったワインは芳醇な味で評判が良くて、良く商人たちが買いに来るんだ。
確かに街を出れば山、山、森、森、草原と、見渡す限り緑に囲まれた大地だけど、これがいいんだよな。これが。
何故なら――
「楽しい~~」
私だけが知っている郊外の草原で、緑の絨毯に抱かれながらゴロゴロしている。
誰も来ないこの草原で、縦横無尽にはしゃぎ回れるからね!
寝転がっても怒られないし、木を登って遠くの景色眺めてもいいし、最高なのでは?
はふう~癒やし。
空は青い、吹き抜ける風は頬を撫で、白い雲を遠くへ連れて旅立っていく。
初夏の日光は、緑の上で大の字になり横たわっている少女へと降り注がれる。
王国の貴族はウールリアライナを弱小と揶揄っている、両親も半ばそれが事実だから受け入れているが、私はそう思わない。
貴族では有るが、末席ゆえに問題さえ起こさなければ呼び出されることもない。
そして領地は田舎と認識されて、誰も欲しがらない。戦ってまで奪い取りに来る貴族はいない。
末席貴族だから政略結婚の話も無く、無理矢理顔も知らない誰かのところ嫁ぎに行かなければならないという状況もない。
かと言って、生活はそこそこ裕福、領地も緑に包まれている。一応貴族だから、使用人もいる。領民の生活も金持ちとは行かないが、貧困ではなく、笑顔に満ち溢れている。
そして私はウールリアライナの長女である。
はっきり言って最強なのでは?勝ち組過ぎるでしょう私。
林檎を口へと運び、もぐもぐ。んまい。
……そんな私でも悩み事が一つ。
何を隠そう、王国の貴族たちはとち狂ったのか、家の領地で宴会を開こうとしている。WHY?
一体何がどうなって、この地味で目立たない領地が候補に上がったのか、考えても答えは出ない。面倒臭っ。
その宴会の開催日がなんと今日である。
一応、会場は私も設営に参加していた。そういうのとは全然縁がないウールリアライナ家は、てんやわんやの忙しさ。猫の手ならぬ私の手。
ここまで働いたんだから、夜の宴会ではたっぷり美味しい料理を頂いてしまおう。
聞けば王国の重要な貴族たちは全員来るらしい、失礼のないように、とのことだが、興味ありません、そんなことより宴会の料理だ。
それだけ重要な貴族が集まるってことはつまり、出される料理も普段では食べられないような豪勢なものだと予想。
ジュルリ。
きっと、あんなものやこんなものまで……
「選り取り見取り、困っちゃうよな~」
まだ見ぬ美食に思いを馳せながら、林檎を齧じる。