【ロックフェラーの天使の羽】
———ゆう視点———
灰色の世界から、扉をくぐった瞬間に、まるで違う世界に来たようだった。
僕を包んだのは、匂い立つような光と音。
こんなに、色と光に満ちた場所は見たことがない。
小さな部屋が左右にたくさん並んでて、どの部屋にもそれぞれピアノが置いてあって、それを弾く人がいて、中から輝いている。
包み込むようなオレンジ色とピンクの部屋。
ちかちかと楽しくなるように水色と緑が交互に光る部屋。
荘厳な深い青が強弱をつけて流れ出す部屋。
この空間は、純粋な色と光が混じり合って、でも綺麗なままだ。
雑味が少ないんだと気づく。
”なんの音でもない音”
”音楽にならない音”
この空間にはそれらが無い。
ここにある全ての音は、音を奏でて、音楽を創るためだけに存在している。
いるだけで、心地よく、元気になれる。
灰色の世界で傷ついた心に、色と光が染み込んでくるようだった。
廊下を歩きながら、いくつかの部屋を覗いてみる。
硬い岩のような赤の光の部屋は男の人が一人で弾いている。苦しんでいるような、前に進めないような音。
弱い緑と柔らかな黄緑が混じるこの部屋は、大人の女の人と、小さな子が1つのピアノを弾いている。どう弾いて良いか、自信がなくて硬い音になってて、それを解そうとする先生の音。
ここの薄い水色の部屋はどこまでの届くようなすごく伸びやかな音。女の子がウキウキしながら弾いているみたい。後ろ姿を見るだけで、音を楽しんでるのがわかる。
角を曲がる。
そこからまたもう一度、”世界が変わった”
一面が真っ白の世界。
深い青い海の上に、純白の雪が降り注いでいる。
海は、なにものも存在を許さないような冷たく寂しい世界をしていて、そこに降り注ぐ純白の雪は小さな優しさ。
一見冷たいだけの世界に見えて、表現しているものは”寂しくも優しい美しい世界”。
曲調が変わる。
色が変わる。
白い雪だったものが、柔らかな金と銀の光になる。
光が降り注ぎ、雪を溶かしていく。
深くどこまでも広がる青い海、降り注ぐ純白の雪、慈愛に満ちた金と銀の光。
それら3つが混ざり、溶け合い、すべてが透明になり消えていった。
気がつくと、廊下に、ただ呆然と立っていた。
一番奥の大きな部屋。
この景色を、世界を生み出した人の元へ、僕は自然と走り出していた。
【ロックフェラーの天使の羽】
盲目のピアニスト、辻井伸行さんが、小学生で作曲したという曲。
作中で最後に出てきた海と雪と光の景色は、この曲をイメージしています。
[本人映像]https://www.youtube.com/watch?v=SVZEHSwRGIE
最初は冷たく美しい印象だった曲が、
約50秒ほどの場所で、柔らかく優しく曲調に変わります。
そして最後にまた最初と同じメロディが、少しだけ最初より優しく流れて終わります。
全部で約2分半ほどの短い曲になります。
ぜひ、辻井さん本人の演奏を聴いてみてください。