羽化
————ゆかり視点----------
ゆうくんとあやの先生が、二人で隣りあって座り、ピアノを弾くのをみていた。
ゆうは最初、ビクビクしていた。でもすぐに伸び伸びと弾き始めて、それから音でお喋りをし始めた。
ずっとピアノを弾いてきた私でも、そんなことが出来るって知らなかった。
あの子の才能はやっぱり凄いなって思うけど、それよりも、ゆうと音でお喋りができる先生が羨ましかった。
はっきりと分かることがある。
「ここ」と「あそこ」は、違う世界なんだ。
今、あの音の世界にいることを許されているのは、ゆうとあやの先生の二人だけ。
音に自由に感情を乗せて、伝えることが出来る限られた人だけ。
私は今、あそこには行けない。
頭が真っ白になったまま、曲が終わる。
「ねぇ、ゆうくん。ピアノ習ってみない?」
あやの先生がそう言うのを、私は呆然と聞いていた。
先生がゆうくんに話しかけているのが遠くに聞こえる。
「私、実はピアノの先生なんだ。」
「ゆうくん、今楽しかった?」
「もっと自由にお喋りしてみたいって思わない?」
ゆうが何故かこっちを向く。
「ねぇ、ゆかりさんとも一緒に弾きたい」
「......今日はもう遅いから、また今度ね。」
私はそうとしか言えなかった。
ゆうくんの隣まで行って、いつも通りに頭を撫でる。
少し寂しそうに、だけど気持ち良さそうにしてる。
相変わらず、撫でられるのは好きな子らしい。
素直で子犬みたい。
「ほら、あやの先生、今日のところは帰るよ」
先生の手を引く。
「わかったわ。ゆうくん、また一緒にピアノ弾こうね」
そう言って手を振りながら部屋を出た。
帰り道、あやの先生に話しかける。
「私もさ、ゆうくんと先生みたいにピアノ弾けるようになるかな」
「ゆうくんや私みたいに?」
「たぶんなんだけど、二人はピアノでお喋りしてたよね?」
「途中まではそんな感じだったかな。」
「私も、ゆうくんと音で繋がれるようになりたい。そのために、教えてください!」
頭を下げてお願いする。
なにかが出来ないことを、生まれて初めて悔しいと思った。
少し考えてから、先生が言う。
「そうしたら、ゆうくんと二人でレッスンに来てもらって良い?それが二人のためにもなると思うの。」
「わかった。ゆうくんを説得してみる。」
「ありがとう。楽しみにしてるよ。」
あやの先生は、すごく優しい顔でこっちをみてた。
私が先生に嫉妬していたことも、きっとバレているんだろうな。
——————あやの視点————————
ゆかりは、今までなんとなくピアノを弾いていたんだと思う。
「小さい頃からやっていた」とか、それくらいの理由でなんとなく。
ゆかりには、確かな才能がある。
それは断言できる。
だからこそ、あのゆうくんが、ゆかりのピアノを聴いて口出ししたがるんだろう。
その口出しをすぐに形にしてみせることがどれだけ非凡なことか。
そのゆかりが今、刺すような眼光でこちらを見ながら「ピアノを教えてください」と言ってきている。
本気になればと言われ続けた少女と、
彗星のように現れた、太陽のような才能を持つ少年。
あなたは
『この子がちゃんと習ったときに、どこまでいけるか見てみたい』
なんて言ったけど、
私にとっては、二人とも、どこまでいけるか見てみたい雛鳥なんだよ。
ただ、ゆうくんを盗るつもりはないから、嫉妬はやめて欲しいかなぁ…
「どらみかん」さんに感想いただきました!
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