第99話 女王と側使
フォセカ王国、その中心部に位置する王宮。
大きくて強固な作りだが、中は意外と質素である。
エルフの国は血統を重要視する文化があり、王は代々親から子へと引き継がれていく。
子に引き継がれると言っても、その子が無能では話にならない。
小さい頃から英才教育を受けている子は、とても優秀な王となる。
親から子に王位が引き継がれるのは、子が親を越える時だけ。
特に、力――魔法力が超えたときのみである。
一ヶ月ほど前、親から王位を引き継いだフォセカ王国の女王、ナディア・エル・ルエバノ。
「はぁー、めんどくさーい」
そのナディア女王は、退屈そうに欠伸を隠そうともせずに大口を開けていた。
「陛下、はしたない行動はおやめください。そのような言動をしないよう、教えてきたはずですが」
側使の者が座ってダラシなく伸びをしている陛下を冷めた目で見ながら、隣に立って仕事を促す。
「習ってきたけど、それは前の王が決めたこと。今は私が王なんだから、変えてもいいの」
「職権乱用もここまでいくと清々しいですね。アホなのですか?」
「アホって言った! 王様にアホって!」
「ああ、アホでしたね」
ナディア女王のことを子供の頃から知っているので、側使は過度に敬わずに対応する。
「王様になったんだからちゃんと敬いなさいよ、ラウラ」
「それでしたらちゃんと敬えるように行動してください、陛下」
教育係や、その他お世話などもしていたから、側使のラウラも女性だ。
年齢は百歳ほど離れているが、立場などには全く関係ない。
過去に類を見ない早さで、王に即位したナディア女王。
二十歳前半で即位したのは、フォセカ王国の長い歴史の中でもナディア女王が初めてである。
普通はもっと遅く、平均としては五十歳を過ぎたぐらいで親の力を超える。
強いからこそ王なので、それを超えるのは一苦労なのだ。
しかも普通は親の力が衰えてきた頃に、子が親を超えて即位することになる。
ほぼ全盛期の親を超えて王位に就いたのは、今までもこれからもナディア女王ぐらいだろう。
側使のラウラもその力は認めているが、王位に就くには精神年齢が若過ぎた。
「別にこれ、印鑑を適当に押すだけならラウラがやれば良くない? 私がする必要ないと思うんだけど」
「ダメです。しっかり内容を読んで、印を押してください。中には陛下だけに負担が行くような書類が混ざっておりますので、それに印を押すと大変なことになりますよ」
「なんでそういうのを抜いてないの!? 抜いといてよ!」
「そういう決まりですので。先程一枚、適当に印を押した書類がそのような内容がありましたよ」
「どれ!? ……『王様は一日三食とも野菜を食べないといけない』っていうのがあるんだけど!?」
「はい、私が作りました」
「なにそれ!? 全く王様の仕事と関係ないんだけど!?」
側から見れば女王と側使の会話だとは全く思えないやり取りが続く。
その執務室に、来客を知らせるベルが鳴り響いた。
扉の外にあるそのベルが鳴って、二人は一度会話を止める。
「どうぞ、入っても結構です」
ラウラが書類を捌いていく手を止めずに、外にいる者に声を掛ける。
そして一人の男が入ってきた。
執務室へ入って一礼し、二人の元に近づき跪く。
「王になって良かったことは、こういうときに優越感に浸れることだよね」
「ナディア、黙りなさい」
「呼び捨てにした!? 女王を呼び捨てにしたよこの人!?」
「黙りなさい」
「はい、すいません」
数ヶ月前までは教育係と生徒だったので、その名残ですぐに謝って静かになるナディア女王。
「それで、何か報告ですか?」
「はい、そうです」
入ってきた男は、外交官キールから聞いたことを説明する。
なんでもフォセカ王国が作った黒雲病の完治薬を交渉で貰いに、ノウゼン王国のS級冒険者が来ているということ。
そして完治薬との交換条件に、近海に出たクラーケンを倒してくれるということを。
「なるほど。しかし、まさか完治薬の完成をここまで早く嗅ぎ付けられるとは……一体どこから情報が漏れたのか」
「えっ、流しちゃいけなかったの?」
「……」
どういった経緯で伝わったのか頭を抱えて考えていたラウラだが、ナディア女王の一言で違う意味で頭を抱えることになった。
「……ナディア?」
「ひいぃぃ……!?」
女王と側使という立場から一転、生徒と教育係となった。
しかもその教育係は怒りが最高潮だ。
「どこに、流したのですか?」
「え、えっと、今言ってたノウゼン王国に住んでる人に、言っちゃった……」
……ラウラはもはや、ため息も出ない。
「なぜ、そんなことを?」
「だってフォセカ王国は閉鎖的すぎるでしょ? だから色んな国と交流するために、私たちの国が有利に交渉できて、それでいて最強の手札があるんだから……今が外交の好機だ! と思って……」
ナディア女王は言葉尻が弱くなっているが、何も考えていないわけではない。
アホなのは確かであるが、馬鹿ではないと教育係のラウラもわかっている。
「ただなぜそれを、誰にも話さずに勝手にやるのか……」
「話したら絶対に止められるじゃん」
「当たり前です。今まで引き継がれてきた伝統で、この国は――」
「だからさっきも言ったけど、それは前の王とかが決めたこと。今は私が王になったんだから、変えてもいいの」
今までとは違い、真っ直ぐとラウラの目を見てそう言い切ったナディア女王。
その女王の気迫と覚悟に、一瞬言葉が出なくなるラウラ。
「っ……はぁ、わかりました。流してしまったものは仕方ありません。後でしっかりと罰を受けていただければ、何も私からはありません」
「あるじゃん! 罰があるじゃん! ないんじゃないの!?」
「しかしS級冒険者二人が、あのクラーケンを倒してくださるのですか……」
「無視した!? 女王を無視したよこの人!?」
まだ喚いているナディア女王を一旦放っておいて、ラウラは考える。
「それはとても有り難いことですが、あちらは完治薬を数十個、それにレシピも求めているのですよね?」
「はい、そうです」
ずっと跪いて二人のやり取りを見ていた男が答える。
「それだとクラーケンを退治したくらいじゃ、こちらが損をする可能性が高いですね」
「あっ! だったらさ……!」
女王は良いことを思いついた、というように声を上げる。
その顔は教育係をしてきたラウラからすると、最悪なニヤケ顔だった。