第97話 紅茶
しばらく待っていると、キールさんが戻ってくる。
アイリさんに頑張れと言われて頰が緩んでいたマリーさんだが、扉が開く直前に気配を感じたのか、一瞬にして不機嫌そうな顔になる。
切り替えが凄いなぁ……さすがS級冒険者。
いや、これは関係ないかな?
「待たせたね、言われた通り最高級の紅茶だ」
「本当に待ったわ。あと数十秒遅れてたら、ここの部屋の家具をめちゃくちゃにしてたわよ」
「ギリギリ間に合ってよかったよ」
キールさんは扉を開けて、紅茶を持ってきてくれた人を中に入れる。
彼の部下なのか、お盆を持って入ってきた。
お盆には紅茶が入っているコップ、そしてティーポットもある。
「ねえ、なんで二つなの?」
アイリさんがそう問いかける。
お盆にあるコップの数を見て言ったものだ。
その声には抑揚がなく、淡々としていた。
「えっ、なんでって……君たちは二人じゃないか」
キールさんが不思議そうにそう答える。
うん、そうだよね。
来た人が二人だったら、二つだけ出すよね。
だけど、その、多分アイリさんが言いたいことは……。
「キョースケの分は?」
僕もいる、ってことなんだよなぁ。
普通に考えて誰かがペットを連れて来たときに、人間と同じものは出さないでしょ?
いや、僕はアイリさんのペットじゃないけどさ。
特に魔物の僕に、紅茶を用意しようとは思わないでしょ。
だけどそれが通じる相手ではないのが、アイリさん。
「キョースケ……そちらの魔獣かい? 生憎、魔獣に合う飲み物は水ぐらいしか……」
「キョースケは紅茶も飲める、味もわかる……多分」
飲めると思うよ、味は……多分わかる。
「持って来て、キョースケの分も」
「わ、わかったよ。君、あと一つコップを持って来てくれ」
アイリさんの迫力に戸惑いながらも、キールさんは部下の人にそう指示をして、先に二つのコップをマリーさんとアイリさんの前に置いた。
すぐに部下の人は戻って来て、僕の前にもコップが置かれて紅茶が注がれた。
なんかすいません、自分のために用意してもらって……。
「さて、これでようやく落ち着いて話が出来るね」
キールさんが対面に座って、僕たちは紅茶を飲んだ。
めっちゃ美味しい……紅茶のことはあまりわからないけど、さすが最高級というだけある。
「……ふん、まあ及第点ね」
「美味しい」
「とても美味しいわ! 最高ね!」
アイリさんの一言を聞いて、一瞬にして前言撤回するマリーさん。
うん、馬鹿みたいな演技は出来てるね、通常通りかもしれないけど。
「これは我がフォセカ王国にしか流通していない茶葉でね。エルフ以外の味覚にも合うかどうかわからなかったが、合ったみたいで良かったよ」
この国しか出回ってないって、こんなに美味しいのになんか勿体無い気がするけど。
やっぱり他の国との外交とかはあまりしてないんだなぁ。
「御託はいいわ。私たちはここに紅茶を飲みに来たわけではないんだから」
「もう一杯もらえる?」
「その前にお代わりよ! 話なんていつでも出来るわ!」
いや本当に、手のひら返しが凄いな。
これにはキールさんも目を丸くして驚いている。
「あ、ああ、ティーポットにまだ入っているから、いくらでもどうぞ」
「アイリ、入れてあげるわ」
「ん、ありがと」
「ど、どういたしまして!」
お礼を言われてとても嬉しそうなマリーさん。
ティーポットを持ってアイリさんのコップに注いでいく。
隣にある僕のコップも空だ。
……ダメ元でマリーさんを上目遣いで見つめて、欲しいと伝えてみる。
「なによ、私に注いでって言ってるの?」
「キョ」
「嫌よ、なんであんたなんかに私が。自分でやりなさいよ」
そう言ってティーポットを置いた。
うん、やっぱりダメだよね。
あと自分でって、僕鳥だからさすがに自分では注げないです。
「キョースケもいる?」
アイリさんが腕の中にいる僕の問いかけてきた。
「キョー」
良かったら欲しいです、と頷く。
普通に美味しかったし。
「じゃあ私が注いであげる」
「なっ……!?」
マリーさんが目を見開いている間に、アイリさんはティーポットを持って僕のに注いでくれた。
「キョー」
「ふふっ、どういたしまして」
僕が頭を下げながら鳴くと、アイリさんは頬を緩めた。
アイリさん新しく注いでもらった紅茶は、やはり美味しい。
「くっ……! 鳥のくせにアイリに注いでもらうなんて、百年、いや、一億年早いわよ!」
悔しそうに顔を歪めているマリーさん。
アイリさんはそのことに気づくと、ティーポットを持ったまま声をかける。
「マリーもいる?」
「えっ? そ、そうね、私も貰おうかしら。ア、アイリが注いでくれる?」
「? 私が持ってるから、そのつもり」
「そ、そう、ありがとう……!」
やはりアイリさんに注いでもらいたいマリーさん。
震える手でコップを持ち、アイリさんの方へ近づける。
しかし……。
「あっ、ごめん。キョースケので最後だった」
「なっ……!」
ティーポットを傾けたが、注ぎ口からは紅茶は出てこなかった。
「ごめん、マリー。気づかなかった」
「い、いえ、アイリのせいじゃないわ……っ!」
……めっちゃ睨まれてる。
マリーさんの目が「お前のせいで……!」と、めちゃくちゃ語っている。
いや、その……ごめんなさい。