第94話 洗礼?
「キョースケ、マリーを起こして」
「キョー」
わかりました、と返事をして、自分を抱きかかえているマリーさんを起こす。
僕が身体を揺らすと、彼女の身体も揺れる。
その揺れを感じて、「んっ……」とマリーさんの声が漏れた。
僕を抱きしめたまま上体を起こして、座っている状態になった。
まだ完全に意識が覚醒してないのか、ぼーっとしながらどこか一点を見つめている。。
「あれ、ここは……んっ、なんか気持ちいい感触……」
僕を抱きしめている腕が翼などを撫でるように動く。
ちょっとくすぐったい。
「キョー」
「……んっ、鳥? えっ、あれ、私寝てた!?」
僕の声を聞いてようやくしっかり起きたのか、慌てて周りを見渡す。
そして御者席に座っているアイリさんを見て、息を飲む。
「ご、ごめんアイリ! 私寝ちゃって……!」
「ううん、大丈夫。よく眠れた?」
「う、うん、ぐっすり寝ちゃった……あんたのせいよ!」
「キョ!?」
とんでもない責任転嫁でビックリした。
いや、確かに熟睡するのに僕が貢献したとは思うけど……それは僕のお陰、って言って欲しい。
「マリーが疲れていたみたいだから、私がキョースケにお願いしたの。だから私のせい」
「えっ、そ、それならありがとう。アイリのお陰でぐっすり眠れたわ」
「そう、良かった」
……なんか納得いかないけど、確かにアイリさんにお願いされたから何も言うことはない。
だけど僕とアイリさんに対しての態度が違いすぎじゃない?
いや、知ってたけどさ。
「つ、つまりアイリが、私のために……! ああ、もう死んでもいいわ……!」
僕のことを強く抱きしめながら、嬉しそうに顔を赤く染めながらそう言った。
死んでもいいって……どれだけ喜んでいるのか。
まあ今までのアイリさんはマリーさんに対して結構冷たかったから、嬉しくなるのはわかるけど。
「そろそろ着く。というかもう見えてる」
「えへ、えへへ……えっ? あ、もう着くの?」
ヨダレが垂れそうなほど、ダラシなく顔が綻んでいたマリーさんだが、話しかけられたすぐに引き戻した。
僕を抱きしめているから、そのまま垂れていたら僕に当たっていた……危なかった。
マリーさんは僕を抱きしめたまま立ち上がり、御者席に近づいて進行方向を眺める。
「普通の城壁ね。だけど材質がノウゼン王国の王都とは違いそう」
僕もマリーさんと同じ感想だ。
確かに高さは二十メートルくらいで、そこまで大きくはない。
ノウゼン王国の城壁は五十メートルを超えているので、二倍以上小さい。
だけどその材質が全然違う。
ノウゼン王国の城壁は石みたいな感じだったけど、フォセカ王国の城壁は鉄だ。
どう見ても頑丈なのはフォセカ王国だろう。
鉄で出来ていると考えると、なんて大きくて凄い城壁なんだろう。
作るのも大変そうだし、ずっとそれを維持することはもっと難しいはずだ。
「あと十分ぐらいで着く」
「アイリ、そろそろ御者を交代するわ」
そう言って二人は御者を交代する。
その際に僕はマリーさんの腕の中から、アイリさんの腕の中に移転した。
「その……アイリ、ありがとうね。確かに気持ちよかったわ」
「うん、よかった。キョースケはもふもふ」
会話が成り立ってるようで、成り立ってないような……まあいいか。
アイリさんは荷車の方に移ったが、御者席のすぐ後ろに立ってフォセカ王国の城壁を眺める。
「城壁は良く出来ているのに、扉が見えないのはなんで?」
道なりに進んでいるのに、その道と城壁が重なったところに扉は見えない。
普通ならそこに大きな扉があるはずなのに。
「さあ、魔法で扉を隠しているのか……それとも、最初からないのかも」
「最初から、ない?」
隠しているっていうのはわかるけど、最初からないって何?
アイリさんもどういうことかわからないみたいだ。
そのまま道なりに馬車を進めていると――それは突如起こった。
「……んっ」
「……へー、面白いわね」
二人が同時に何か反応した。
アイリさんは少し眉を顰め、マリーさんは顔は笑っていたが少し怖い。
「キョー?」
どうしたの? という意味合いで鳴いて首を傾げる。
通じたようで、アイリさんが答えてくれた。
「城壁の上で、エルフが魔法を放つ準備をしてる。多分私たちに向けて」
「キョ!?」
えっ、本当に!?
二人は魔力を感知したようだが、僕はそのような力は持っていない。
だから視力を活かして遠い城壁の上を見たが、確かに二人ほどいる。
城壁にいる二人が両手をこちらに向けていて……放ってきた!
おそらく炎と風の魔法。
その二つがこちらに向かって飛んできている。
どちらも人を殺すには十分の威力だ。
「近づいただけで攻撃するって、なかなかね」
「……うざい」
御者席に座っていたマリーさんは立ち上がり、アイリさんは左手に抱え右手を前に出す。
「マリー、合わせて」
「も、もちろん! は、初めての二人の共同作業。ふふふっ……」
よくわからないことで嬉しがっているマリーさんは気を取り直して、すぐに左手を前に出す。
そして、同時に放つ。
「『突風』」
「『水光線』!」
二人の手から放たれた魔法は、融合する。
風が水を纏い、水が風を纏った。
相手の打ち出した魔法を相殺……すると思いきや、貫通して城壁で魔法を放った二人のもとまで届く。
僕は見えていたが、相手は打ち破られるとは思っていなかったのか、慌てたように逃げてギリギリ避けた。
「ふん、私とアイリが協力すれば最強よ!」
「……見た目ほどあっちの威力が強くなかった。あれだったら私一人でも簡単に防げた」
アイリさんと一緒に出来たことが嬉しかったのか、マリーさんはとても興奮した様子だ。
一方アイリさんは、冷静に相手の攻撃を分析していた。
だけどまさか何もこっちがしてないのに、いきなり攻撃してくるとは……。
エルフの国、フォセカ王国……大変そうだなぁ。