第92話 合流
S級冒険者のアイリの朝は、遅い。
そこまで遅くはないが、早いとは確実に言えないだろう。
朝が早いシエルやヘレナと比べると、二時間以上遅れて起きる。
しかしそれは王都の屋敷でのこと。
今は同じS級冒険者のマリーと旅をしているので、それ以上に遅く起きている。
「んんっ……」
少し広いテントの寝具から身体を起こし、腕を上に伸ばす。
薄着の寝間着から胸の谷間やヘソが見える。
「ふふ、へへへ……」
それを隣ですでに着替え終わっているマリーが、変な笑い方をしながら見ていた。
同じテントで寝ている二人。
マリーの目線や態度に何か危険を最初は感じていたが、今では慣れたアイリだった。
「……おはよう」
「お、おはようアイリ! 良い朝ね!」
アイリの数十分前に起きたマリーだが、まだ外に出ていないにもかかわらずそう言った。
むしろマリーにとってはアイリの寝顔やぼーっとしている顔を見れるだけで、良い朝なのは確定なのだ。
外に出て顔を洗う時間すら惜しくて、ずっとアイリの寝顔を見ていた。
「顔を洗いに行きましょう。その顔も可愛いけど……じゃなくて。えっと、とにかく外に出るわよ!」
まだ意識が覚醒していないアイリの腕を引っ張って、テントの外に出る。
アイリはいつも無口で喋る方ではないが、マリーとの旅でそれが顕著に出ていた。
マリーと話す内容がない、ということもあるが、いつも以上に気分が落ちていることが理由だ。
もちろんそれは、アイリが大好きなキョースケとずっと会っていないということである。
戦いなどに支障は全く出ていないが、いつも以上に元気ではない。
マリーが話しかけても、反応が薄くて少し気まずい雰囲気になってしまう。
こんなことになるのであれば、ギルドの役員も一緒についてきてもらえば良かった、と思うマリー。
アイリと二人で旅をしたかったから、自分がフォセカ王国と交渉をするから大丈夫だと振り切ってきたのだ。
寝ぼけたままマリーに連れられて、外に出たアイリ。
マリーが魔法で水を出してくれて、それを使って顔を洗う。
ぬるま湯なので一気に覚めるわけではないが、心臓に悪い目覚め方をせずに済む。
そこはマリーが考えてぬるま湯にしているようだ。
目を瞑って渡されたタオルで顔を拭いていると、マリーが何か叫んだのが聞こえた。
「なっ!? なんであんたがここにいるのよ!?」
アイリは目を瞑っているからわからないが、自分の後ろを見て叫んでいるようだ。
タオルで顔を拭き終わり、マリーを見ると目を見開いて何か、いや、誰かを指差している。。
ようやく頭が冴えて後ろを向くと――そこにはアイリがずっと会いたかった人、いや、もふもふがいた。
「キョースケ!」
テントの上に器用に立っているキョースケに近づき、抱きしめる。
キョースケも自分が抱きしめるとわかったのか、飛んで抱きしめやすいようにしてくれた。
……はぁぁ、もふもふ。
とても、癒される。
キョースケと離れて落ち込んでいた心が、緩やかに満たされていく。
数分間抱きしめてもふもふして、ふと思う。
「……? なんでキョースケ、ここにいるの?」
「いや、すぐにその疑問を持ちなさいよ」
後ろでしばらく様子を伺っていたマリーがそんなツッコミを入れる。
「で、本当になんでいるのよ。あんたがいるからアリシアとかもいるかと思ったけどいないみたいだし」
マリーがそう問いかけるが……答えは返ってこない。
「マリー、キョースケは鳥だから喋れない」
「そうだったわね! じゃあ本当になんでいるのかわからないじゃない!」
マリーはイラついて地団駄を踏んだ。
キョースケは抱きしめられたままだったが、一度アイリから離れる。
そして翼を使って自分の足元を指す。
「ん? 足に、手紙がある」
アイリは丁寧にそれを取り、小さく畳んであった手紙を広げる。
マリーも隣で覗き込むように読む。
「ヘレナの字だ」
「げっ、あの人の……!」
手紙の字を見てそれぞれ反応をしながら、その内容を読んでいく。
「……なるほど。黒雲病の子供のために来たのね。というか、なんでヘレナさんとあんたは、私たちが完治薬を取りに行くって知ってるのよ」
「マリー、ちゃんと最後まで読んで。予測したって書いてあるから」
「そんな簡単に予測できるものじゃないでしょ!」
「ヘレナだったら出来ると思う」
「……くっ、否定出来ないのが腹立たしいわ」
二人ともあの小さな身体のヘレナが、どれだけ凄いかを知っていた。
強さだけではなく、博識でとても賢いということも。
「完治薬を受け取ったら、キョースケは先に帰るってことでいい?」
「キョー」
アイリの問いかけに、頷いて答えるキョースケ。
「わかった。それまでは一緒に行動しよう。私の肩に乗って」
シエルがいないので代わりに、ということで自分の肩を指差す。
キョースケはお言葉に甘えて、静かにそこに着地した。
「ふふふ、もふもふ……素晴らしい」
いつもシエルの肩に乗っているので、キョースケが自分の肩に乗ることはあまりない。
翼がときどき当たってくすぐったいが、それがアイリにとっては気持ちいい。
自分の肩にもふもふが乗っているということも嬉しい。
「じゃあマリー、行こう。多分昼頃には着くから」
「そうね。というかヘレナさんはそこまで計算して、この鳥を寄越したのよね……凄すぎてイラつくわ」
目的地のフォセカ王国の距離を逆算して、今はどこにいるかを計算し尽くしたヘレナ。
「キョースケ、もうちょっと顔に寄って。くすぐったいけど、それが気持ちいいから」
「キョー」
「うん、そこでいい。ふふふ……」
あからさまに元気になって、笑顔も増えたアイリ。
アイリが元気になったのを見てマリーも嬉しいが、それが自分の力ではなくキョースケの力というのは悔しい。
キョースケに対抗心を燃やしながら、マリーは出発の準備を進めた。