第90話 完治薬を求めて
ヘレナさんが見つけた紙に書いてある情報を読み上げてくれる。
「王都から北に数百キロほど離れたところにある王国。それがエルフの国、フォセカ王国。そこにアイリ様とマリー様は向かっているようです」
フォセカ王国……そこが、黒雲病の完治薬を開発した国なんだね。
もしかして、ヘレナさんの出身国ってそこなの?
「ええ、そうです。エルフの国の中では比較的外交をしますが、完治薬のレシピや完成品を流すとは到底思えません」
だからこそ、S級冒険者のアイリさんとマリーさんが行ったんだ。
それで、今その二人はどこにいるか書いてあるの?
「お二人は二日前にこの王都を出たので……順調に進んでいれば、明日の午前中にフォセカ王国に着くでしょう」
明日の昼までに、数百キロ離れたところにいる二人に合流しないといけないってことか。
僕一人だったら、全力で飛行して一時間ぐらいで追いつく。
……つまり、シエルとは離れてないといけないってことだ。
僕のワガママで完治薬を取りに行くって決めてたから、シエルに迷惑をかけるわけにはいかない。
エリオ君を、彼の両親を、僕が助けたいんだ。
僕が前世で味わった思いを、エリオ君には味わって欲しくない。
僕は父さんと母さんには何も出来なかった、何も返せなかったから。
父さんと母さんと一緒に海や森、山に行きたかった。
エリオ君も前世の僕と同じことを思っている。
僕はそれが出来なかったけど、エリオ君にはして欲しい。
自己満足だけど、これが前世の両親への一種の恩返しになればいいと思っている。
「キョースケ様、行きますか?」
「キョー」
もちろん、行きます。
「そうですか。今すぐ行きますか? キョースケ様の速度でしたら、朝方に出発しても間に合うと思いますが」
……うん、今すぐ行きます。
早めに合流しておいた方がいいと思うから。
「……そうですか。では一度屋敷に戻りましょう」
いや、別に今すぐに行ってもいいと思うけど。
「貴方様一匹で行っても、話が通じないのでは? おそらく私とシエル様以外にキョースケ様の言葉がわかる方がいるとは思えませんし」
あ、そうだった。
僕一人で行っても、アイリさんやマリーさんになぜ来たかを伝えないといけないんだ。
もちろん「キョー」だけじゃ説明できるわけがない。
「なので私が事の詳細を手紙に書くので、屋敷に戻りましょう。流石にここの紙やペンを使うわけにはいきません」
それはとてもありがたいです。
ヘレナさんにはお世話になりっぱなしで……ありがとうございます。
絶対にこのご恩をお返ししたいと思います!
「……では、少し貴方様の身体を触らせてください」
「キョ?」
えっ? もちろん、それぐらいいいですけど……。
ヘレナさんって、僕のこと可愛いと思えないって言ってなかった?
それでアイリさんと戦ったぐらいだし。
「可愛いとは今でも思えませんが、ふわふわなのは気になります」
あ、そういうこと。
だけどそこまで「可愛いと思えない」と断言されると、言われたいわけじゃないけど傷つく……。
いつまでもギルド長の部屋にいることでもないので、一度窓から出る。
もちろん入った形跡を残さないように、窓の鍵も閉めた。
そして帰りは僕はヘレナさんに抱きかかえられながら、屋敷まで戻った。
「……そうですね、ふわふわです。アイリ様が夢中になるのもわかるかもしれません。特に抱き枕に丁度良い柔らかさです」
屋敷に戻って、僕を抱きしめたヘレナさんの感想である。
ふふふ、そうだろう。
僕は自分自身を抱きしめることはできないが、このふわふわは色んな人に好評だ。
そしてすぐにヘレナさんは手紙を書き上げてくれた。
僕の足に手紙を括り付けて……準備は万端だ。
「では、お気をつけて」
「キョー」
何から何まで、ありがとうございました。
抱きしめられるだけじゃ恩は返せてないと思うので、いつか返します。
「そこまでのことじゃありません。キョースケ様、いってらっしゃいませ。アイリ様にもよろしく伝えておいてください」
はい、いってきます!
そして僕は黒雲病の完治薬を求めて、大きく翼を広げ北の方向へと旅立った。
◇ ◇ ◇
キョースケが旅立った数時間後。
シエルは、ヘレナとの朝の訓練のために屋敷の周りの更地に来ていた。
いつもはキョースケを抱き枕にしているので一緒に起きてここまで来るのに、今日はなぜか起きたときにベッドにいなかった。
不思議に思いながら更地に行くと、すでにヘレナがいた。
「おはようございます」
「シエル様、おはようございます」
「ヘレナさん、キョースケ知りませんか? 朝起きたらベッドにいなかったんですよ」
そう問いかけると、ヘレナは一呼吸置いて答える。
「キョースケ様は、黒雲病の完治薬を求めてアイリ様とマリー様の後を追いに行きました」
「えっ……?」
ヘレナは昨日の夜にあったことを話す。
それを聞いてシエルは驚愕と同時に……少し、裏切られた気分になった。
「なんで、私に話してくれなかったんだろう……」
そう呟くも、なんとなくキョースケの考えていることはわかる。
エリオ君をそこまでして助けたいと思ったのはキョースケだけで、シエルに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
それは確かにあるだろう。
だけどそれでも、考えてしまうことは一つ。
――私が弱いから、エルフの国に連れていけないって考えたのかな……?
S級冒険者のアイリとマリーが共に行かなければいけないエルフの国。
アイリに勝てるキョースケなら、行っても大丈夫だろう。
しかしまだB級で、A級にもなってない自分は……確実に、足手纏いになってしまう。
「シエル様、キョースケ様は一人で急いで行かないと、先に行ったお二人に合流できませんでした」
「……そうですか」
確かにそうなのかもしれないけど、やはりそれでも自分がいたら追いつけないということがわかる。
「……私がもっと強ければ、キョースケと一緒に行動できたんですかね?」
「……どうでしょう、私にはわかりません」
前にヘレナにも言われたが、自分はキョースケの力に頼りっきりだ。
訓練をしてても、まだまだS級のアイリには届かないと感じている。
「私、もっと頑張ります! キョースケに頼られるように!」
「……そうですか」
「あ、あと、キョースケが帰ってきたら怒ります。『一言私に言ってから行ってよ!』って」
「……そうですね」
シエルはそう心に決め、訓練を始める……前に、今の話を聞いてふと思った。
「あれ……ヘレナさんって、キョースケの言葉理解してるんですか?」
「はい」
「えっ!? なんでわかるんですか!?」
驚き方がキョースケと似ている、と思ったヘレナだった。