第77話 風呂での会話
その後、ヘレナさんも家事が終わったのか、お風呂場に入ってきた。
広い風呂の中で、僕たちは円になるように肩まで浸かった。
僕も風呂は結構好きだけど、鳥の身体になってからは上がった後が少し気持ち悪い。
羽毛がありすぎて、ビチャビチャに濡れると面倒くさいのだ。
そういえば火の鳥だから風呂に入れないかも、と最初は思ってたなぁ。
攻撃の水魔法じゃなかったら、ダメージは受けないみたい。
「シエル様、訓練をするということでしたが、それは明日の朝からでよろしいですか?」
「あっ、はい、それでお願いします!」
シエルが風呂の中で座りながらも背筋を伸ばして返事をした。
そうか、今日の戦いのあとに訓練をしてくれるって約束してたね。
「朝から訓練するんすか、シエルちゃんは真面目っすねー」
「アリシア様が不真面目なだけです。ご一緒にしますか?」
「いやー、私は見学でいいっす」
前にアリシアは逃げ出したらしいからなぁ。
どんだけ厳しいんだろうか。
「今まではアイリ様に教えてもらっていたのですよね?」
「はい、そうです」
「今後の訓練の参考にしたいので、あとでどういった訓練をしたか聞いてもいいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。と言っても、私が限界になるまでアイリさんと一対一をしてただけですけど……」
確かにお互いに魔法を撃ち合うだけだったが気がする。
アイリさんは少しアドバイスをしてたかな。
「シエルは戦い方を私よりも、ヘレナに習った方がいい。あの戦い方は魔法使いの一種の理想形」
「ヘレナさんは最小限の魔力と魔法で相手を制圧する、っていう感じで凄いですよね」
「すごい難しいっすけどねー。姉貴すら真似できないんすから」
「練習すれば誰でもできます」
「どれだけ練習すればあの練度になるか見当がつかないっすけど」
S級冒険者のアイリさんの猛撃を防ぎきって倒す、ということができるようになるまでは、どのくらいの年月かかるのだろうか。
「気になってたんですけど、ヘレナさんってエルフなんですよね?」
今まで黙っていたマリーさんはそう問いかけた。
「はい、そうです」
「エルフって総じて魔法が上手いって聞いたことあるんですけど、全員がヘレナさんぐらい強いんですか?」
僕はエルフという種族は知らないけど、魔法が強いんだ。
「いえ、少し違います」
「で、ですよね。全員ヘレナさんぐらい強いなんて、さすがに……」
「エルフだったらほとんどの人が、私よりも魔法は強いです」
「……はっ?」
その一言に、マリーさんが固まる。
いや、僕やシエル、アリシアも固まっていた。
ヘレナさんよりも、強い?
アイリさんに余裕で勝ったヘレナさんよりも?
「そ、そうなの!?」
敬語を忘れて、湯船から立ち上がって叫ぶマリーさん。
立ち上がったときの水滴が僕の顔に飛んできて、目に入った。ちょっと痛い。
「はい、平均として私よりも魔法の威力は高いと思います。私は弱い方です」
「そ、そんな化け物ばかりなの……?」
「しかし魔法は強いですが、私よりも強い方はそういないです」
「えっ? どういうこと……ですか?」
ヘレナさんは説明してくれる。
「魔法の威力が元から強いので、繊細な操作は下手なのです。アイリ様の下位互換みたいな感じです」
「……褒められた? 貶された?」
「どちらもしました。エルフ全体の平均魔力としてはアイリ様よりも少し下くらいです」
いや、それでも十分凄いと思うけど。
全員がA級冒険者に余裕でなれるくらいじゃないそれ?
「魔力操作は人間の魔法使い以下です。ただの力技で攻撃してきます。なので普通に戦えば、おそらく今のシエル様でもギリギリ勝てるとは思います」
「そ、そうなんだ、よかった……」
マリーさんは目に見えて安堵して、ようやく座った。
なんでエルフの人たちがめちゃくちゃ強いわけではないと知って、そんなに安心するのだろう?
いや、まあ全員がヘレナさんぐらい強かったら怖いけどさ。
「なんでそんなこと気にするんすか?」
「私とアイリが明後日から行くところが、エルフの国なのよ」
「えっ、そうなんすか?」
「……あっ」
マリーさんは安心して口を滑らしたらしく、今更ながら口に手を当てて抑えた。
「エルフの国に何しに行くんすか?」
「こ、これ以上話せないわ! 本当は極秘任務だから、誰にも言っちゃいけないのに!」
「別にいいじゃないっすか、減るもんじゃないんすから」
「ダメよ! これは私とアイリの秘密なんだから!」
「いや、マリーちゃんが姉貴と秘密を共有したいだけじゃないっすか」
「そうよ! 悪いの!?」
開き直ったマリーさんに、アリシアは呆れて何も言えなかった。
だけどエルフの国に行くんだ……S級冒険者の二人への依頼って、どんなものなんだろう?