第76話 風呂
「ということは……まさか、キョースケと二週間も離れるの……?」
マリーさんの話を聞いて、愕然とするアイリさん。
「まあB級冒険者の魔獣なんて、連れていけないわね」
「そ、そんな……」
う、うわぁ……すごい絶望してる顔。
ギルドで僕と数時間離れるってわかったときよりも意気消沈している。
「その魔獣の何がそんなにいいのよ?」
「もふもふ」
「だから、それの何がいいの?」
「この良さがわからないなんて……人生の十五割損してる」
「それ人生過ぎてるわよね? 来世の半分も損してるってことなの?」
僕だったら前世全部と今世の半分は損してるってことか。
いや、そのもふもふが僕自身だからよくわからないけど。
「じゃあ私にもあとで触らせなさいよ。いいでしょ?」
「ダメ」
「なんでよ! 許す流れでしょ今の!」
「私だけのもの」
「いやアイリさん、キョースケは私の相棒なんですけど」
シエルはさすがに我慢出来なかったのか、ツッコミを入れた。
アイリさんだけのものではないからね。
そう話していると、食堂のドアが開いてヘレナさんが入ってきた。
って、えぇ!?
「へ、ヘレナさん、すごいですね……!」
シエルも僕と同じように、その光景を見て驚く。
何枚もある皿を一人で運んでくるのは大変だ。
しかもそれを、一回で運んでくるというのはもっと大変なはずなのに。
ヘレナさんは余裕の顔で、手には何も持たずに運んできた。
どうやってやっているかというと、皿が宙に浮かんでいるのだ。
一人一皿だけではないようなので、十数枚はある。
しかしそれを風魔法で悠々と浮かし、持ってきている。
皿に乗っている料理は全く揺れることなく、地面と水平に綺麗に運ばれていた。
「いやー、さすがヘレナちゃんっすよね。意味わからないことを平然とやってのけるんすから」
「か、風魔法ですよね? すごい、こんな繊細な魔法見たことないです」
「練習すれば誰でもできます。シエルさんも、これくらい簡単にできるようになるまで練習です」
「は、はい……」
ヘレナさんに弟子入りしたのはいいけど、シエルがこのぐらい繊細な魔法を使うにはどれだけの練習が必要なんだろうか。
シエルも返事はしているが、苦笑いだ。
頑張れ、シエル。
その後も綺麗に僕たちの目の前に皿を置いていき、飲み物までも注いでくれる。
これを全部風魔法で操っているというのは、本当にすごいと思う。
そしてやはり、料理も美味しい。
量も結構あったのに、すぐにたいらげてしまった。
僕だけ少し違う料理だったけど、他の人も美味しかったのか、すぐに食べ終わっていた。
「ごちそうさまです、ヘレナさん。とても美味しかったです」
「お粗末様です、マリー様」
「くっ……美味しくなかったら、アイリの家のお手伝いなんて認めてないのに」
「別に貴女様に認められなくても、私はアイリ様のお手伝いをやりますよ」
そりゃそうだ、部外者が認めなくても関係ないだろう。
その後、僕たちはそれぞれお風呂に入る……と思いきや。
「この家のお風呂は広い、全員で入れる。もちろんキョースケも一緒に」
「余裕っすよ。むしろこの人数じゃ少ないくらいっす」
とアイリさんとアリシアが言うので、全員で入ることに。
「ア、アイリの裸……! 今まで見たことなかったけど、今日やっと見れるのね……!」
「あ、マリーちゃんは入っちゃダメっす」
「なんでよ!」
「変態だからっす」
その後二人は言い争っていたが、なんとかマリーさんは一緒に入ることを許してもらった。
まあアイリさんの、「別にいい」という鶴の一声でその不毛な争いは終わったんだけど。
脱衣所で僕以外の皆が脱いで、お風呂に入っていく。
僕もシエルの肩に乗って一緒に入ると……そこはもう、普通のお風呂ではなかった。
「す、すごい広い……!」
「キョー……」
天井が高すぎて、僕が飛んでも楽しめるくらいの空間がある。
そして床は大理石というのかな? 綺麗な石で出来たものだ。
シャワーを出すところが十何個もあって、本当に広い。
というかお風呂が三つぐらいあるけど、そんなにいるかな?
「あっちに露天風呂もあるから」
アイリさんが奥のドアを指差して言った。
いや、本当にすごいな。
どっかの旅館なのかな? 僕は前世でも行ったことないけど。
「ほらー、このお風呂だったら泳げるっすよー!」
アリシアさんが一番広いお風呂で子供みたいに泳いでいる。
いや、多分僕も人間の身体だったら泳いでるかも。
「ふん、はしたないわね」
「……ふぅ」
「へ、へへへ、アイリの、裸……!」
口をだらしなく開けてヨダレを垂らしているマリーさん。
その目線の先にはタオルを取ってお風呂に浸かって一息ついたアイリさんの姿があった。
「どっちがはしたないんすか」
はしたないというよりも、ただ変態なだけだと思うけど……。
その後シエルが風呂に入り、その太腿に乗せてもらって僕も風呂を堪能した。