第72話 依存症?
「えっと、シエル様の魔獣でよろしいんですね?」
「はい」
「アイリ様が抱きしめてらっしゃいますが……」
「いつものことなので、気にしないでください」
「は、はぁ……かしこまりました」
そんな会話が受付嬢の人とありながらも、僕とシエルの拠点移動の登録は終わった。
スイセンの街のギルド長、カリナさんが直筆でやってくれた手続きの手紙のお陰で、結構すぐ終わった。
……今頃、ギルド長をやめようとして頑張ってるんだろうなぁ。
妹を想う姉の行動力はすごい。
僕たちが手続きをしている最中、その後ろでアリシアとマリーさんがまだ言い争いのようなことをしている。
「だいたいあんた、アイリの弟子を名乗ってるのなら変な虫が寄り付かないようにしなさいよ!」
「してるっすよ。気持ち悪い貴族や男冒険者とか、そいつらは裏で『お話』して退けてるっすよ」
「そんなの当たり前じゃない! あとそいつらの名前、後で教えなさい。私も『お話』しに行くわ」
「了解っす」
気が合っているのか、合ってないのか……多分合ってるんだろう。
そのアイリさんは、僕を抱きしめている。
時々マリーさんが僕の方を見て、悔しそうに顔を歪めているがなぜなのか。
なんとなくマリーさんはアイリさんのことが好きっていうのはわかるけど。
二人の間に何があったんだろう?
「手続き終わったすか?」
「うん、待たせてごめんね」
「ほんと、遅いわよ」
「マリーちゃんは別に待ってなくてよかったんじゃないっすか? 別に友達じゃないんすからー」
「う、うるさいわね!」
いや、実際なんでマリーさんが待っていたのかはわからない。
というか待ってたの? ただアリシアと話しているだけじゃなかった?
「それで、マリーちゃんは何かあたしらに用があったんじゃないっすか?」
「あっ……そ、そうね、当たり前よ」
「忘れてたんすね」
「お、思い出したからいいのよ!」
一度咳払いをしてから、マリーさんはアイリさんと向き合う。
「アイリ、あんたと私宛に依頼が届いてるわ」
「……私たちに、依頼?」
「ええ、何かわからないけど」
アイリさんとマリーさんの二人に、依頼?
S級冒険者の二人同時にやらないといけない依頼なんて、どんな依頼なのだろうか。
「それは貴族から?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ……」
「いつもの貴族のパーティとかじゃないみたいよ。ギルド長がしっかりその依頼を見て、そう言っているから」
マリーさんは断ろうとしたアイリさんの言葉を遮ってそう言った。
貴族のパーティじゃないのなら、なおさらS級冒険者の二人に依頼するほどのものって……。
「アイリが帰ってきたってことはもうギルド長も知ってるから、あんたがギルドに来たら一緒に上の部屋で待ってろって言われたのよ」
「そう、じゃあ行こう」
「行くならその魔獣置いてきなさいよ! あんたの魔獣じゃないでしょ!」
僕を抱えたまま行こうとするアイリさんに、マリーさんが当然のことながらそう言った。
そりゃそうだ。
「……えっ?」
「そ、そんな絶望的な顔されても、規則だから」
「じゃあ、シエルも一緒に……」
「S級の私たちだけに依頼がきてるんだから、B級なんてダメよ」
「……」
本当に仕方なく、苦渋の決断のように僕を離すアイリさん。
僕はシエルの肩に行く。
「話はどのくらいで終わる?」
「さあ、わからないわ。一時間ぐらいじゃないかしら?」
「い、一時間……」
「あ、姉貴、あたしらはなんか依頼受けてくるんで、また夜に家で会おうっす」
「よ、夜まで、もふもふが……!」
「あんた、なんか変な薬でもやってるの? 一種の依存症じゃないのそれ……」
夜まで離れることになったことによって、アイリさんはなぜかやつれてきている。
僕が離れて数十秒なのに……本当に依存症みたいな感じだ。
大丈夫かな?
「ほら、行くわよ!」
「……うん、早く、終わらそう」
あんなに気が落ちているアイリさんを初めて見た。
戦っているときとかは綺麗でカッコいいのに、僕と離れたりするとダメになる。
なんか僕的にも嬉しいような、もう少ししっかりして欲しいような、複雑な気持ちだ。
アイリさんとマリーさんが階段を上っていくのを見届けて、僕たちは依頼を受けるためにカウンターへと向かう。
「スイセンの街にはA級が受けるような依頼はあんまりなかったすよね。王都は結構あるから、今日はそれを受けるっす」
「うん、よろしくね」
「キョー」
「まあそんな難しいのは受けないつもりっすから」
A級の依頼の中で、簡単なものってあるのかな?
よくわからないけど……。
僕たちはカウンターに行き、受付嬢に依頼を見繕ってもらう。
王都ギルドでA級冒険者以上は、壁に貼ってある依頼書からではなく、受付嬢から依頼を受けることができるらしい。
「本日の夜までに終わりそうなものでしたら、こちらなんかどうでしょうか?」
「んー……んっ、それでいいっす」
「かしこまりました。では依頼を受理いたしました。お気をつけていってらっしゃいませ」
受付嬢がカウンター越しに頭を下げて、アリシアがカウンターから離れて出口に歩き始める。
シエルと僕はその依頼を受ける早さに驚きながら、その後についていく。
「えっ、アリシアもう受けたの?」
「受けたっすよ。何回も受けたことある依頼だったから、もう場所とかはわかるっす。シエルちゃんにキョースケはあたしについてくるっす」
「わ、わかった。だけどどういう依頼を受けたの?」
「魔物の討伐系っすよ。そんなに強くないっすけど、ちょっと面倒だからA級が受けるようになってるんす」
「そうなんだ」
僕たちはアリシアに依頼の説明を受けながら、ギルドを出て魔物が出る場所へと向かった。