第65話 繊細な技術
その後、アイリさんとヘレナさんは戦い始めた。
僕とシエルは一緒に訓練をしていたから、何十回もアイリさんの魔法を見てきた。
だからアイリさんがこの戦いで放っている魔法がいつも通り、いや、いつも以上の威力だということがわかる。
やはりシエルとの訓練は、手加減をしてくれていたのだろう。
だけど今回は手加減など無しで、タキシムに放った威力の魔法をバンバンと出している。
この辺りが更地ではなかったら普通の街中だったら、一軒家など跡形もなく消し飛んでいるだろう。
それぐらい激しい攻撃が続いている。
しかし――。
「す、すごい……アイリさんの魔法を、全部打ち消してる……!」
「いやー、相変わらずバケモンっすね」
目の前で起こっている攻防は、とても静かだ。
なぜならほとんどが風魔法で攻撃、そして防御をしているから。
アイリさんが風魔法が得意ということはわかっていたが、ヘレナさんも得意なのだろうか。
わからないけど、アイリさんの風魔法を同じ風魔法で、全部止めている。
「くっ……!」
何度も何度もアイリさんは風魔法を放ち、その度に髪が揺れて荒ぶる。
腕を振るって魔法を放っている。
「……そこですね」
しかしヘレナさんは対称に、髪は全く揺れない。
直立で丹田のところに手を重ね置いて、全く動かないで魔法を放ち、打ち消している。
目だけは動いていて、風魔法の弱点を見抜いてそこを攻撃しているようだ。
魔法は動かずとも発動できるけど、集中するために手を前に出して魔法を放つことが多い。
それなのに、ヘレナさんは全くそういうことをせずに、自然体のまま魔法を放っている。
見た感じ、魔法の威力は圧倒的にアイリさんの方が上だ。
だけど打ち消されているのは、弱点を突かれているからだろう。
繊細な魔法のコントロールで、威力が優っているアイリさんの魔法を消す。
とても常人じゃ理解できない技術だ。
「前から言っていますが、アイリ様は頭に血が昇ったり冷静さを失ったりすると、魔法が乱れています。だから――」
ヘレナさんがここで初めて、攻撃をした。
いや、気づいたら攻撃が終わっていた。
アイリさんの魔法が止み、いつの間にか首元から血が流れていた。
出血量は大したことはなく、薄皮一枚が切れたくらいの傷。
しかしそれはアイリさんにも、観戦していた僕たちにも、誰にも気づかれずにつけた傷だ。
「これで終わりですね」
「……はぁ、わかってる。私の負け」
アイリさんは首元に流れる血を手で拭き取りそれを見て、ため息をつきながら敗北を認めた。
「ほ、本当にアイリさんが負けちゃった……!」
「まだ姉貴でもヘレナちゃんには勝てないんっすねー」
S級冒険者になってから師匠になったとは聞いていたけど、本当にヘレナさんの方が強いんだ……。
戦いを終えた二人が、遠くで観戦していた僕たちの方に近づいてきた。
「お、お疲れ様です! すごい戦いでした!」
「お疲れ様っす。いやー、二人ともすごかったすねー」
「キョー」
お疲れ様、と僕も言った。
まあ多分伝わらないけど。
僕の姿を見たアイリさんは、少し涙目になって見つめてくる。
な、なんだ、なぜそんな顔をしているんだ?
シエルの肩から僕を引き寄せると、いつもとは違い優しく抱きしめてくる。
アイリさんは負けて落ち込んでいるのかな?
やっぱりアイリさんも負けると悔しいよね。
「ヘレナに、キョースケの可愛さを認めさせることができなかった……ごめんね」
あ、悔しがるところそこなんだ。
負けたところじゃないんだ。
いや、僕としては別に認めてくれなくてもいいんだけど。
可愛いというよりも、カッコイイって言って欲しいなぁ。
女性とばっか出会っているからなぁ、男性だったらカッコイイって言ってくれる気がする。
あ、オルヴォさんは別だな。
王都では男性の人と出会って、僕のことをカッコイイと言ってくれる人がいたらいいなぁ。
「さて、アリシア様。今度は貴女様と戦いましょうか」
「えぇ……まじでやるんすか?」
「はい、もちろん。それに……」
ヘレナさんは、僕たちと出会って初めて笑った。
その笑顔はとても綺麗で、見惚れれるくらいなのに――怖いのは、なぜだろうか。
「バケモノと言われては、私も黙って聞き過ごすわけにはいきません」
「うえぇ!? き、聞こえてたんっすか!?」
「はい。なので、全力でかかってきた方がいいですよ。私も……手元が狂う可能性があるので」
あんなにも繊細なコントロールができる人が、そんなことあるのだろうか。
いや……多分、あるのだろう、うん、そうに違いない。
ヘレナさんの笑顔を見て、アリシアもつられて笑う。
だけどアリシアの口角は、ピクピクと震えていて今にも泣きそうな笑顔だ。
「シ、シエルちゃん、助けて欲しいっす……」
「えっと、その、頑張って」
「そんな引きつった顔で応援されるような展開になりたくなかったっす!」
数分後には、更地の地面に転がっているアリシアがいた。