第59話 王都への道中
スイセンの街を出て、数時間が経った。
「はぁー、ふわふわっす。もこもこっす。癒されるっすねー」
「キョー」
僕は今、アリシアに抱っこされている。
最初はずっとアイリさんにもふもふされて、次はシエルにもふもふされて、そして今はアリシアにもふもふされている。
結構な頻度で道中に魔物が出ているんだけど、僕以外の三人がそれに対応している。
一番強いはずの僕が何もしないっていうのもおかしいと思うんだけど、三人は気にせずに僕をもふもふし続けている。
楽だからいいんだけど、僕も戦いたいなぁ。
「なんでこんなふわふわなんすか。魔物って全部こんなやわっこいんすかね? じゃあ今度から倒す前に試してみようか……」
危ないからやめた方がいいと思う。
黒雲で凶暴化している魔物だから、もふもふする前に殺されちゃう気がする。
もふもふされてると、みんなの好みがわかってくる。
アリシアは全体的に抱きしめてもふもふするのが好きなようだ。
自分の身体にふわふわしてるところを当てて、その感触に癒されてるみたい。
だから僕もアリシアの普通の女性より大きなところにいつも当たる。
ちょっと苦しい。
対してアイリさんは、抱きしめながら僕を撫でることが多い。
手触りがいいのか、翼などをずっと撫でてくる。
僕も撫でなれるのは気持ちいいから、もふもふされるならアイリさんの方が好きだ。
シエルは撫でるのと、抱きしめるのをどっちもやってくる。
どっちも同じくらい好きなようだ。
抱きしめられると、アリシアとは少し違う身体の一部があるから、そんなに苦しくはない。
僕に優しい身体をしている、ありがたい。
「ん? ありゃー、またきたっすね」
僕を抱きしめながら御者をしていたアリシアが、遠くを見てため息をついた。
アリシアが見ている方向を僕も見ると、魔物の影が三つあった。
「んー、大きさ的にオークかトロールっすかね?」
まだ遠くにいるので、アリシアには詳しくはわからないようだ。
僕は目が良いからわかるが、あれはトロールだ。
緑色の皮膚をしていて、顔は醜悪で怖い。
二メートルを軽く超えるその体格から繰り出される攻撃は、とても強い……らしい。
僕は食らったことないからわからないけど。
C級の魔物だから、まあまあ強いのだろう。
あの魔物は力が強いかわりに、スピードはあまりない。
馬車の速度でも逃げられるぐらいなのだが、進路を邪魔しているから無視できない。
「トロールっすか。しょうがない、あたしが行くっす」
御者席から立ち上がるアリシア。
僕は腕の中から出て、アリシアの肩に乗る。
「ん? アリシア、どうしたの?」
後ろの車に荷物と共に座っているアイリさんが、立ち上がったアリシアを見てそう問いかけた。
「前に魔物がいるから、倒してくるっす」
「ん、わかった」
それだけの言葉を交わして、何の心配もせずにアイリさんは遠くを見つめ始める。
まあアリシアの実力なら、万が一にもあのトロールには負けないだろう。
「じゃあ行ってくるっす。キョースケは御者席で待っていいっすよ」
「キョー」
わかった、と返事をして肩から下りて御者席に着地する。
アリシアがさっきまで持っていた馬に繋げてある紐を、足で掴んでおく。
これで少しだけアリシアが御者席を離れても、馬が暴れずに道なりに進んでくれるだろう。
「んっ、ありがとうっす。じゃあ、行ってくるっす」
そう言ってアリシアは、馬車を飛び降りた。
しかも飛び降りた方向は、馬の目と鼻の先。
まず普通の人なら御者席からそこまでジャンプすることすらできないだろう。
そしてしたとしても、そのまま馬車に轢かれてしまう。
だけどアリシアは、馬が進むスピードよりも速く走っていく。
そのスピードはとても速く、どんどん馬車から離れていき、トロール達の元へ到達する。
トロール達は道に座っていて、近づいてきたアリシアに気づいてなかった。
そしてそのまま後ろから一匹、アリシアが懐から出したナイフで首を斬り落とした。
やっとアリシアの存在に気づいたあとの2匹だったが、鈍臭い動きをしながら立ち上がろうとしている間に、アリシアの攻撃でもう一匹の頭が地面に転がる。
最後の一匹がようやく立ち上がり、大きな拳を振りかぶりアリシアを殴ろうとする。
しかしアリシアはギリギリまで攻撃を引き寄せ、避ける。
脇に避けたが、立ち上がったトロールの首に、身長的にナイフは届かない。
だが避けてからジャンプして、そのままの勢いでトロールの首にナイフを振り抜いた。
あっという間に、三匹のトロールの頭と身体が三つずつ地面に転がった。
今のを見てればわかると思うが、アリシアは身体能力を上げる魔法を使っている。
一応シエルもその魔法は使えるが、アリシアはその練度がとても高い。
アリシアの得意な戦闘方法は、身体能力を上げての至近距離戦だ。
他の魔法も使えるようだが、それが一番得意なようだ。
アリシアが倒してから数十秒後、トロールが転がっているところまで馬車が着いた。
着く前にトロールの死体が邪魔なので、アリシアがその身体能力で大きくて重いトロールの身体を蹴っ飛ばして退かしていた。
そして馬車はスピードを緩めずに進み、アリシアはその馬車にまたジャンプで御者席に着地する。
「よっし、ただいまっす」
「キョー」
おかえり、といった意味で鳴く。
言葉は通じなくとも、意味は通じるだろう。
「じゃあ、またもふもふするっす」
「……キョー」
……苦しい。
そう言っても今度は意味は通じない。
特に危なげなく、僕たちは王都への道を進んだ。