第58話 王都へ
翌日の朝――。
シエルはいつもより早く起きた。
重い瞼を開くと、目の前にはキョースケがいる。
いつもはシエルが起きるときには、キョースケは目を覚ましている。
だけど今日は初めて、シエルの方が早く起きたようだ。
抱きしめて寝ているが、キョースケは目を開けていない。
シエルは初めてキョースケが寝ている姿を見た。
真紅の瞳は見えない。
呼吸に合わせて身体が少し揺れている。
真っ赤な体毛をシエルが撫でると、くすぐったそうに「キョ……」と鳴いて身をよじらせる。
「ふふふ、可愛いなぁ……」
その姿を見て意図せず口角が上がる。
こんな可愛い姿なのに、戦闘になるとS級冒険者のアイリより強いなんて、不思議でしょうがない。
キョースケと出会ってから、まだ一週間ぐらいしか経っていない。
だけど出会ってから、色々とあった。
名前をつけることが契約をすることだとは知らなくて、キョースケと相棒になった。
そして自分の力が、想像以上に上がった。
これはキョースケの力が強かったから、自分に分け与えてもらった感じだ。
そしてA級冒険者のオルヴォと一緒に依頼を受けて、自分の力やキョースケの力を知った。
オルヴォの家に行って、奥さんのティアナと、娘のリアナと出会った。
リアナといえば、昨日オルヴォさんの家に行って王都に行くことを伝えたら、リアナが泣いてしまった。
シエルとキョースケにもう会えなくなると思ってしまったようだ。
定期的に会いに来ると約束して、ようやく泣き止んでもらった。
リアナとの約束を守るためにも、王都で頑張らないといけない。
オルヴォと出会った後、S級冒険者のアイリと出会った。
そしてアイリに、シエルはB級にしてもらった。
キョースケと一緒に依頼を受けたいからということだったが、シエルはとても感謝している。
しかも今回王都に行くのも、アイリの協力がなかったらできなかっただろう。
いつかこの恩を、返さないといけない。
寝起きにそんなことを考えていたら、キョースケの目が開いた。
どうやらシエルは気づかぬうちに、ずっと翼を撫でていて、それに気づいて起きてしまったのだろう。
「おはよう、キョースケ」
「キョー」
挨拶を返されて、微笑む。
キョースケの可愛い鳴き声に込められた意味が、自分にだけわかるというのは少しだけ優越感がある。
アイリも頑張って分かろうとしているらしいが、契約をしているシエルにしかわからないようだ。
朝ご飯を食べるために、リビングに降りる。
姉のカリナはすでに仕事に行ったようだ。
昨日準備した朝ご飯が食べられており、その代わりに手紙が置いてある。
『仕事でお見送りはできないけど、二週間以内には会いに行くからね。怪我は絶対にしないようにね。シエルちゃん、いってらっしゃい』
手紙にはそう書いてあった。
「ふふふ、心配性だなぁ、お姉ちゃんは……」
自分のことをこれほどまでに案じてくれる姉を持って、とても嬉しそうに笑うシエル。
キョースケは何が書いてあるかわからないが、シエルの様子を見てなんとなく内容が予想できた。
その後、シエルとキョースケは朝ご飯を食べ、出かける準備をして家のドアノブを握る。
最後に振り返って、家の中を隅々まで見る。
シエルにとっては、ずっと過ごしてきた思い出の家だ。
もう帰ってこないなんてことはないけど、初めての長旅になる。
「いってきます、お姉ちゃん。それと……アル兄、いってくるね」
「キョー」
長年過ごした家にそう言って、外に出る。
いつもならギルドの方へ向かうが、今日は街の門の方へ行く。
「キョー?」
キョースケは、ギルドに行ってカリナさんに会わなくていいのか、と尋ねる。
まだ急いで門に行かなくても大丈夫な時間だ。
ギルドで姉と会ってから行っても間に合う、それに少し遅れてもアイリとアリシアなら快く許してくれるだろう。
「大丈夫。もう『いってきます』は言ったし、『いってらっしゃい』も言われたから」
「……キョー」
そっか、じゃあ行こう。
少し朗らかに笑ったような鳴き声で、そう言ったのがシエルにはわかった。
「うん、あの二人を待たせるの悪いしね」
そしてシエルとキョースケは、門まで余裕を持って歩いて向かった。
門の前に行くと、すでにアイリとアリシアは着いていた。
「おはようございます、アイリさん、アリシア」
「ん、おはよう」
「おはよっすー」
「キョー」
合流してすぐにアイリがキョースケの翼を撫で始める。
シエルの肩から奪って、もふもふしないだけマシなのかもしれない。
「王都にはこの馬車で行くの?」
シエルは二人の側にあった馬車を見てそう問いかけた。
馬が二体で、少し大きめの車を引いている形だ。
「そうっすよ。御者は任せてほしいっす」
「ありがとう。私は馬は扱ったことないから、交代できないけど……」
「大丈夫っすよ。一日ぐらい余裕っす」
何も心配はいらないという風に笑うアリシア。
シエルに気を使わせないためにそう言ったのだろう。
「じゃあそろそろ行くっすか、姉貴」
「うん、私は車の方でキョースケをもふもふしてる」
「了解っす」
「アイリさん、私だってもふもふするんですからね」
「私が先」
「キョー……」
また始まったと言うように、キョースケが鳴いた。
そして三人と一匹はスイセンの街を離れ、ノウゼン王国の王都へと旅だった。