表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/160

第55話 姉妹の話し合い


 シエルは一人、家で姉の帰りを待っていた。


 相棒のキョースケは、S級冒険者のアイリとその弟子のアリシアが連れていってくれた。


 久しぶりに家で一人。

 キョースケが来てからは、一度も家に一人という状況はなかった。


 一人でいると、昔のことを思い出す。


 シエルには両親の記憶がない。

 物心がついたときには既に、親はいなかった。


 十歳上の姉カリナと、十三歳上の兄アルフィート。


 その二人がシエルにとって、姉と兄。

 そして、母と父だった。


 剣の才能があった兄ととても頭がよかった姉。

 兄は冒険者として活躍し、姉は受付嬢として優秀で、自分を不自由なく育ててくれた。


 そしてシエルが十歳の頃、姉はその実力を買われて、二十歳という若さで冒険者ギルドのギルド長となった。

 兄のアルフィートもA級冒険者という地位までに至った。


 二人は、シエルの憧れだった。

 どちらの道を目指すのか、シエルはとても悩んだ。

 贅沢な悩みで、夕食のときに兄と姉の二人から話を聞いたり、自分がどちらかになったときにしたいことを話したりした。

 三人は笑顔で、とても楽しく、幸せだった。



 しかし――五年前、黒雲がスイセンの街の空を覆ったとき、それは起こった。


 その日はシエルと兄のアルフィート、二人で薬草を取りに街の外に出かけていた。


 まだ薬草が草原に咲いていたので、そんな危険な依頼ではない。

 だから十一歳のシエルがいても、大丈夫だとアルフィートは考えていた。


 だがその日に街や草原、森の上空を黒雲がいきなり覆ったのだ。

 その速度は速く、数十分で見渡せる範囲の空全てが、黒で染まった。


 そしていきなり魔物が凶暴化した。

 A級冒険者のアルフィートがいつもなら簡単に倒せる魔物が、苦戦を強いるほどの強さになってしまった。


 しかもシエルがいるので、守りながらの戦いとなる。


 そして熊の魔物にシエルが襲われかけ、それをアルフィートが身体をていして守り、吹き飛んだ。

 その攻撃が致命傷となった。


 致命傷を負いながらも、魔物を一人で倒し続け、シエルを街に戻るまで守りきった。


 そして街の門のところで、アルフィートは力尽きた。



 あのとき、自分がいなかったら。

 アル兄は一人で帰ってこれた。


 自分がもっと強ければ、アル兄は死なずに済んだ。


 その思いが、シエルの心を占めた。


 だからシエルは、強くなると決めた。

 冒険者か受付嬢、その二つで迷っていたのが、決まった瞬間だった。


 あの黒雲が、世界中に広がっている。

 魔物も凶暴化しており、その魔物に襲われて死んだという人をよく耳にする。


 強くなり、あの黒雲を消す。

 それが、自分を守ってくれたアル兄に対して、してあげられることだと思っている。



 シエルがそんなことを考えていると、家のドアが開いた音がした。


 そちらの方を向くと、姉のカリナが帰ってきていた。


「おかえり、お姉ちゃん」

「……ただいま、シエルちゃん」


 いつもなら家の中に入ると、すぐに服を脱ぎ始め、下着姿になるカリナ。

 だが今日は、そのままの格好で家に入り、テーブルに座った。


 シエルもその対面に座った。


「……なんで、王都に行きたいの?」


 カリナが最初に、話を切り出す。

 冒険者ギルドのギルド長としてではなく、シエルの姉としての質問だ。


「A級冒険者に、なりたいから」


 シエルは姉の目を真っ直ぐと見つめながら、そう言った。


「なんで……って、聞かなくてもわかってるけど」


 カリナは知っている。

 シエルがギルドの依頼掲示板に、五年前からずっと貼ってある『黒雲を、調査せよ』を、いつもチラチラ見ていることを。


 あの依頼は、A級冒険者からしか受けられない。


「……シエルちゃんが黒雲を調査しても、何も変わらないよ。あの依頼書が出されてもう五年も経ってる。それなのに、黒雲の調査は一向に進んでない。世界中の国が調べてるのにもかかわらず」


 カリナも独自に調べたことがある。

 ギルド長という立場を使って、情報を得た。

 色々と情報を集めてわかったことは、あれは自然的なものではなく、人為的に発生したものだということ。

 それだけしかわからなかった。


 誰がやったのか、黒雲を世界中に広げて何をしたいのか。

 全くわからない。


「だからシエルちゃんがしなくても……」

「お姉ちゃん、それでも私はやるよ。私が成し遂げたい、目的のために」

「……っ!」


 シエルの力強い言葉に、カリナは言葉が続かなかった。


 シエルの気持ちは知っている。

 兄のアルフィートを思って、目標を掲げて冒険者をずっとやってきていた。

 だから本当は、本当は、止めたくない。


 だけど……。


「お姉ちゃん、私は置いていかないから」

「――っ!」

「お姉ちゃんとアル兄が私を育ててくれた。だけどアル兄が死んじゃって、それからお姉ちゃんは一人で私を育ててくれた」

「……」

「アル兄が死んで一番悲しいのは、お姉ちゃんのはずなのに。私より一緒にいた時間が長いお姉ちゃんが一番苦しいのに、それを表に出さずに私には笑顔を見せて……私が寝たときに、泣いてたよね?」

「っ! 気づいて、たの……?」


 アル兄が死んだとき、シエルは自分のせいだと塞ぎ込んだ。

 それを励ますために、カリナはシエルの前では絶対に笑顔を保っていた。


 そのお陰でシエルは立ち直れ、ここまでやってこれた。


 しかしシエルはある日、自分を慰めるために一緒に寝ていて、トイレに行きたくなって目が覚めたとき。

 自分を抱きしめているカリナが、泣いていることに気づいた。


 辛いのは自分だけじゃない。

 いや自分よりも辛いのは、姉のカリナだった。


 シエルは両親を覚えていないが、カリナは覚えている。

 つまりカリナは両親が死んだときのことを、はっきりと覚えているのだ。


 自分を育ててくれた両親が死んで、どれだけ悲しかったのだろう。

 そして両親が死んだあと、一緒に支えあって生きてきたアル兄がいなくなり、どれだけ辛かったのだろう。


 それでも一人、シエルを育てるために強くあり続けたカリナ。


 カリナはシエルを王都に行かせたくないのは、心配しているわけではない。

 いや、それももちろんあるのだろう。


 ただそれよりも――怖いのだ。


 大事な人、家族を失うのが怖い。


 ただそれだけで、シエルの気持ちも考えずに、自分勝手な思いをぶつけて――。


 いつの間にか、カリナの頰に涙が流れている。

 それを見てシエルは立ち上がり、カリナの側に立ち、抱きしめる。


 カリナの頭を、胸の中に抱きしめる。

 自分の心臓の音を、聞かせるかのように。


「お姉ちゃん、私は死なないから。絶対に、お姉ちゃんを置いていかないから」

「シエルちゃん……!」

「絶対に、お姉ちゃんのもとに帰ってくるから」


 姉の頭を、子供をあやすように撫でるシエル。

 カリナはそれを受け、涙を流しながら抱きつく。


「絶対に、死なないでね……」

「うん」

「私に……『おかえり』を、言わせてね……」

「うん、絶対に、『ただいま』って言いに帰ってくるから。ずっと、いつまでも」



 今日、その姉妹は。

 数年ぶりに、二人一緒のベッドで寝た。


 数年前、姉が妹を慰めながら寝たように。


 今度は、その立場を逆にして。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ