第46話 タキシム
数年前、アイリがS級冒険者になったばかりの頃。
もう自分には勝てない相手はいないと、慢心していた。
A級の魔物も、S級の魔物も一人で倒した。
当初、S級の魔物をA級冒険者が一人で倒し、S級冒険者に昇級したのはアイリが初めてだった。
前代未聞のS級昇格に、誰もが期待し、憧れた。
そしてその期待を背負い、最初の数個の依頼は完璧に成し遂げた。
A級冒険者が数人は必要だろう魔物を、たった一人で倒した。
その偉業に、人々は歓喜した。
しかし――アイリ一人では倒せない相手が、現れてしまった。
タキシム。
アンデッドの中でも最強と言われる魔物。
それが現れたと聞き、依頼を受ける。
冒険者ギルドはさすがにこの魔物は一人では無理だと、アイリに進言する。
だがアイリは、それを聞かずに一人で討伐に向かった。
そして、見事に返り討ちにあった。
大きさは二メートル程度、アイリが対峙してきた魔物の中でも決して大きくない。
だから余裕だと思い立ち向かったが、アイリの魔法はほとんど効かなかった。
全力の攻撃でも手足が一本切れる程度、しかもその後にすぐに再生してしまった。
アイリはタキシムの攻撃が一発掠っただけで、骨が数本折れた。
すぐさま自分一人では無理だと判断し、帰還した。
そして他のS級冒険者と協力して倒した。
そこでアイリは自分がまだまだ弱いと自覚し、奥の手を何個か開発した。
四十体以上のアンデッドを切りバラバラにした魔法は、その内の一つだ。
そしてタキシムに負けてから、数年。
どう見ても、どう感じても、あのときより巨大で強大なタキシムが目の前にいる。
数年前は対峙しただけで、相手の力量を測ることはできなかった。
だが今、それはできる。
――震えが、止まらない。
どうやっても、勝てると思えない。
奥の手を使えば、胴体ぐらいは切れるかもしれない。
だが数年前と同じように、再生されたら終わりだ。
アンデッドは、頭を破壊しないと倒せない。
タキシムの青白い目が、アイリを見据えている。
そして、その光が揺れた――。
「――っ!」
瞬間、アイリは自分の身体に風魔法をぶつけて、横に吹っ飛ばす。
身体の横ギリギリを何かが通り、吹っ飛んだ勢いで地面を転がる。
そしてすぐに立ち上がり、さっきまで自分が立っていたところを見ると、地面がえぐれていた。
半径数メートルの大きな穴ができていて、そこにさっきまで数メートル先に立っていたタキシムがいた。
周りの木々もへし倒れている。
力も、速さも桁違いだ。
長年の勘で攻撃が来るというのがわかって咄嗟に回避行動をしたが、その攻撃は見えなかった。
咄嗟に放った風魔法で横腹が痛むのを我慢するが、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
どうすればいいのか。
まず前回のように、逃げるのは無理だろう。
走るのは無理だし、たとえ走れたとしてもこの相手から逃げ切れるとは思えない。
そして全力で戦ったとしても、自分の勝てる手が見えない。
せいぜいできるのは、こいつがスイセンの街に行かないように時間稼ぎするぐらいだ。
(S級冒険者になって、時間稼ぎしかできないなんて……)
そう心の中で自嘲したが、何も言い訳はできない。
世の中、弱肉強食。
自分がここで死ぬのは、弱いから。
それなら、弱いなりに意地を張って死のう。
少しでも一矢報いてやろう。
そう思って立ち上がり、魔法を発動したとき。
目の前が、真っ赤に染まった。
さっきも見たその色をすぐに炎だと気づき、それが誰が放った炎かも理解する。
そしてそれを放った鳥、キョースケがアイリの肩に降りてきた。
さっきまで肩にいたはずだが、いついなくなったかすら気づけなかった。
それだけ余裕がなかったということだ。
「キョー」
アイリに向かって、キョースケが鳴いた。
意味はわからないが、なんとなく優しい鳴き声だとわかる。
自分もいる。
だから一緒に戦おう。
そう言っているの?
そう思った瞬間、さっきまで死ぬと思って微かに腕が震えていたのに治った。
なぜかわからないけど、自分一人じゃなくキョースケがいると思ったら、怖くなくなった。
(やっぱり……可愛いは正義)
そう思って微かに頰が緩む。
こんな状況で笑うことができるようになるなんて、思いもしなかった。
目の前には、さっきの大きな炎を食らったタキシムが立っている。
おそらくキョースケは先程と同じように、炎の槍を二本上から放ったのだろう。
タキシムの両肩に、その攻撃で受けたであろう傷ができている。
結構えぐれていて、もう少しで腕が取れそうなくらいだ。
だが次の瞬間、その腕が再生し始めた。
「キョ!?」
可愛らしい驚いた鳴き声が聞こえた。
どうやらキョースケは、再生するとは思っていなかったようだ。
「タキシムは、再生能力がある。一撃で頭を破壊しないといけないけど、頭は他のところより格段に硬い」
「キョー……」
アイリがそう説明すると、キョースケは間の抜けたような鳴き声をあげる。
その鳴き声にアイリはクスッと笑うと、すぐに気を引き締める。
「一緒に戦おうキョースケ。私とあなたなら、あれを倒せる」
「キョー!」
その力強い鳴き声に励まされ、アイリは魔力を解き放った。