第40話 自己紹介
翌日、僕たちは冒険者ギルドに来ていた。
いつも通りカリナさんは先に起きて家にいなかったが、今日はアイリさんと一緒にギルドに向かった。
起きてからもずっとアイリさんは僕を抱きしめている。
なんだか、よく飽きないなぁと思う。
いや、飽きられたら多分ちょっと傷つくけどさ。
そしてギルドで昨日の依頼、森の調査を受ける。
「じゃあ、行こう」
アイリさんは僕を抱えたまま、ギルドの出口の方向を向いた。
「はい!」
「キョー」
シエルから後ろからついてくるのがなんとなくわかったので、アイリさんの腕の中から抜け出す。
さすがに戦いのときはシエルと一緒にいないとね。
相棒なんだから。
「あっ……」
「キョー」
「おかえりキョースケ。じゃあ行きましょう、アイリさん」
シエルは笑顔で、いや、ドヤ顔でアイリさんにそう言った。
僕は肩に乗ろうとしたら、なぜかそれを阻止されシエルの腕の中にいる。
それを羨ましそうに見るアイリさん。
「……ちょうだい」
「ダメです。私のです」
いや、シエルの相棒っていう意味ではそうだけど、僕はシエルのものではないからね?
そんな会話をしながら、ギルドを出て森に向かう。
僕は街を出るころには、シエルの肩に乗っていた。
森に向かう最中、草原のところでシエルが話を切り出した。
「あの、アイリさん」
「なに? くれる気になった?」
「そうじゃありません!」
アイリさんはまだ僕をずっと欲しがっている。
それをちゃんと否定し、シエルは頭を下げる。
「私を推薦していただき、ありがとうございます!」
「キョー」
僕も相棒として、一緒に頭を下げる。
昨日から一緒にいたけど、しっかりお礼は伝えていなかった。
D級からB級になるには本当なら結構大変みたいで、早くても二年以上はかかるらしい。
それをアイリさんの鶴の一声で、一瞬でB級に上げてくれた。
シエルがアイリさんに対して、恩を感じないわけがなかった。
「あれは利益のあることをしただけ。あなたをB級に上げるのが、ギルドにとっても私にとっても利益があった」
「利益、ですか?」
アイリさんは昨日も言っていたけど、ギルドにとって強い人を低いランクにしたままだと不利益になる。
それはギルドにとっての利益だとはわかるけど、アイリさんにとっての利益って?
シエルがB級になっても、アイリさんにあまり利益はない気がするけど……。
「キョースケと一緒に依頼を受けられるから」
「そこですか!?」
「キョ!?」
僕も「そこ!?」と叫んでしまった。
おそらくアイリさんには通じてないけど。
「? 一番大事なところ、それがなかったらあなたを推薦していない」
「そ、そうなんですか……」
落胆したような声を出すシエル。
いや、そうだよね、S級冒険者の人に推薦されたら嬉しいけど、変な理由だと力抜けるよ。
僕もなんだか力が抜けてしまった。
一応僕のおかげだけど、そんな理由でB級まで上がるなんて思わなかった。
「大丈夫、推薦理由にはしっかり表向きなことを言ったから」
「そこは心配していません! いや、そういうのがあったのなら、表向きなことを言ってくれてよかったです……」
推薦理由、「推薦する人物の契約している魔物と一緒に依頼を受けたかったから」っていうんじゃ、上げてもらえなかったかもしれない。
「だけどあなたが本当に強くなかったら、推薦しても上げてもらえなかった。そこは礼を言う、ありがとう」
「えっ、いや、礼を言うのはこっちです! 上げてくださってありがとうございます!」
普通は上げてもらったこっちだけがお礼を言うはずなのに、なぜかアイリさんがお礼を言っている。
「だから、キョースケちょうだい?」
「駄目です!」
「ランク上げてあげたのに……」
「それとこれは話が別です!」
やっぱり最終的に話はそこに行き着くんだね。
なんか面白いというか、マイペースで不思議な人だ。
「じゃあとりあえず、簡単に自己紹介しよう」
アイリさんはいきなり立ち止まって、そう言った。
「えっ? 今ですか?」
「今じゃないとできない」
「わ、わかりました。えっと、何を言えばいいですか? 名前は言ったし……あ、年齢は十六です」
「違う、そうじゃない」
「えっ? じゃあ趣味ですか?」
「違う、戦う」
「……えっ、戦う?」
あれ、自己紹介じゃないの?
「自己紹介、つまり自分の力を示すこと。だから戦う」
「いや、そんな自己紹介聞いたことないです……」
「? 私はいつもそうだけど」
自己紹介って、戦うって意味じゃないよね?
「大丈夫、本気じゃない。実力を見るだけ」
「よかったです、本気じゃなくて」
さすがにS級冒険者のアイリさんの本気を、今のシエルが受け切れるとは思えない。
……個人的には、アイリさんの本気が見れなくて残念だけど。
「どうやって戦うんですか?」
「あなたが一発、私に魔法を撃ち込んで。それを私が防ぐだけ」
「えっ、それだけですか?」
「それで私は大体の力は知れる。あなたは本気でいい」
アイリさんはそう言うと、僕とシエルから少し距離を取る。
数メートル離れると、こちらを向いた。
「得意な魔法を撃っていい」
特に何も構えずに、自然体のまま待っているアイリさん。
「本当に、いいのかな……?」
肩にいる僕にだけ聞こえる声で、シエルがそう呟いた。
「キョー」
本気で撃っていいと思うよ。
「本当?」
「キョ」
うん、アイリさんはシエルより強いから大丈夫だよ。
「……わかった、じゃあ本気で撃つね」
そう言ってシエルは、魔力を溜め始める。
昨日は魔物相手に手加減して撃っていた。
しかし今は、手加減など無用な相手だ。
「いきます!」
「うん」
シエルの声に、淡々と答えるアイリさん。
その言葉を受け取って、シエルは魔法を発動する。
「『炎槍!』」
僕と契約したことにより、とても強くなった炎魔法。
その中でも威力がある魔法が、アイリさんに向かって飛んでいく。
二メートルくらいの大きな炎の槍が、アイリさんの身体を貫こうと草原を一直線に駆ける。
そして、当たる直前で――炎の槍は霧散した。